番外編 拾われ子がいないオアシス

「あぁ、支部長さん、ちょっといいかい?」


「何だ?」


 オアシスのハンターズギルド支部長、セオドアは一人の老人に声を掛けられて足を止めた。


「あのハンターの子、最近見ないけど……その、何かあったのかい?」


「あぁ、あいつは依頼で北東のアードウィッチに行ってるからオアシスには今居ないんだ。向こうのギルドから、元気でやってるって連絡が来てるから心配しなくて良いよ、爺さん」


「そうかい……いや、元気なら良かったよ。何かあったんじゃないかって家族皆で心配してたからさ……」


 スイの無事を知ると老人は深く安堵の息を吐いて、セオドアに礼を言って去っていった。


「(……皆心配しているな)」


 スイがオアシスを発って二十日が過ぎた。

 スイは唯一の子どもハンターだ。どうしても目立つ。毎日ギルドを出入りしていたスイの姿が、ある日を境にパタリと見えなくなると皆最初は違和感を覚え、それが続くと不安になる様でセオドアにスイの安否を訊く人が増えていた。

 それはオアシスに住む子ども達も同様で。


「(この間子どもに囲まれた時は何事かと思った)」


 ギルドを出た際、待っていたかの様に、いや実際待っていたのだろう。セオドアを囲み、口々にスイの事を訊いてくる子ども達を宥めるのにセオドアは苦労した。


「……あ、あの、支部長さん……」


 後ろから呼ばれた様な気がして振り向けば、スイと同じ位の身長の子どもが立っていた。東雲色の髪の奥に見え隠れする竜胆の眼が遠慮がちに見上げてくる。その隣にはネイトも並んでいる。


「(エルム……と、確か防具屋の次男……そうか、たまにスイと話していたな)」


「ス、スイ君はまだ帰ってこないんですか……?」


「二週間位帰ってこないって言ってたけど、もう二十日以上過ぎてるから……怪我とかしてるんじゃないかって思って……何か分かりませんか?」


 友人二人も心配しているらしい。セオドアはフッと微笑うと二人にスイの事を教えた。


「スイは今向こうで新しい武器を作ってもらってるそうでな。だから帰ってくるのが遅れている。元気に仕事もしてる様だから心配するな。その内帰ってくる」


「新しい武器……! 作ってもらえてるんだ……!」


「凄ぇ! ドワーフが打つ武器だぞ、帰ってきたら見せてもらおうぜ! あ、支部長、ありがとうございました」


「あ、ありがとうございました……!」


「おう」


 不安そうな顔を一変、笑顔で礼を言って去っていた二人にセオドアも片手で答えながらギルドの扉を開けると、視線の集中砲火をくらった。


「何だ、支部長か……」


「オイ何だとは何だ」


「皆、スイ坊が帰ってきたんじゃねぇかと思ったんだよ」


「これ何回目だよ……」


「坊主はすっかり此処のマスコットになっちまったなぁ」


 確かに、スイがオアシスを発ってからギルドの中が少し静かになった気がするとセオドアは思う。スイがハンターになる前は、これが普通だった筈なのに今は違和感しか覚えない。


「おかえりなさいませ、支部長」


「あぁ、ただいまカテリナ」


「……スイさんがいないと、何だか少し暗いと言いますか、静かになったと言いますか……そんな気がしますね」


 カテリナも同じ事を思っていたらしい。頷くと、受付に居たニーナも話に入ってきた。


「寂しいですよね……向こうのギルドからの連絡で無事とは解ってても、一人で大丈夫かなーとか考えちゃいますし」


「……それが、一人では無いらしいぞ」


「え?」


 セオドアは口をへの字に曲げている。


「向こうで知り合ったBランクハンターに気に入られて、行動を共にしているらしい。規則があるから勿論依頼は別行動だが」


「Bランクハンターと一緒にいるなら安心ですね……支部長? どうしました?」


「………………」


 確かに、その情報だけ聞けば安心出来るかもしれないが、セオドアにとって問題はそのBランクハンターが誰なのかだった。


「(……何故そいつと一緒に……)」


 スイがアードウィッチへの依頼を請ける前に、レジナルドも交えて話した人攫いの話。その仲間かもしれないと教えた筈のハンターとスイは共にいると言う。

 悪人ではないと判断したか、何かがあって一緒にいる事を強いられているか。スイなら前者だと信じたいが、後者の可能性をセオドアは切り捨てられない。


「ウィルベスターさんやレジナルドさんと言い、スイさんはBランクハンターと縁がありますね」


「そうですよね。上級ハイランクハンターを引き付ける何かがあるんでしょうか……? 謙虚で一生懸命だから構いたくなるとか?」


「それはニーナの事でしょう?」


「……えへへへ……」


「……強ち間違いではないだろうがな」


「え?」


「謙虚で一生懸命で、魔法主体の戦い方ではあるが、腕も充分立つ方だ。年齢的に伸び代もまだまだある。目をかけたくなる気持ちはあるだろう」


「帰ってきたらまた強くなってるかもしれないですね!」


「それもありそうですが、人誑しな所が少々ある方なので変な人を捕まえてないか心配にもなりますね」


 支部長付きの優秀な秘書は鋭い。


「おーい、ニーナ。手続き頼む」


「あ、はーい!」


 ニーナが受付に戻る。何事も無ければいいが、と思いながらカテリナを伴ってセオドアも仕事に戻っていった。

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