第322話 欲しいもの

「そもそもの話だが……私は《闇天会》の中でも中堅に位置する立場にある」


 紅花博士の話は、そんな言葉から始まった。


「中堅ですか……微妙な位置ですね」


 情報を流してもらうことを考えると、もっと上の立場であってもらった方がありがたかった。

 けれど、そう贅沢も言えないか。

 それに中堅というが、それが具体的にどの程度の権限を持っているのか、それについてはまだ分かっていない。

 《闇天会》で分かっていることは、《闇天衆》と呼ばれる最高意思決定機関、最高幹部会があるということ。

 そして、そこに収まることが出来るのは、傘下組織でも選ばれた人間のみで、傘下になったからといって必ず加われるというわけではないということくらいだ。

 以前、《壊れた歯車》のアジトを壊滅に追いやった際に捕まえた、《壊れた歯車》の幹部数人から聞けた話だ。

 ただ、彼らも決して詳しくはなかった。

 総帥の来栖がまさにその《闇天衆》だった、ということは聞けたが、具体的に何をやっていたかについては、彼ら幹部にすらも教えられることはなかったという。

 それだけ情報管理には気を遣っているのだろう。

 それだけに彼が殺されたことが残念だったが、あれはどうにもならなかった。

 あの時以来、探知術については磨いているし、機械系の術具についても研究しているくらいだ。

 今であれば防げる可能性は高いだろうが……。

 まぁ警戒しすぎても仕方がないことだ。

 捕まえたところで何も吐かないのでは意味がない。

 自発的に語ってもらったり、内部から情報を流してもらった方が価値が高い。

 こちらの情報について流れる危険もあるが、そもそも流されて困るような情報はそれほど持っていない。

 四大家の当主をいずれ継ぐ立場として、名前も顔も、知る者は知っているからだ。

 戦闘技術などについても、ある程度は流れている。

 もちろん、全てを見せたことなど一度もないし、それこそ武尊様や龍輝にしか見せたことがない、身内でも知らないような技術は多数ある。それについては流れようがない。

 そして、ここに来てから、それを見越した戦い方をしているから、やはり大した問題はない。


 そんなことを考えている私に、紅花博士は言う。


「微妙とは言わないでくれ……これでもそこそこ上の方なのだ。《闇天衆》……《闇天会》の最高幹部会をそう言うのだが、そこに所属するのは各組織の長や、古くから《闇天会》を引っ張ってきた者たちだけでね。地道に下から出世して上がれるほぼ限界に近いところに、私はいるんだ」


「なるほど、非エリートの道ということですかね」


「そんなところだ。それに、《闇天会》固有のメンバーというのは実のところ少数でね。大体が、傘下組織から人を引っ張ってきて事業を行うから、珍しいのだよ。そういう意味でも、私と繋がりを持つことは悪くないはずだ」


「ふむ……しかし果たして信用できるのか、という問題があります」


 正直、話を検討しているように見せつつ、そこまで信用はしていない。

 邪術士など、という思いがあるのはもちろんだが、この紅花博士という人物はどこか得体が知れないところがあると感じるからだ。

 勘で申し訳ないのだが、しかし勘が左右するものがあることも、私はよく知っていた。

 ただ、そういう底の見えない人物だからこそ、得られるものは多そうだ、という感覚もある。


「もちろん、そうだろうとも。ただ、別に信用などお互いにしなくても構わないだろう。さっきも言ったように、私は取引をしたいのだ。取引の天秤に乗せるものについてだけ、誠実であることが誓えるならそれでいいはずだ」


「その誠実さも信用し難いですが……言っていることはわかります。それで、そもそも一体どんなものを貴方は欲しいのです?」


「うむ……私が欲しいのは、南雲家の情報だ」


 意外なことを、紅花博士は言った。

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