第320話 研究室にて

「……おう、紅花こうか博士。私に何か用があるって……? ……お前!」


 部屋に入ってきて私、北御門咲耶にそう叫んだのは、学校に忍び込んできて《幸福のお守り》を奪い取って行った邪術士の女性、花蜜だった。


「あら、これはこれは、妙な巡り合わせですね」


 ここからどうしたものかと考えつつ、時間稼ぎにそう呟くと、花蜜は構えながら言う。


「なんでテメェがうちの施設の中にいやがる……本当は邪術士だったのか?」


「うーん……なんと答えたものか迷いますね。ただ、貴方が知る必要のないことですよ」


 実際には適当なことを言っているだけで、意味はない。

 別に北御門咲耶だと名乗っても何か問題があるわけでもない。

 もちろん、その場合は即座に戦闘になるだろうが、それだけだ。

 私の言葉に、花蜜は少し考えた様子で、ぶつぶつと、


「……私が知る必要がない? まさか……《闇天会》の人間なのか? だったら先んじて学校にいたのも理解はできなくは……いや。しかしなんで私たちの邪魔を……あえての監視か? 普通に考えて、ここに身一つで忍び込めるわけもねぇし……あぁ、こういう時こそジギの出番だってのに、なんで……」


 そんなことを言っている。

 内容から察するに、いい方向に勘違いしてくれているらしい、と察した私は言う。


「あまり難しく考える必要はありませんよ」


「なんだと?」


「花蜜、貴女は私と今、戦おうとしてらっしゃいますが、そんなことをしてもお互いに得することはないでしょう」


「……あるぜ。少なくともお前を排除して目下の問題の種を吹っ飛ばせる」


「本当にそれが出来るならそうかもしれませんね。でも私に勝てると? 《半妖魔化剤》の在庫はお持ちですか?」


「テメェ……どこまで知って」


「何も、私を疑うなと言っているわけではないのです。ただここでぶつかるのは得策ではない。それだけの話ですよ。いかがですか?」


 私としてはやっても構わないが、この部屋にあるものは資料として貴重だ。

 花蜜の以前の戦い方を思い出すに、力任せなやり方で、ここにある様々な物品を粉々に破壊してしまう可能性も低くない。

 というか、むしろそういうやり方を一番しそうだった。

 どうせ、花蜜はここから離れても、この倉庫から逃げることは難しい。

 それを考えれば、資料確保の方を私は優先すべきだろうと思ったのだ。

 そんな私の考えをつゆとも知らず、花蜜は深く考え込んだ末、言った。


「……くそっ。仕方ねぇ……ここは譲ってやる。だがお前が何者かいつかわかった暁には……それ相応の対応をしてやるから、覚悟しておくんだな」


「あぁ、それは怖いですね」


「本気で思ってる口調じゃねぇな……腹の立つやつだぜ……まぁ、いい。紅花博士。行くぞ。今、ここは襲撃されてる。さっさと逃げねぇとまずい」


 花蜜がそうやって誘うも、紅花博士は意外にも首を横に振り、


「いや、私は少しここでやることがあるのでね。先に行っててくれたまえ。何、脱出口の位置は分かっている」


 と言う。

 これに花蜜は、


「あぁ!? ……本当に大丈夫なんだろうな?」


 そう念押しするが、博士は言うのだ。


「問題ないさ。戦闘員としての腕に自信はないが……逃げることだけは得意なのでね」


「ちっ……分かったよ。後で必ず来いよ」


 そう言って花蜜は部屋を去っていった。

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