第55話 お着替えしました。

 メイド服というものを初めて着た。本格的なものと言っていたので、これがあまり一般的なものと言うわけでもないのだろう。


 ――ん? 本格的っていうくらいだから、むしろこっちが正式で一般的なのかな? まあコスプレとしてのメイドの方が日本だと有名だからね。


 言ってしまえば、ごくごくシンプルな黒いワンピースに白いエプロンという組合せだ。


 フリルの類いは最低限、エプロンの胸元に少しついているくらいで飾り気はほとんどない。スカートの丈もかなり長く、足首のあたりまで伸びていた。


 変な服、という感じはしない。実際に着られている仕事用の制服なのだから、当たり前なのだろうけど。


 エプロンのポケットに入っていた頭にかぶるようだろうキャップは、どうかぶるのが正式かもわからないので一旦後回しにする。


 後ろ手にエプロンの紐を結び、脱衣室に併設されている洗面所の鏡で確認する。――うん、正式な着こなしはわからないけど、まあ大丈夫かな?


 それにしても着心地から、服の品質がよくわかる。使用人が着るものだろうに、こんな作りのしっかりした服というのはちょっと不思議だ。詳しくは知らないけれど、メイドにも多分いろいろいるのだろう。


 ――脱衣所もすごい広くてキレイだし、こんな服を用意してくるし、本当すごい金持ちなんだろうな。


 ルルの私生活、プライベートな部分が垣間見えてなんとも言えない不思議な気持ちになる。


 ノノの家に行ったときもそうだけれど、オンラインゲームでギルドを組んだ相手とは言え、ここまで親密な関係になるとは想像もしていなかった。


「ユズさん、大丈夫ですか? わからないことがあればお手伝いしますよっ」


 ドアの向こうからルルの声がした。


「大丈夫っ! もう着替え終わったから」


「そ、そうでしたか……残念です」


「え? なんで?」


 サイズに問題もなく無事着替えられてよかったと思うのだけれど――というか、すごいピッタリだった。私は比較的平均的な体格ではあるけれど、ウエストなどもきゅっとしまっていてちょうどいい。


 ともかく待たせても悪いので、脱衣所を出るとルルがまだ目をキラキラさせて待っていた。


「ゆ、ユズさんっ!! すっごくお似合いですっ!! 可愛いっ!! 可愛いですよっ」


「う、うん、ありがとう……」


 まぶしいくらいストレートに褒められて、思わず照れてしまう。


 ルルのような美少女に褒められると、やはり気恥ずかしさというか、いやいやルルのほうが可愛いし――と腰が引けてしまう。


「あのっ、写真を撮らせていただいてもいいでしょうかっ!?」


「えええぇ!? ……まあ、別に……私もメイド服って初めて着たし、なにかの記念になる……かな?」


 今後二度とメイド服を着ることもないだろう。服としても思っていたより可愛らしいし、撮ってもらえるというなら記念にはなる。


 私が了承すると、いそいそとルルがなにかを持ち出してきた。


「写真はいいんだけど……それは?」


「はいっ! 是非撮らせていただこうと思っていたので、親に頼んで本格的なものを準備しておきました」


 とルルが持ってきたのはゴツいカメラだった。ルルの細い体にはどう見ても不釣り合いに大きいし、プロのカメラマンが使うようなものに見える。


「ええ……!? ちょっとそれは本格的すぎるんじゃ……」


「ユズさんの写真をベストな環境で記録したいので」


「スマホのカメラで十分だと思うんだけど」


 メイド服とカメラの格が高すぎて、着ている肝心の私は萎縮してしまう。


 ――できの悪いマネキンくらいの気持ちでいいんだろうか。


 ともあれたいそうなものを出されて、拒むこともできずに何枚かパシャパシャと撮られた。私のスマホでも一枚だけ撮ってもらって、自分の記念としてはこれで十分だろう。


「あの、写真はもういいかな? 料理作りに来たわけだし」


「は、はひっ! ……すみません、わたし興奮してしまったみたいで」


 ルルがとろりとした目で、カメラをやっとしまう。


 メイド服、そんなに好きなんだろうか。それなら私より、お人形然としたルルのほうがよほど似合うと思うのに。


「……ルルさん、もしかしてすごく好きなの?」


「は、はい。……そ、そのユズさんからそんな急に聞き返されてしまうと、わたしも困ってしまうのですが……」


「えっ、そんなに照れなくても。好きな人けっこういると思うけどなぁ」


 女子でもメイド服を可愛いと思う人は多いだろうし、実際に着る人は少なくても、なにか機会があれば抵抗なく着てみようってなるんじゃないだろうか。――するにしてももっと軽いコスプレって感じだろうけれど。


「す、好きな人が多いから困っているんですっ!! わ、わたしは……わたしだけのものにしたいんです……」


「えええぇ!? そ、そんなに好きなの? じゃあ、私が着ても仕方なかったんじゃ」


「ゆ、ユズさんが着ても仕方ない? ……どういう意味ですか?」


 そんなに好きなら私じゃなくてルルが着るべきだ。それで私が写真で撮ったほうがいいに決まっている。ルルのほうが私より少しだけ背が低いけれど、他はそんなにサイズも変わらないと思う。――体重も、そんなに変わらないよね? うん、多分。


「そのまんまの意味だけど、ほら、私脱ぐからルルさんも――」


「ぬ、脱いでくれるんですか!? ゆ、ユズさんだって、そういうのは……も、もしかして、ノートだけでそんなことまでしてくれるんです!?」


「え? いや、だってこの服は元々ルルさんが用意してくれたものだし、返すだけなんだけど」


 ルルの目の光り方が、途端にギラついて見えた。


 ――あれ、私なにかおかしなこと言った!? すごい、嫌な予感がするんだけど。


「同意もらいましたよね、わたし。……もう、我慢しなくていいんですよね?」


「え、ちょっと、待って。ルルさん……?」


 にじり寄るルルに、私はそっと後ずさりするが――。

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