第71話 デートの準備を始めます。

 友達と出かけるからといって、いつもそんなに気合いを入れるわけではない。


 わざわざ新しい服を買ったり、美容院に行ったり、普段全くしない化粧品が揃っているか確認したりなんてしないんだけど。


 ――今回は、まあ一応ね。


 お礼代わりということもあるし、相手が世間的には人気アイドルだというのだから、私も無策で挑むわけにもいかないのである。


 一通り準備をスケジューリングして、それからお出かけのプランを考えた。


 こういうとき、相手がアイドルというのはありがたいもので、検索すると好みの類いがいくらでも出てくる。

 多少はアイドルという建前上で答えている内容もあるだろうけれど、好きな食べ物が『牛タンとアジフライ』と書いてあるのでよそ行きの回答ばかりでもないはずだ。


 ――キャラ作りでこの二つは答えないでしょ。多分。


 牛タンシチューが有名なレストランを夕食の候補に入れる。


 あとはメインでの行き先は、水族館でもいいかな。

 適当に検索で出てきたインタビュー記事でも魚が好きって書いてった。


 定番どころでは、映画や遊園地も迷った。でも映画は私が眠る危険があったし、遊園地だと体力が持たない気がした。インドアな私が外を元気に歩き回ったり、長時間並んだりなんてできる気もしない。


 水族館もあんまり混んでいるところだと嫌だな。ノノがアイドルだって他のお客さんにバレて、騒ぎになるのも困る。


 以上の理由から適当に、ちょっと人の少なそうな水族館を選ぶ。移動に時間がかかってしまうと思うので、あとでノノには確認してみよう。


 いろいとまとめてから通話してみると、ノノはえらく楽しみにしてくれているようで、日取りからプランまでほとんどを私の好きにしていいと言ってきた。


『ユズが決めてくれるのが嬉しいし』


 とのことだ。ただ、


『あのさっ! デートで着てくる服ってアタシが決めてもいい!?』


「え? どういうこと? 別に好きな服着てきていいけど」


『そうじゃなくて、ユズが着る服。当日この服でって』


「え……? 私の着る服を、ノノさんが指定するってこと? ……なんで?」


 国民的人気アイドルとデートするには、私が選んで着てくる服はふさわしくないということか。


 正直、そんなこと言われてもなんの反論もできない。

 頑張って新しい服を買うつもりではいたけれど、別にこれを着てくれと言うなら従うほうが楽である。


 ――高いブランド服を自費でって言われると困るけど。


『あっとね、そのね。……せ、制服とかダメかな?』


「え? 制服って? なんの?」


『ユズが高校のとき着てたやつ! 制服デートって憧れなんだよねっ。ほら、アタシって高校のときにはもう売れっ子だったし、一人で上京してたってのもあるけど、全然青春っぽいことしたことなかったから……』


 なにか早口でまくし立ててくるが、ノノの言わんとすることはなんとなくわかる。だけど、


「えええぇ……制服デートって……それって高校生とか中学生同士がするから意味あるんじゃないの?」


『そんなことないって! 卒業してからも制服デートする人いっぱいいるし! アタシもまだ制服あるからさ、当っ然、一緒に着てくよっ!」


「えー、ノノがなに着てきても別に私はいいんだけど」


『ちょっと!? 冷たくないっ!? アタシの制服だよっ!! この女子高生可愛すぎるって度々SNSでバズってたんだけど!? 昔の写真とかが未だ定期的に話題になるんですけど!? こんなのクラスメイトにいただけで勝ち組とまで言われてますけど!?』


 そんなこと言われても知らない。私はSNSとかやっていないのだ。


 ヴァヴァの装備とかとコラボくらいしてくれたら『へぇ、すごいじゃん』って反応にもなるんだけどさ。

 さすがにヴァヴァもアイドルとのコラボは今のところしていない。あと一プレイヤーとしては、コラボ相手は選んでほしい。――アイドルはないな。


「まあ、私一人で制服よりは一緒にのほうがマシだけど……」


『マシっ!? なんか……アタシの制服が妥協案みたいに扱われないっ!? ……なんで、おかしいよ』


「いや、だって大学生にもなってまた制服着るのってなんか恥ずかしいし」


『恥ずかしくないよーっ! 制服のユズ絶っ対可愛いもん! ねっ、ほら今度の課金ガチャでダブったアイテムとかまたあげるし』


 ノノの悪いところが出てきている。またそうやって課金ガチャのアイテムで私を言いなりにしようとして。


 ――でも、イベント後の課金ガチャって毎回性能高めなんだよね。基本的に特定のダンジョン向けの装備が目玉になる中で、汎用性高めのレア装備とか出ることあるし。


「……制服、着るだけだよ? そんなに嬉しい?」


『うんっ!! あと、一緒に写真撮ろうねっ!!』


「まぁそれくらいなら、いいよ。あっ、レアアイテムは大丈夫だからね? ……もしダブっていらないのあったら、ちょっとあれ、交換くらいとかならお願いするかもだけど」


『むっふふっ、ユズったら遠慮しなくていいのにーっ。せーいふっく! せーいふっく!』


 リズム良く制服コールをするノノに、ちょっと呆れというか退いてしまう。


 もちろん、元々お礼代わりのデートだ。

 たとえノノの要望通り制服を着るからと言って本当に課金ガチャアイテムを貢いでもらうつもりはない。


 ただ現実的な財布事情として、新しい服を買わなくていいのであれば、デートで使うと思っていたお金を少しヴァヴァへの課金に回せるということだ。


 それなら貢いでもらわなくても、課金ガチャをちょっとくらいならできるだろう。


『楽しみね、ユズっ!!』


 ――楽しみだね、課金ガチャ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る