第17話 手軽な復讐などありませんでした。

 ほとんど眠りにつけないまま、朝を迎えた。


 ――許せない。一晩たっても、鈴見総次郎すずみ・そうじろうが、鈴見デジタル・ゲーミングが許せない。


 ヴァンダルシア・ヴァファエリス――ヴァヴァをやっていて寝不足になることはよくあるが、ゲームもせずにこんなグロッキーな朝というのは初めてかもしれない。


 のそのそとダイニングへ這い出ると、仕事に出る前の母が朝食を用意してくれていた。


「おはよ」


「あら、早いじゃない。おはよう、柚羽ゆずは


「……えっと、お母さん」


「ん? どうかした?」


 目玉焼きとウィンナーを皿に載せている母の顔を見て、昨日見つけた鈴見デジタル・ゲーミングの販売サイトについて話すべきか考える。


 営業妨害じゃないのだろうか。会社同士で正式な連絡をしてあの文面を取り下げさせたほうがいいのか。


 でもはっきりと姫草打鍵工房ひめくさだけんこうぼうの名前が載って、キーボードを悪く書かれているわけではない。


 それになにより――母に、姫草打鍵工房のキーボードをコケ下ろした文章を見せたくなかった。


 私が原因なんだ。私がなんとかする。


「ううん、朝ご飯ありがとう」


「これ……柚羽の分じゃないけど……」


「えー、じゃあ自分で作るかー」


「ま、たまには朝もしっかり食べなさい。最近の柚羽、不健康な生活しすぎだから」


 母があきれながらも、トーストをもう一枚、それから卵とウィンナーも焼き始める。キッチンに立つ母の顔は、とても疲れているような気がした。


「いいって、先食べてて。私だって簡単な料理くらいできるし」


「……あんまりキッチン汚さないでね」


 母を先に食卓へ追いやって、交代で私がキッチンへ。


 そうは言ってももうやることはほとんどない。私は目玉焼きに火が通るのを待ってから――。


「あ、黄身が割れた……」


「不器用ねぇ」


 ぐちゃっとみすぼらしくなった目玉焼きと、少し片面だけ焦げすぎたウィンナーを食べて、私は密かに決意を新たにした。


 姫草打鍵工房のキーボードを宣伝するだけじゃない、鈴見総次郎に報いを受けさせよう。


 ――私にできるのはヴァヴァでの中のことだけかもしれない。だけどヴァヴァでは、できる限りのことをしよう。手段を選ばず、少しでも早く上を目指す。


 鈴見総次郎より上に行く、最強ギルドだ。



   ◆◇◆◇◆◇



 大学から帰ってきて、鞄を床に置いて一息つく。


 講義そっちのけでいろいろと考えてみた。


 ギルド打鍵音だけんおんシンフォニアムには、昨日説明した事情以上のことは話すべきではないだろう。


 結局のところは心持ちが変わっただけで、私もすることは変わらない。

 だけどそれでいいんだろうか。


 ――と言っても今までもできる限りのことはしていたつもりだから、これ以上できることってなんだろう。


 オンラインゲームで上を目指すのには、プレイ時間を増やすか、課金だ。


 パーティー間の連携についてはみんなの協力がいるから、結局一人でできることはこれだけになる。


 家の手伝い以外にも、ちゃんとバイトしようかな。

 時給換算で千円を超えられれば、多分ゲームでレアアイテムを狙って周回するよりも課金でレアアイテムの一部を効率的に手に入れられる。


 ただ課金アイテムだけじゃないからな、ヴァヴァは。


 それに課金の中でも、特に目玉になるのはガチャでランダムに手に入るのだから、ちょっとやそっとの金額で解決できる問題でもない。


 やっぱりアルバイトで稼げる額だと、課金ガチャでよほど運がいいくらいでないと割に合わない気がする。


 もしなにか高額に稼げるバイトとかあれば――いや、世の中そんな上手い話もないだろう。あったとしても、なにか危険が伴うようなものに違いない。


「はぁ……どうしようかな」


 結局、やることはパソコンの電源を入れて、ヴァンダルシア・ヴァファエリスを起動することだ。


 口ばっかり、気持ちばっかりで行動も結果もついてこない自分がいらだたしい。


 悩んでいる間も、ヴァヴァをやっていたほうがキャラクターは成長する。


 ――でも先に考えを整理するべきなのかな? あんまり先のことを考えていないせいで今の現状があるんじゃないかと、反省するべきなのかもしれない。


 フレンドから来ていたメッセージのいくつかを確認しながら、軽く流せるダンジョンに野良のらパーティーで潜ろうとしたときだ。


 ノノんがノノ――ノノからメッセージが届いた。


『うぃーすっ! ユズ、暇なら二人でパーティー組もうよぉー』


 ギルドメンバーでパーティーを組むのは、基本的には週に三回、事前に決めた時間でということだけが決まっていた。


 もちろんそれ以外でも、お互いが空いていれば組むのは問題ない――ただ二人パーティーはドロップ率が少し補正されて増えるけれど、周回効率落ちるからな。


 しかも普段固定で組んでいるところに、他の付き合いの浅いフレンドや野良の人を混ぜるのも、あまり勝手がいいものでもない。


 私はあまり気にしないほうだけれど、仲のいいメンバー達の中に一人部外者が入り込むのはやりにくいものだろう。


 それにノノはアイドルであることを身バレされるわけにもいかないから、ギルドメンバー以外に誰かいるとマイクミュートだ。


 ――まあ、今日は軽くのつもりだったしいいか。二人でも。


「今日は軽めの予定だけど大丈夫?」


『んー、ユズに任せるよー。さっき課金ガチャぶん回して出てきた新装備試したいだけだし』


「課金ガチャ……あーそういえば、新しいの出てたね。今日からだっけ? もう回したんだ」


『アタシ課金ガチャ新リリースの日は、仕事空けるようにしてるからねー。初日に全アイテムコンプまでガチャってる』


 国民的人気アイドルが、課金ガチャを理由に仕事のスケジュール決めていいのか。


 まあちゃんと調整しているなら問題ないんだろうけど、それより好きなだけガチャできるのがうらやましい。


「新装備どうだった?」


『前衛向けはめぼしいあんま装備なかったかなー。一応新しいスキル構成にできる防具がいくつかあったくらいで。今回のメインは後衛向けの装備っぽかったからアタシ的には微妙かも』


「……後衛向け」


『そうなんだよねー。アタシ、サブジョブも後衛は全然育ててないからなー。どうしよ、たまには後衛やってみようかな。そしたらユズ教えてくれる?』


 あーうん、と私はノノの言葉に生返事で頷く。


 最新の課金ガチャから出る装備で、それも後衛向け。

 もちろんヴァヴァは課金装備だけでどうにかなるようなゲームではないけれど、効率よくダンジョン攻略するためにはかなり助けになる。


『かぶったてるやつもあるし、ユズあげようか?』


「えっ!? いや……そんなほら、もうギルドメンバー同士だし、これからはあんまりレアアイテムもらうのとか減らしたほうがいいかなって……」


 最強ギルドを目指すという気持ちはもちろん強いし生やさしい手段を選ぶつもりもないけれど、一番大事なのはパーティー間での連携である。


 アイテムをもらうもわられるの関係性は減らしていくべきだろう。


 私がレアアイテムを集めて、強くなるだけじゃダメなのだ。


 ――もっともギルメンの三人から危険な気配がするという理由も大きいけど。


『なんでー、メンバー同士なんだしさ、余計に遠慮しなくてもいいじゃん』


「でもほら、仲間としての結束とかあるし……」


『じゃあなに? ユズ、これからは他の人からアイテムもらうっていうの!? アタシじゃなくて!?』


「そういうわけじゃ……」


 姫草打鍵工房の宣伝を目的としている以上、今後はギルドメンバー以外にも姫プレイは自重していくべきだろう。


 姫プレイで有名なプレイヤーが宣伝するのは、どう考えても逆効果だ。


 そうなると余計に、私は自分一人の力でもっとキャラクターを育てないといけないわけだけど――。


『ねえ、大丈夫だってー。アタシが余ってるアイテムあげるだけじゃん。それにさ、いつもどおり、交換条件はきっちり要求させてもらうし』


「交換条件って……」


『ほら、ユズはお母さんの会社宣伝するためにも、ヴァヴァで強くなりたいんでしょ?』


 マイク越しのノノが、私にそう甘くささやいた。

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