第83話 お嫁においでよ
「成る程。その"真空パック"の原理はわかった。空気を吸引して酸素を排除し、食材の変質を抑制・・・。考えたことがない保存方法だな。しかもそれを冷凍することによって、長期保存が可能とは」
ビビの説明をうけ、オスカーは感心したように頷く。
「そのパッキングする素材と、脱気する魔具、冷凍した後それを維持する環境があれば、可能なんだな?」
「まずはパッキングする魔具を作ります。繊細な構造になるので・・・山岳兵団の職人の方が相談にのっていただけたら、と。真空と冷凍に関しては魔術が絡んできますので、カイザルック魔術師団の管轄になると思いますが」
「構わんよ」
リュディガーとオスカーは頷き合う。
「パッキングする素材は・・・空気を吸引して脱気して、内容物を維持しつつ冷凍にも耐えられるものを考案します」
この世界にプラスチックやビニールは存在しないだろう。今までビビがダンジョンや森で採取した植物の組織データを掘りおこして、代替えで錬成できるものを探さなければ。
簡単に採取できる植物があればよいのだが・・・。これがダンジョンの中に育成している植物となると、また武術団間の管轄問題が絡んできて面倒くさいからだ。
「そのパッキングとやらは・・・ピザや他の食材や食品も多様できるのか?」
イヴァーノの問いに、ビビは頷く。
「可能ですが・・・常温だと、質や味が落ちてしまうので、鮮度を保つためにさらに冷凍保存して細胞の進行を止める必要があるんです」
まぁ、真空や冷凍に、向き不向きの食材はありますかね?とビビは首を傾げる。
この世界には、冷蔵庫というものは存在しないらしい。
そもそも、食材は塩や香辛料を使ったり、干物にして常温保管するのが常識のようだ。
「もし、食材や他の食品もパッキングするなら、一度ヴェスタ農業管理会に話を持っていってみては?なんといっても、食のプロ集団ですから」
「・・・ヴェスタ農業管理会、ねぇ」
リュディガーは腕を組み唸る。あまり気乗りしないようだ。仕事で依頼を受ける以外は、あまり交流はないのだろうか?まぁ、武術組織とは確かに違う職種だし・・・とビビは思い、ふと思いついて手を叩いた。
「あ、管理組合長のプラットさんに話してみては、どうですか?」
「は?なんでお前、プラット知っているんだ?」
ビビの言葉に、驚いたのは、イヴァーノ。
「まさか、もう親公認なのかお前ら」
「?お前らって・・・誰と誰の話ですか?何度かお会いしていますよ。今じゃお茶仲間です」
今や、ビビがヴェスタ農業管理会に顔を出すと、喜んで食事やお茶に誘ってくれる。
食の知識が豊富なプラットなら、国内で流通している食材で、パッキングに向き不向きかどうかの判断は容易だろう。
「俺はビビをヴェスタ農業管理会とこれ以上懇意にさせたくないんだよね」
不機嫌そうにリュディガーは唇を尖らせる。
「ただでさえ、ビビを引き込もうと貢物攻撃してくるし。これでプラットに嫁狙いまでされちゃたまらん」
「おおう、ビビってもしや親父キラー?」
茶々を入れるオスカー。ビビは意味がわからず首を傾げている。
「・・・ってか、まさかお前知らないのか?プラットは・・・」
言いかけたイヴァーノを、リュディガーは余計なこと言うな!と手で制し、ビビにうなずいてみせた。
「仕方ない。近々まとめて、プラット氏にオファーしよう。もし実現化するなら、ある意味食文化と魔具の食料保存技術の革命だから」
「いいね、ワクワクしてきた!」
話がひと通りまとまって、三人は満面の笑みで"かんぱーい"とワイングラスをカチン、と重ね合わせる。
もう、こうなったら秘蔵のワイン出しちゃうからね~と、オスカーは大はしゃぎだ。
うん、やっぱり仲いいんだな、とビビは思った。
なのにどうして他のメンバーたちは、互いにいがみ合っているのだろう?不思議だ。
「リュディガーから聞いていたけど・・・」
オスカーはワインを飲みながら、ふふふ、と可笑しそうにビビを見下ろした。
「ビビって、面白いなぁ」
きょとんとオスカーを見返すビビを、リュディガーは慌てたように後ろから肩を抱いて引き離す。
「やらんぞ」
「ケチだな」
オスカーは更に笑う。
「発想が面白い。こっちにきたら、いろんな開発が自由にできて、楽しいぞ~?よし、ヴェスタ農業管理会なんぞ行かずヴァルカン山岳兵団へ嫁においで!世話するから!」
「え??」
「「駄目だ!」」
リュディガーと、何故かイヴァーノの声がハモった。
*
本題の、子供たちがかぶるお面用のGPS付魔具の確認が終わる頃は、すでに太陽も落ちて暗くなっていた。帰りはテレストーンを使って直帰する、とリュディガーは言っていたが。
「ビビは、今日はここに泊まっていきなよ」
いきなりのオスカーのお誘いに、もちろんリュディガーは反対した。すっかり保護者である。
「だって、明日は国民の休日だし?うちの女連中が明日城下町まで行くらしいから、ちゃんと送らせるし?」
ビビだって、山岳兵団の食文化とか鍛冶工房とか興味あるよね?知りたいよね?見たいよね~?と抜け目なくビビの好奇心をあおるツボ、を押さえるのも忘れていない。なかなかオスカー・フォン・ゲレスハイム、という人物は策士のようである。
好奇心の罠にハマって、きらきら目を輝かせているビビを見て、ぐっ、と二の句の繋げないリュディガー。
「大丈夫ですから、リュディガー師団長。せっかくだから、もう少し色々勉強させてもらっちゃ・・・ダメですか?」
駄目だから!とリュディガーは口を開きかけ・・・両手を胸元で組み、少し上目遣いで縋るように見上げてくる愛娘の深緑のまなざしは、ビビの必殺技とも云われている、親父キラービーム(名付けはファビエンヌ)
「お前さん・・・そのおねだり、反則だろ・・・っ」
可愛すぎると呟き、悶える?リュディガーに
「めんどくせー親父だな、おい」
後ろでイヴァーノは笑った。
「陛下が早く報告しろ、と騒いでうるさいから、行くぞ」
「ぐっ、・・・わかった」
はーっ、とため息をつき、リュディガーはビビに向き直る。
「じゃあ、先に帰るからね。なんかあったら、直ぐに連絡しなさい。これ、置いていくから」
と、握らされたのは、魔石の乗った小さな通信具。ビビが目を輝かせると、
「呉々も分解したりしないように」
しっかり念を押さえられた。
あら、何故おわかりに・・・思いながらビビは受け取り、そのままリュディガーの背中に腕をまわして、軽くハグするようにした。
「ありがとうございます。お借りしますね」
ビビから身を寄せて甘えてくるのは初めてだった。リュディガーは少し驚いたようだったが、そっと抱きしめ返し、髪を柔らかく撫でた。自分でも顔が緩んでしまっているのがわかるが、止められない。
「おやすみ、ビビ」
「気をつけてお帰りを。おやすみなさい」
「・・・俺には?」
俺も1日付き合わされて、疲れているんだけど。
「ない。保護者の特権だ」
後ろでイヴァーノが不機嫌そうに言っていたが、リュディガーに近づくなシッシッ、と一蹴されていた。恨めしそうな視線を感じたが、ビビはあえて気づかないフリをした。
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