第57話 妹に警戒されます。

 開いてくれとあんなに願っていた玄関のドアが、突如あっけなく開いた。


 本当だったらそのまま門の外まで走って、多少人目もあるだろう公道で身の安全を確保してからルルと話し合うつもりだった。


 ――つもりだったんだけど、どうしよ。


 ドアの前に立ち尽くし目と口を丸くして固まっているのは、ルルによく似た美少女だった。

 そのまま一回り小さくして、髪もやや短めで肩にかかるくらいの長さである。


 私服だけれど、中学生か高校生くらいだろうか。


 しばし、私を見ていたと思う。

 そのあとやっと動いて後ろにいるルルを見て、また私を見る。


「あ、あのぉ……初めまして?」


「は、初めまして」


「メイドさんですよね? ……どうして、穗純ほずみのお家にメイドさんが?」


「えっ!? どうしてって」


 そう言われると非常に困る。私はルルとオンラインゲームを一緒に遊ぶ友人で、今日は料理を振る舞いに来た。すると何故かメイド服に着替えることとなり、今は――。


「な、なんか服ちょっと脱げかかってますし、息も荒い気がするんですけど……気のせいです?」


「えええぇ!? あっ、ご、ごめんない、はしたないところをっ」


 ルルの妹さんに指摘されて、私はまだ無理矢理背中のファスナーをあげたものの、服自体はかなり乱れたままだったことを思い出す。


 慌てて服を整えて、腰のところでなんとか止まっていたエプロンも一応肩に掛け直した。――メイド服をしっかり着直す必要は、あるのかな? それよりも脱いで着替えたほうがいいような。


「お姉ちゃん、ちょっとあの妹にも状況を説明してほしいんだけど……」


「ふぁひっ! ご、ごめんね、穗純ちゃん。お、おかえりなさい。あのね、このメイドさんは……お姉ちゃんのご友人で」


「メイドさんの友達? 友達がメイドさんなの?」


「そ、その……これは、わ、わたしがお願いして……だからユズさんは、その……お仕置きがっ」


 ――えええぇ!? ちょっと待って、ルルは妹に言うつもりなの。自分から友達に頼んでメイド服着せたって正直に話すの!?


 仮にだ。


 百パーセントあり得ない仮定ではあるが、私がルルを家に呼んで「メイド服用意したから、着替えてほしい。メイド服が好きだから、メイドのルルさんが見たいんだ」と言ったとする。

 ルルも了承してメイド姿になったところで、母が家に帰ってきた。


 言えるのか、正直に「趣味で友達にメイド服着せてました。襲おうとしたら逃げられてたところです」って。


 ――いやいやっ、家族の不和の元だよ。絶対誤解されるって。誤解でもないけど、絶対気まずくなるよ。下手したら家族会議だよっ!?


 ルルはたまにヤバい言動こそ出てくるが、見ての通り育ちもよく聞かれたら正直に話してしまうのだろう。


 だけど、そんなことしたら大変なことになる。

 なんだったら姉に頼まれてメイド服を着て襲われそうになった友人として、私の立場もかなりマズい。

 ――まあ、私の立場は別にいいし、さすがに襲おうとしてたことまでは言わないと思うけど。……そこについては、まず自覚があるのかも怪しいし。


 でもお仕置きって言いかけてたけど、やっぱりアウトなんじゃないか。


 私とルルはパーティーだ。誰かがプレイングでミスをすれば、残りのメンバーがカバーする。


「挨拶が遅れてごめんなさいっ! 私、姫草柚羽ひめくさ・ゆずはです。ルっ――」


 ルルはヴァヴァのプレイヤーネームだ。

 妹さんの前で呼ぶには適していないだろう。そこそこリアルでも付き合いがあるのに、名前はまだ聞いていなかった。


 ――ルルの両親の名前は初対面で聞いてたのにな。今日また妹さんの名前も知ってしまって。


 ともかく、ルルと呼べないので他の名前だが、『お姉ちゃん』と私が言うのもおかしいし、えっと――。


「ご、ご主人様とはっ! よく一緒にゲームで遊ぶ仲で。……今日は、ちょっと料理をご馳走させてもらおうとお邪魔していました。なんてっ、ちょっと張り切りすぎて、こんな洋服まで着ちゃってるけど、普通のお友達だから、そんな警戒しないでくれると嬉しいなっ」


 てへっ、と気持ち無理しながらも精一杯の笑みを浮かべる。


 メイドポーズってこんなのか? とスカートの裾をつまんでお辞儀までしてみたが、これで仲のいい友人同士がちょっとふざけていただけ――ということが伝わっただろうか。


 好意的に解釈すれば、特に嘘も言っていないので我ながら頑張って誤魔化したと思う。


「ほへ。お姉ちゃんのお友達……姫草さん……。あっ、穗純です! お姉ちゃんの妹の、波佐見はざみ穗純です。よろしくお願いします」


「う、うんっ。よろしくね」


 まだ目には警戒心が残っているようだったけれど、改めて挨拶を終える。


 後ろのルルがほっと息をついているのが聞こえた。――ルルが突発的なアクシデントに弱いのは、ゲームでもリアルでも同じだな。


「い、今っユズさんが、わたしのことご主人様って……ふへっふへっ」


 ――ん? どうやらただ荒い吐息だったみたいだ。

 私がフォローしたの台無しになるから、あんまり変な言動はしないでほしいんだけど……もしかして家族公認でこういう感じってこともないよね?

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