第321話 持ちかける

「……さて、花蜜君も行ったことだし、君が何者かと聞いてもいいかね?」


 紅花こうか博士が私にそんな風に尋ねる。

 なんと答えたものか迷ったが、とりあえずはとぼけるか。


「はて、先ほど花蜜さんとした会話を紅花博士も聞いていらっしゃいましたでしょう? でしたら自明なのではありませんか」


「ふん……《闇天会》から密かにやって来た監視役だと言うのかい? その可能性は低いな……」


「なぜそう言い切れるのです?」


 私の疑問に紅花博士は苦笑しながら、


「それは簡単なことだよ。私が、そうだからだ」


 そう答えた。

 なるほど、そういうことなら確かに。


「これは私の方が考えなし過ぎだったようですね。色々と話を聞くに《闇天会》から直接人がやってくることは少ないと思っていたのですが……それに紅花博士も、この組織に所属して長いようなことを言っていたではありませんか」


 これは、花蜜が来るまでに紅花博士と雑談する中で出てきた話だ。

 だから《闇天会》の可能性があるとは考えてなかったのだ。

 けれど彼は言う。


「表向きには……というか、《闇天会》の傘下組織でも、新参には伝えていない話だからね。しかし現実にはかなり《闇天会》の人員が各組織に派遣されているよ」


「監視のためにですか?」


「そうとも。そもそも、《闇天会》の傘下組織になっても、本当に信頼できる組織かどうかはしばらくしないとわからないものだ。そのための評価をするために、と言うのが大きいね」


「覆面調査員と言ったところですか」


 肩をすくめてそう言った私に、紅花博士は笑って、


「おぉ、上手いことを言うじゃないか。まさにそういうことだ。しかし……こうなってしまっては《黒の月》は失格のようだね。残念ながら、真の仲間にはなれなかったと報告するしかあるまい」


「真の仲間?」


「あぁ。お互いに目的を共有し、背中を任せ合える仲間、さ」


「邪術士如きが何を仲間などと……」


「ふむ? その話ぶりだと、君は四大家の人間かな。邪術士をそこまで憎むこともなかろうに。我々は自分たちの目的には正直だが、人類に敵対していると言うわけでもないよ。妖魔よりよっぽどマシな存在だよ」


「それは時と場合によります……しかし、どうしてそのようなことを私に語るのです? それなりに重要な情報でしょう」


 そう、なぜこの男がここまでの話を私にするのか、その理由が分からなかった。

 《闇天会》はこれまで、その情報を全く外部に出すことがなかった。

 それなのに今になって広報でもあるまい。

 私の疑問に、紅花博士は答える。


「色々理由はあるが……どうかね。取引しないか?と思ってね」


「取引?」


「そうとも。まぁ君が邪術士如きとそのようなことはできないと言うのなら、話はここで終わってしまうが」


 確かにそういう気持ちもないではない。

 しかし、考えてみる。


「そうですね……個人的にはあまり邪術士は好きではありませんが、《闇天会》の情報は貴重です。それを考えれば、絶対に取引には乗れない、とは言いません」


「おぉ、それはいい判断だね」


「ですが、内容を聞かない限りは、返事は出来ませんよ?」


「それは当然だ。よし、聞いてくれ……」

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