第86話 近衛宮家の海釣りはメガフロートで行われます ~秀亀だけ魚釣れねぇ!!~

 萌乃さんに「船はどこですか」と尋ねたら「いいえ。船は必要ありません」と英語の教科書みたいな答えが返って来た。

 じゃあ、やっぱりその辺の防波堤とかで釣るのかしら。


「よく海面をご覧ください。もえもえの準備は完璧です」

「海? 波は穏やかで……。いや!? 波がまったくないじゃん!? ちょっと待てよ!! ……凝視したら海になんか浮いてんな!?」


「はい! 近衛宮家の釣りと言えばこちらです。メガフロートを浮かべております。透明な材質で作り上げた特注品でして、足元には海が広がりお魚も見られるのです」

「おじさん! メガフロートってなんですか!! コーラにおっきいアイス乗せたヤツですか!!」


 人工の浮島だよ!!

 海上にデカい疑似的な陸地浮かべて、空港の滑走路にしたりとか!

 島国で海の多い日本にもってこいな、日本発の技術!!



 まさか釣りの足場に使われるとは誰も思ってなかっただろうけどね!!



「お嬢! 何考えてぃーんすか!!」

「そうだ! 言ったれ、桃さん!!」


「こんな透明の足場とか! 潜ったら自動的にパンチラパラダイス銀河じゃないすか!! 秀亀さん、泳ぎの師範代っすよ!! なんつってもヒジキの別名持ってぃーんすから!!」

「レアぴっぴ! 違う! そうじゃない!!」


「あーね! なるほどなるほどなるほどなっす! 全員スカートじゃねっす!! お嬢の策にハメられてるっすよ、ウチら!!」

「なるほど。スカートの中だったら私にも勝機があるかもです。ワンピースにやっぱり着替えなおして来ますね」


「ちょい待ち、こはるん! 面倒だからおヤメなされ!! 大丈夫! 秀亀はもう、こはるんで興奮するの常態化してるから!!」

「そうなんですか!! おじさん!! どこに興奮してるんですか!!」


 もういいや。

 メガフロートの上で釣りしようぜ。


 よく考えたら、俺のばあちゃん御亀村から出て来るだけで国が動くとかいう頭のおかしい年寄りだったもんね。

 今さら、メガフロートが出てきたくらいなんだってんだ。


 どうせ、近衛宮家が研究費用を出してるとかそういうアレでしょ。


「あ。ご安心ください。こちらのメガフロート、国家で開発しているものとは別でして。近衛宮家が独自に研究、開発、実用化を目指しているものです」



 研究費出してるどころか、自前で造っていらしたわ。



「もし!! 誰かある!!」

「はっ!!」


「撒き餌をお願いします。これから、皆様がお魚をお釣りあそばされますので。おストレスのないように、5分に1度はどなたかのお竿がしなるよう設計を。ミスは許されません。心得なさい」

「ははっ! 身命に賭して!!」


 小春ちゃんとこのじいやさんもだけどさ、執事とか黒服の皆さんはすぐに自分の命を懸けるよね。

 そういうの良くないと思うな、秀亀。


 俺が何を考えようと、何を良しとして何を罪としようと、世の中は関係なく流れるわけで。

 大河が「こっちに流れるのですよ!!」と決めたら、俺みたいな小川は流されるしかないのである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おおー! これが! 魚狩り!! おじさん! ついにマリーさんは初体験してしまいます!!」

「もうね。いや、狩りじゃねぇよ!! ってツッコミ入れるのが野暮なんだよ。これ、もう狩りだからね。今度俺が本当の釣りを教えてやるから、これがスタンダードだと思わないようにな」


 足元には古今東西いたるところに生息している海洋生物たちが「ここどこですか、なんであたし連れてこられたんですか」と戸惑いながら泳いでいる。



 オールブルーかな。



「よっしゃー! 釣れたぜー! 見て見て、秀亀ぃ! 釣れちったー!! 伊勢海老!!」

「もう釣ったのかよ! そしてせめて魚を釣れよ!! なんで最初にフィッシュオンされたのが伊勢海老なんだよ! そいつも、俺で良いんですか? って思ってるよ!!」


「パナップっすね、秀亀さん! その海老ちゃん、メンズなんすか!!」

「そこじゃねぇよ!! 知らねぇよ! なんとなく、俺が男だったから男になったの!!」



「やべっすね。つまり、俺がこうと言ったらこうなんだ! てやんでぇ!! ってヤツすか!! 秀亀色に染められるんすね、ウチら!! カラフルに!!」

「レアぴっぴは竿を振っとけ!! 無心で釣り糸垂らしとくんだよ!!」


 釣り糸垂らして5秒で秋刀魚を釣り上げた桃さん。

 まだ旬じゃないけど、後で焼いて食おうね。



「小春ちゃん? どうしたんですか? 竿の使い方が分からないとかですか? あたしもです!!」

「あ、ううん。違うの。じいやがね、出がけに言ってたんだ。カマンベール伯爵の竿を自在に操れるようになってお戻りくださいませ!! って。どういう意味だろうって」


(おじさん! どーゆう意味ですか!!)


 聞こえないふりしてたのに!!

 それを俺に説明させるな! 何言ってもセクハラになるから!!


 ちょっとじいやさん、アレだな!

 スケボーで側頭部強打した時に知性がこぼれたんじゃないの!?


「……俺も釣るか。釣ると言うか、針落としたら餌がなくても泳いでるヤツらが引っ掛かりそうだけど」


 まあ、デカい釣り堀に来たと思えば楽しみ方も変わるさ。

 よく考えたら、こんなボーナスステージで釣りができるなんて人生で1度なのは間違いないわけだし、このメンツで出かけて未だに戸惑っているようでどうする。


 今を楽しむのだ、俺よ!!



◆◇◆◇◆◇◆◇



「小松さん」

「おう。どうした、萌乃さん」


「もう30分ほど経ちましたけど」

「そうだね」



「どうして小松さんだけ1匹も釣れないのでしょうか」

「俺が聞きたいと思ってたところだよ!! なんで!? 俺、こんなに魚が泳いでるところに来てまでぼっちなの!? しかも、普段から散々ヒジキ、ヒジキっていじられて! 俺も海洋生物の仲間みたいなもんなのに!? なんでこいつら、俺の垂らした針だけ無視すんの!?」



 俺の竿だけしなりもしない。

 餌を盗られもしないから、ずっとゴカイが、あのミミズの親戚みたいなヤツがうねうねしてるだけだったのに、ついに動かなくなったよ!!


「また釣れたぜー!! サザエとアワビとイクラ!!」

「ちくしょう! 同じぼっち属性の新菜は釣れてんのに! 厳密には、魚にはシカトされてるけど! それでも、甲殻類とか貝釣ってるのに!! なんで俺だけ!! ……イクラって泳いでんの!?」


「秀亀さん? どしたんすか?」

「いやね、ちょっと場所が悪いのかなって思い始めてたところで。……レアぴっぴ、すっげぇ大漁じゃん。なにそれ?」


「カジキっすね!!」

「うん。それは知ってる。俺、図鑑読むの好きだから。なにそれって言うのは、何がどうなってそのクソデカいカジキを竿で釣り上げられたのかってことだよ?」


「あーねっす! 違いマッスルっす! これはモリで突きましてぃー!!」

「マジでハントしてんじゃん!! ビーストハンターじゃん!! 対して俺はハンター試験に受かってすらないんだけど!!」


 あっちの端ではマリーさんと小春ちゃんがキャッキャッとはしゃぎながら、バシャバシャ釣り上げてる。

 入れ食い状態の中で、俺だけ凪。


 普段からイワシばっかり安売りで買ってるのがお気に召さないの?

 ならせめてさ、イワシは釣られてよ。


 お前らの袋詰め放題タイムセールの常連なのに、俺。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る