第62話 ひび入るパーティー(side 英哲グラン隊)

 浅はかな考えは、いつも目先だけは上手くいっても最終的には失敗する。


 鈴見総次郎すずみ・そうじろうという男の人生はいつもそうだったのだろうと――彼を破滅に堕とすと誓った者、風野怜美かざの・れみは思う。


 鼻から手心を加えるつもりなどなかったのだが、先日総次郎の口から聞いたユズとのイベントの結果を賭けることになった話は、風野に取ってなけなしの罪悪感をすっかり忘れさせてくれるものだった。


 ――むしろ、今回の計画がより結果に繋がるとも言える。


 ヴァンダルシア・ヴァファエリスのイベント、新規実装ダンジョン攻略でのランキング勝負。


 総次郎とユズ、それぞれが所属しているパーティーで順位を競うそうだ。


 総次郎が勝てば、一晩ユズという女性を好きにできる。

 ユズが勝てば、総次郎は今後姫草打鍵工房ひめくさだけんこうぼうに二度と関わらず、サイトに載せている営業妨害となる文面を削除する。

 すごい賭けに打って出たことに、風野は勇ましさと無鉄砲さを持つユズへの何かしらの憧れをまた強める。ただもし負けたらと、彼女の身を案じる気持ちもあった。


 だが心配なのはむしろ、総次郎が約束を守るかどうかだ。


 ユズを勝たせることは、もともとあった風野の計画にも合致していて、まず間違いないはずである。


『おいっ、リホっ回復っ!!』


 リアルの知り合い以外もいるパーティーだというのに、総次郎は大学の後輩である女子を名前で呼びつけた。


 イラだっているらしい。『勇者ホリー』という名前の白昼祈祷師の動きはたしかに、あまり褒められたものではなかった。


 風野はもちろん知っていたことだが、後輩女子である芦屋里穂あしや・りほはレベルの割には――いやレベル通りなのかもしれないが、他のパーティーと比べればかなり見劣りするプレイングをする。


『そんな大きい声出さなくても今やりますって先輩ぃ』


 それに加えて、以外と図太い神経をしているらしい。


 総次郎の怒鳴り声にも、特に慌てた様子もなく甘い声を出して、回復呪文を操作する。


 まさに彼女は、風野の期待以上の逸材だった。


 すべては風野の計画通り、総次郎は後輩である芦屋とヴァヴァに誘い、以前の言いつけを無視して許可なくギルドにも招待した。


 英哲えいてつグラン隊の面々もさすがにあきれかえり、だが一つだけ、次のイベントで総次郎とパーティーを組む役が一人少なくて済むという朗報にだけ内心喜んでいた。


 ――こんな状況なのだから、いつしびれを切らしたギルド・マスターが総次郎を追放してもおかしくなかった。前回もことに引き続きまた。これでまた、総次郎が自分勝手に追い出しまですれば、今度こそ確実に……。


 風野が当初描いた計画だ。


 間を開けずに、前回と同じ轍を踏む。これだけやって、やっと確実にギルドから総次郎を追放できると考えた。


 風野には想像しかできないが、人を切るというのは中々に難しいことなのだろう。


 特にギルド・マスターは風野達ともあまり歳の変わらない大学生だと聞いている。声の大きい総次郎を好き勝手させてしまうのも、多少は致し方ないことなのかもしれない。


 総次郎という問題児は、社会経験のない人間にはだいぶ手に余る存在であったし、風野ももし同じ立場ならそうだったろう。


 結局、イベントにあまりやる気のなかったギルドメンバーの一人が渋々と、風野と芦屋が総次郎のパーティーに参加してイベントへ挑むこととなった。


 イベント開始前にも何度か簡単なダンジョンにこの四人で潜っていたが、芦屋にアピールしたい総次郎が、自分の活躍を存分に前へ出したせいもあってほとんどろくなものでもない。


 自己中心的に暴れ回る総次郎を、他の三人が呆けてみている状態だ。


 総次郎の強さ、というよりも総次郎の持つレアアイテムの強さを存分に見せつけられて、風野はあきれながらも『これならイベントも楽勝そうだ』なんて相づちを打つ。


 それでそのままパーティーの相性や連携も試すこともなく、イベントに参加することとなった。総次郎からすれば、自分とあと二人もまともなメンバーがいれば楽勝だと踏んでいたのだろう。


 だが蓋を開けてみれば、やはり新規実装されたダンジョンの前では、一人レベルの低いメンバーのいるパーティーは大苦戦だった。


 総次郎のレアアイテムゴリ押し戦法も、目新しいモンスター達の前では効果が薄い。もっと敵との相性を探る頭があれば違ったのだろうけれど。


『くそっ、イベント途中からでもパーティーが変えられれば……』


 総次郎が芦屋の離席中にぼやいた。


 一度イベント参加をしてしまえば、途中でメンバーを入れ替えることはもうできない。


 だいぶイラだっているようだったが、それでも総次郎がギリギリのところで切れていなかったのは、芦屋が可愛らしい外見で彼に気のある素振りを見せていたことと、ユズのいるパーティーよりは先に攻略が進んでいるからだ。


 ――これは風野に取っても計算外なことだった。ユズというプレイヤーの腕前で、今回の賭けに乗るくらいであるからもっと早く攻略していくと思っていた。なにか作戦があるのだろうか。


 そう心配していたところで、タイミング良く状況が変化した。


 ユズの所属するパーティーが大きく攻略を進め始めたのだ。前日まで最新攻略地点が五階層であったのが、今見ればもう七階層となっている。総次郎達と同じ場所まで来ているのだ。


 まだ並んだだけ――しかし、芦屋という大きな足手まといを抱えて、本人も実は脚を引っ張っている側の総次郎と、ユズ達との戦力差を鑑みれば直ぐにでも抜かれてしまうだろう。


 ――やはり総次郎を負けさせるという、急遽追加になった目標は達成できそうだ。


 風野が安堵したとき、だがまた予想外のことが起きる。


 総次郎をギルドから追放するための決め手として、あえて問題になるとわかって呼んだ芦屋だ。彼女への罪悪感はあった。ただ総次郎のゲーム中での姿を知って、早く幻想から覚めてほしいという願いを建前に都合よく利用していたのだ。


 そんな彼女が、風野に相談があると言ってきた。二人で話したいと。


 まさかもう総次郎に嫌気が差して、パーティーを抜けたいと言うのではないだろうか。当初の予定であれば、それでも問題なかった。イベントは途中失格と言うことになるが、元々風野には好成績でクリアしたいという意思もない。――もちろん、総次郎の件がなければ一ヴァヴァのプレイヤーとして全力で挑んでいただろうけれど。


 だが今は、ユズとの賭けがある。もし途中でパーティーメンバーが抜けて、総次郎のイベント続行が強制的に不可能となれば、賭けはどうなる。公正に判断するなら、総次郎の不戦敗だろうが、彼のことだ。ごねて、賭け自体認めない可能性のほうが高い。


「どうしたの、相談って」


 風野は、大学の講義後に芦屋と落ち合った。


 直接話したいとまで言われた。


 無理をしてでも、賭けが成立するまではパーティーにいてもらうべきだろうか。風野は悩んでいた。もし芦屋にそれを頼むとしたら、自分が彼女に支払える対価はあるだろうか。


「ごめんなさい、突然呼び出しちゃって」


「いいけど」


 芦屋の表情は、どこか曇っていた。だがなにか目に怒りや嫌悪ではない、もっと奇異のものを感じる。


 てっきり総次郎への負の感情があふれ出す寸前で、風野自身も罵声を浴びせられてもおかしくないと身構えていたくらいだ。なんせ風野が誘導しなかったら、芦屋も一緒にヴァヴァをすることもなかったかもしれない。


 元々総次郎も狙ってはいたが、少なからず風野のアシストもあったのだ。――芦屋自身も風野に、総次郎がいい男じゃないかなんて軽口を叩いていたけれど、それでもやはり計画を立てて巻き込んだのは間違いない。


「……好きなんです」


「へ?」


 芦屋の言葉に、風野は耳を疑った。


 真逆だ。まさか、芦屋は本当に総次郎のことが好きになってしまったようだ。たしかに、性格をいっさい考慮にいれなければ外見も地位も親の金も申し分ない男ではある。


 それにしたって、もう一ヶ月近く一緒にヴァヴァでゲームをして、総次郎を好きというのはよほど芦屋にも人間的問題があるのではないだろうか。


「か、風野先輩のこと、好きなんです。……実は、ずっと前から」


「へ?」


 違った。


 ――風野が全くもって想像していないことが起きていた。


 芦屋の口にしていた、総次郎を褒める言葉はすべて、風野が総次郎をどう思っているかどうかを探るためのものだったのだ。


 そして彼女が都合良く、風野の計画通りに動いたのも、風野に好かれたい、風野とゲームがしたいという一心であり――。


「待って、好きって、へ? だって」


「ダメです? あたし、先輩と付き合いたいです。……好きなの先輩だけです。それなのに、鈴見先輩がずっとうるさくて、先輩はもしかしてあんなの好きなんですか? なんで仲いいんですか!?」


「仲は別に……」


 どこから話したものか。そして、彼女の気持ちにどう答えるべきか。


 予想外のことに困惑する風野は、しびれを切らした総次郎が、人間の道徳観を持った風野には想像のつかないような卑劣な行為に手を出したことも見逃してしまった。


 まさか総次郎が、直接的に嫌がらせを、リアルで妨害工作をするのなんて思いもしていなかったのだ。


 本当だったら、風野がいち早く彼の行動を察知して止めるはずだった。


 ――けれど、初めての告白に、可愛い後輩に、風野の心は惑わされていたのだ。

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