第144話 死生観

「……これで何人目だ? それに妖魔も多いな……面倒になってきたぞ」


 落石に巻き込まれた人間を再度助けて、俺はそう言った。

 流石に大規模な土砂崩れは最初の一度で打ち止めだったが、その後もガラガラと岩が断続的に落とされたりしている。

 それに巻き込まれる人間も頻発しており、それを俺たちが助けて回っていた。

 もちろん、通常ならこんなことがあっても手遅れで終わるだろう。

 だが、俺たちには妖気を感じ取れる感知能力がある。

 不自然に妖力が発せられた場所に急行すれば、そこで落石などが起こっているので、比較的ギリギリのところで助けられていた。

 

「……無理に助けるより、さっさと妖魔を倒す方を優先すれば手間も掛からないんですけどね」


 光枝さんがそう言う。

 しかし、それは出来ない相談だ。

 妖魔の方に急行すれば、おそらく怪我した登山客たちは手遅れになる。

 そんなことになるくらいならば、後回しにする方がずっとマシだ。

 というか、さっきから光枝さんと澪との間で、常識のずれを感じている。

 二人はさっさと妖魔を先んじて倒すべき、登山客の被害は無視するべき、というような主張をしているからだ。

 これは合理的には正しいというか、俺たちの手間を必要最低限にするという意味では正答ではある。

 だが、人間にとって、他人を見捨てることは意外に簡単なことではない。

 例え他人であっても、自分とは遥か遠い血縁の相手であっても、完全なる無関係な存在であっても、人間はどうにか助けたいと思うものだ。

 だから俺は……。

 だけど、光枝さんや澪にそれを強制するつもりもなかった。

 二人は我が家で生活し、我が家の家族に親愛の情を多少なりとも感じてくれている存在だが、その本質は妖魔だ。

 感覚が違うことは、仕方がないと思う。

 そもそも妖魔は死生観が独特なんだよな……。 

 これは、前世の時からそうだと俺はよく知っていた。

 自分の死についても無頓着なところがあるし、また仲間であってもさほどその生死にこだわらないところがあるのだ。

 光枝さんと澪には、まさにそのような傾向が感じられた。

 しかしこれは二人が薄情だからというわけではない。

 俺たち人間とは、存在の態様が違うから、それだけだ。

 だから俺は、


「……光枝さんと澪はそうしてくれて構わない。ただ俺は救護を優先したい」


 ただそれだけを言う。

 しかし二人はそんな俺に、


「武尊様がそうされるというのに、私が否というわけにはいかないじゃありませんか。すみませんね、なんだか薄情で」


「わしはどちらでも構わんぞ! 武尊がそうしたいというなら従う! わしは武尊の式鬼じゃからな!」


 と言ってくる。

 妖魔は人間とは死生観が違う。

 とはいえ、二人とも多少なりとも、人間の間で生きた妖魔だ。

 俺も気持ちにも寄り添ってくれるのは、むしろ救いだった。

 

「二人とも、恩に着る! まぁ妖魔の方もだんだん焦れてきてるのか、襲いかかってきてるしな。意外に被害を出さないように振る舞った方が、奴らもイラつくのかもしれん」


「それはあるかもしれませんね……人が死に、怨念に満ちた方が、結界は汚染されますから。その辺りを狙ってるのやも……だとすれば救護は合理的です」


「じゃあ、もう少し頑張るか。一番大きな妖魔の気配も近い」


「そうですね」


 光枝さんは冷静にそう頷く。


「しかし猿魔が多いのう。さっきの四本腕のやつは中々だったぞ。中級妖魔程度はあったのではないか?」


 澪がそう言った。

 確かに、意外に強い妖魔もいたが……。


「俺たちなら何とでもできるしな。あと、素材も後で確保できれば術具作りにもいい。ボーナスだと思って頑張ろう」


 俺はそう言ったのだった。

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