第140話 富士登山

「……さて、着きましたね、富士山!」


 光枝さんが元気にそう言った。

 彼女の格好は登山用の装備で包まれていて、本当にただ登山を楽しみにきたお姉さん感がある。

 山ガールか……、

 もちろん、俺と澪も同じような格好だが、年齢が年齢なので光枝さんが引率の先生のようだ。

 そもそも、俺たちは皆、気術や妖術、仙術を扱えるため、一般人のような装備は全く不要だ。

 例えば俺は、通常地球で起こる寒暖差くらいは真気の鎧によって全く影響なくいられるし、他の二人も似たようなものだろう。

 にもかかわらず、こんな格好をしている理由は、ひたすらに一般人に怪しまれないため、に他ならない。

 周囲にはしっかりと一般の登山客もいるし、途中までは普通に登山をしていくというのだから、必要な配慮だった。


「……登山って、どの辺まで登るんだ? まさか頂上まで行くのか?」


 改めて尋ねると、光枝さんは言う。


「頂上までは行きませんよ。でも頂上まで登る方が楽かもしれませんね……なんていうか、色々なチェックポイントを通らないと、仙界への入り口には辿り着けないようになってるんですよ。そのチェックポイントも、ほとんど通常の登山道からは外れているので……険しいというか、一般人が踏み入ればまず、滑落したり遭難したりを免れないような感じになってます」


「……出発前から気が滅入る情報をありがとう……。せいぜい滑落しないように気をつけるよ」


 俺がそう呟くと、澪が、


「落ちてもワシが龍に戻って拾ってやるから安心せい。というか、武尊は空を飛べぬのか?」


 と言ってくる。

 確かに龍であれば、空も普通に飛べるわけだし、俺が滑落しても何とかはなるか。

 そもそも滑落する気はないから、冗談なのだが、もしものこともある。

 保険はいくつあってもいいだろう。

 それにしても……。


「流石に継続的に飛ぶのは出来ないな。空気を蹴って擬似的に空中を移動することは出来るんだが……」


 空中機動系の気術はそれなりに修めているから、それくらいは出来る。

 ただ飛行することは出来ない。

 そういう気術は実のところ存在しない。

 いや、限定的に可能にしている家もあるのだが、その場合、道具が必要になってくるからな。

 身一つで飛行することは出来ないということだ。

 そう言った俺に、澪は意外そうな表情で、


「そうなのか。武尊なら何でも出来そうな気がしておったが……」


 そう言ってくる。


「お前、俺をなんだと思ってるんだ……。まぁ、いずれ開発したいところだけどな、飛行気術。それなりに研究はしてるんだが、きっかけが掴めない……」


 そう言った俺に、光枝さんが、


「仙術ですと、浮遊術は割と早い段階で身につけられますよ。ほら」


 そう言って、その場でふわりと浮いた。

 ふわふわと地面から二十センチほど足が離れており、確かに浮いている……。


「これだけでも仙術を学ぶ意味があるな……しかし数多くの気術士が悩みに悩み抜いてきた技術を、こんなに簡単に可能にしているとは……」


「気術とは仕組みが違いますからね。気術で飛行術を作ろうとすると難しいのは分かります。そしてそのこと自体には価値があると思いますよ。仙術は身につけられる人間を選びますから」


「……おい、もしかしてそれって、俺が仙術を身につけられない可能性もあるってことか?」


「えーと……まぁ、はい」


「聞いてないぞ……無駄足に終わる可能性があるのか……」


「いえ、多分大丈夫なんじゃないですかね。それにほら、仙界を見物できるだけでも、なかなかない機会ですから、いい観光にもなりますって」


「別に俺は観光に来たわけじゃないんだがなぁ……まぁ、いいか。仕方ない。さて、出発するか」


「はい!」

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