第8話 拾われ子のハンター適性試験

「コッコーーーー!」


『(……朝……)』


 宿で飼われている目覚まし鶏の声でスイは目を覚ました。屋根の上を歩いているのか、カツカツと爪が当たる音が聞こえる。

 此処はハンターズギルドに近い宿屋の二階の一室。昨日試験の説明を受けた後にローフェル商会に行き、ローマンから装備品を受け取った時に紹介してもらった宿屋だ。


『(お風呂が部屋にあって良かった)』


 宿屋によっては男女に分けた宿泊者共同の大浴場になっている場合もあるが、ローマンに紹介してもらった宿屋ブレスは各部屋に風呂が備え付けてある。良心的な料金設定なのもあって、性別を偽っているスイにはふたつの意味で有難い。

 湿度の高い森でかいた汗に、砂漠でついた砂埃を思う存分洗い流して、モンスターに襲われる心配をする事なく安心して眠れた。


 顔を洗ってローマンから貰った物を身につけていく。

 砂漠の真昼の熱を軽減する為の属性付与されている上下揃いのデザインの長袖とハーフパンツに、砂漠を歩くのに適したモンスターの素材で作られたブーツ。腰の左右にマリクから貰ったナイフを装備して最後にフード付きマントを羽織った。

 砂猫のお面は今は外しているが、いつでも着けられる様にしてある。

 部屋に忘れ物が無いか確認してから退室し、一階の食堂で朝食を摂るスイに一人の男が近付いてきた。


「スイちゃん、おはよう。よく眠れたかしら?」


 スキンヘッドで筋肉質な身体。一見、ハンターや冒険者と見紛う体格の良さだがしなやかさがあり、妙に色気のある声と話し方をするのはこの宿のオーナーの一人、ジュリアンだ。


『おはようございます。ぐっすりでした』


「それなら良かったわ。はいコレ、お昼に食べてね」


『え?』


 他の客には見えない様に唇に人差し指を当てたジュリアンから手渡されたのは、紙で包まれたバゲットサンド。昨日宿泊手続きをした時、翌日の昼食は断っていたがどうやらサービスしてくれたようだ。


『ありがとうございます……!』


「どういたしまして。試験、ワイフと一緒に応援してるわ」


 パチン、とウィンクをひとつしてジュリアンは仕事に戻って行った。

 昨日初めて話した時は色々と驚いたが、優しくて何だか癖になる人なので、ハンターになったら暫くはこの宿を拠点にして仕事がしたいとスイは密かに考えている。


『(その前に、試験に合格しなきゃいけないけど……!)』


 両手で両頬を勢いよく叩くと、良い音が鳴った。少しピリピリする頬の痛みを感じながら自分自身に気合いを入れると、スイは椅子から立ち上がって宿屋の出入口に向かった。


「スイ君、気をつけてね。試験に合格するのは大事だけど、命はもっと大事よ」


 毛先だけ僅かに癖のあるライトブラウンの髪を揺らして見送りに来てくれたのはリリアナだ。ジュリアンの妻で宿屋ブレスのもう一人のオーナーである。


『はい、ありがとうございます……?』


 ふと視界に動く物が入り、リリアナの向こうに目を向けると食堂にいるジュリアンが此方に手を振っていた。


『……行ってきます!』


「「行ってらっしゃい」」


 オーナー夫妻に見送られてスイは宿屋を出た。行ってらっしゃいの言葉に、養祖父母が重ねて見えて滲んだ視界を手で擦る。

 泣くなと自分に言い聞かせて、スイは試験場に指定された砂漠に向かった。

 

 オアシスから南東に二時間程歩いた地点に男が一人立っている。赤い髪に鳶色の眼で身長はセオドアと同じ位だろうか。

 スイは周りに他に人の気配が無い事を確認すると男に声を掛けた。


『適性試験の試験官の方ですか?』


「そうだ。Bランクハンターのウィルベスターだ」


 自己紹介と共に翳されたハンターの証には水晶が埋め込まれている。

 ハンターの証に埋め込まれる石はランク毎に異なる。Fランクは鉄鉱石だがBランクは水晶。Aランクは、そのハンターが昇格時に滞在していた中央以外の四大陸が象徴する地水火風に準えた石が埋め込まれる。

 例えば西大陸でAランクに昇格した場合は、石は地属性に準えたアンバーとなる。


『スイです。よろしくお願いします』


「あぁ。試験内容は把握しているな?」


『デザートワーム六体の討伐と聞いています』


「その通りだ。最近討伐依頼が増えていてな。そら、さっそく向こうから一匹おでましだ」


 デザートワームは砂漠のみに生息するワームで全長は人間と同じ位、危険度ランクはEとなっている。地上に出でいる時の動きは速くなく、魔法も使わない。しかし、大きく開く口には鋭い牙が並び、砂の中を縦横無尽に潜り進んで獲物を翻弄しては噛みついたりその胴体で絞め殺そうとしてくる。


「制限時間は二時間だ。無理だと判断したらリタイアを申し出る事。勿論その場合は試験不合格となるし、試験官である俺が続行不可と判断して救助に入った場合も不合格となる。制限時間内に指定数のデザートワームが出てこなかった場合のみ、時間延長とする」


『解りました』


「では、スイのハンター適性試験を開始する! 行け!」


『はい!』


開始の号令と同時にスイは右手にナイフを握り、走りだした。スイを獲物と認識したデザートワームが砂に潜ろうとしたが、その前にスイが左手から魔法を放った。


風刃ウィンドエッジ


 身体を真っ二つにされたデザートワームがごろりと転がる。


『次は……』


気配を探ると、少し離れた所に二匹のモンスターを感知した。砂漠のモンスターと戦ったのは先日のバンディットウルフが初めてだ。気配だけではデザートワームと解らない為、スイはとりあえず気配を感じた方へと走っていく。


「(……慣れているな)」


 小さい後ろ姿を追いながらウィルベスターは感心していた。

 魔法は熟練度が低いと詠唱後発動までに時間が掛かるが、スイは詠唱からそれ程間を置かずに発動した。


「(それに、歳の割に魔力操作が上手い)」


 デザートワームを一刀両断にした風刃は大きさが絞られていた。風刃に限らず、多くの魔法は魔力操作によって威力の増減や範囲の拡大縮小が出来る。

 魔力の無駄使いを避ける為にも、魔法で戦う者にとって魔力操作は必要な技術だが、会得には時間が掛かる場合がある。特に近接戦闘を得意とする者はその傾向が強い。


「(流石は賢者レイラの弟子……だが)」


 接敵した二匹のデザートワームの片方をスイは早々に魔法で仕留めると、もう片方と近接戦を始めた。

 ナイフで斬りつけるが一撃では倒せず、反撃に噛みつかれかけて牙が掠った左腕から血が流れる。


いっ……!』


「(子ども故に膂力が弱すぎる)」


 デザートワームの外皮は多少耐久性があるが、物理攻撃を弾く程ではない。踏み込みのタイミングも悪くは無かったのに、相手を倒すに至らなかったのは単純に膂力不足だからだ。


『このっ…風刃!』


 結局三体目も魔法で倒したスイは、自分の力の弱さを実感したのか歯痒そうに顔を歪めた。


『(斬りつけるだけじゃ倒せない……でもデザートワームに刺すのは向かない)』


 バンディットウルフの時の様に一撃で倒せるのが確実という状況なら突き刺すのも効果的だが、弱っていないデザートワームに刺突を仕掛けるにはかなり接近しなければならない。仕留められなかった場合は逆に自分の身が危うくなる。


『(戦い方は指定されてないから、魔法だけで倒しても良いと思うけど……)』


 近接でも倒せるようにしたいとスイはナイフを見つめながら考えていたが、試験中なのを思い出して再び索敵し、気配を感じる方向に走っていった。


 四体、五体目と立て続けに倒し、六体目と思って向かった先でサボテンそっくりのモンスターであるサボテンモドキに遭遇し、針で刺されないようにこれも風魔法で討伐した。


『(……魔力の消費は抑えてるけど、疲れてきた……)』


 周囲にモンスターが居ない事を確認してスイはアイテムポーチから出した水筒から水を飲み、荒れてきた呼吸を整えようと深呼吸した。

 戦闘では下級風魔法に絞って使っているが、スイは今日宿屋の部屋を出る前と、試験場への移動中以外は変装ディスガイズの魔法を使い続けている。部分的色変えマイナーチェンジなので全く別の姿になるよりは魔力消費は少ないのだが、それでも中級に分類される魔法だ。下級風魔法よりも消費魔力は多い。

 それに装備で軽減されているとは言え、砂漠の熱と砂地での活動にも確実に体力を奪われていた。


『(早めに六体目を見つけて終わらせないと…………?)』


「スイ、そこから離れろ! 早く!!」


 慣れない環境での戦闘続きで疲れていたせいもあったのかもしれないが、相手が悪かった。

 その気配は非常に薄く、すぐ側に近寄られるまでスイは気付けなかったし、いち早く気付いたウィルベスターの声にも反応が遅れてしまった。

 微細な振動と傾く地面、それに伴い崩れ流れていく砂。


『(しまっ……何かいる!)』


 すぐにその場から離れようとしたスイだが、蟻地獄へと姿を変えた足元の地面では思う様に足が動かせない。斜面を流れ落ちていく砂に足を取られて転ばないようにするので精一杯だ。

 やがて大きな蟻地獄の中心部から、大量の砂や砂埃と共に巨大なワームが姿を現した。


『ワーム……!? き、気持ち悪い……!』


 基本の形はデザートワームとほぼ同じだが、それよりも遥かに巨体だった。その体色は濃い紫色をしており非常に毒々しい。

 つるんとしている頭部は、スイの方を向くとばっくりと大きく横に亀裂が入り、鋭い牙を並べたそれが弧を描いた。まるで、にんまりと嗤うように。


『………………!?』


「未確認モンスター!? まさか異常個体アノマリーか!?」


 スイの背中を嫌悪感が走り、全身に鳥肌が立った。同時に本能が大音量で警鐘を鳴らした。


『(何かしてくる!!)』


 巨大ワームの口から体色と同じ紫の液体が吐き出され、スイは咄嗟に大量の水を創り出して液体にぶつける形で自分の身体を守った。

 地面に落ちた液体が砂の熱で蒸発し、気体となる。ハッと気付き、スイは鼻と口を覆ったが僅かに吸ってしまい、脳が揺れるような感覚に陥り体勢を崩した。


『(……もうどく、か……!)』


「スイ! もう少しだけ持ち堪えろ!」


 試験官の為、邪魔にならないよう離れていたウィルベスターが走ってくるが二発目が吐かれる方が恐らく早い。身体も蟻地獄の中心部に向かって吸い寄せられていく為、ウィルベスターから遠ざかる。

 猛毒で朦朧とする頭と、ふらつく身体を根性で奮い立たせて、スイは今にも二発目の猛毒液を吐こうとする巨大ワームを見上げて睨みつけると、氷の塊をイメージした。


『こ、んのっ……!!』


 先端が尖った巨大な氷の楔が突如顕現し、巨大ワームの頭部のすぐ下を貫いた。

 湿った声が巨大ワームの口から零れる。


「ギュ、ピ……」


「なっ…………!?」


 無詠唱での氷魔法の発動。しかも巨体のワームがちぎれかける程の大きさと威力から、上級に分類されると思われるが、自分の知る氷魔法のいずれとも違う魔法にウィルベスターは驚愕した。

 その間にも、膝から崩れ落ちたスイが身体を半分以上砂に埋もれさせてどんどん中心部に吸い込まれていく。


「スイ、起きろ! 手を伸ばせ!!」


 ウィルベスターが限界まで近付いてスイに手を伸ばすと、焦点の合わない目で、それでもウィルベスターに向けて弱々しく手を伸ばしたスイだったが、その手は届かず蟻地獄に飲み込まれて消えていった。

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