第139話 他の世界の話

「どういうところ、と申しましても、あまり大した場所ではありませんよ? この世界と基本的には同じで……ただ、主に住まうのは仙人・道士に、霊獣の類というだけで」


 光枝さんはそう言うが、普通の人間はまずいないということなのだろうか。

 同じことを父上も思ったようで、


「やはり、人間はいないのか?」


 そう尋ねる。

 しかし意外にも光枝さんは首を横に振った。


「いえ、普通の人間もいますね。ただ、向こうの世界で集落を築いている人間であって、この世界から渡って向こうに住む人間はほとんどいません。それこそ、認められて仙道の修行をする者以外は」


 これは驚きの話だった。

 父上もそれは同様のようで、


「それはどういう……」


 と困惑しつつ尋ねる。

 光枝さんは続けた。


「人間というのはどこの世界にも発生している、ということですよ。魔界・妖界にもいますし、それは仙界も同じということです。ただ、この……人間界の人間を、他の世界の人間はよく知らないのです。なぜなら、先ほども言いましたように、滅多に見ることがないから」


「渡るのが難しいからか」


「そうです。基本的に、その世界の高位存在の手引きがなければ難しいでしょう。仙界だと仙人道士の、魔界でしたら上級悪魔たちの、そして妖界であれば高位妖魔たちの、ということになります。ただ、一部の気術士であれば異なるでしょうが……それこそ、四大家の家長や、それに比肩するような術士であれば……適切な方法を知りさえすれば、独力で渡ることも出来るでしょう」


「なるほどな……だが、そんなことをした気術士の話は聞いたことがない。やはり、今まで出来た者はいないということか……」


 しみじみとした様子でそう呟いた父上だが、これに光枝さんは言う。


「そうとも言い切れません。というか、高森の初代様は《渡る》ことができた人でしたよ」


 この意味は明らかだ。

 つまりは他の世界へ、独力で行くことが出来るだけの力を持っていた、ということだ。

 これには父上も驚いたようで、目を見開いて言う。


「なんだと……?」


 もちろん、俺も初耳だ。

 罪人で、光枝さんを懲らしめた存在であるという高森の初代。

 だいぶ謎の多い人だな。

 そんな俺たちの疑問を尻目に、光枝さんは続ける。


「四大家の家長の皆様ほどではなかったですが、それでも大きな力をお持ちでした。色々ありまして、私を仙人の先達と会わせてくれまして……その結果、今の私があります」


 そう言う経緯か。

 光枝さんはかつて、数多くの悪さをしていた妖魔だったという。

 それが狐仙になるにはどう言う事情が、と思っていたが、初代が仙人と引き合わせたことに基づくのか。


「それほどの力を……初代が?」


「ええ。どこかに書物も残っていると思いますが……」


「見たことはないな。今度探しておくか。しかし、仙界にも人がいるのであれば、人間が存在し難い空間というわけではなさそうだな」


「それについてはどこの世界でもそうですね。ただ、魔界妖界は人にとって良い空気とは言えません。仙界の空気はそういう意味では非常に清浄なので……逆に妖魔たちにとっては厳しい環境ですが」


「そうか。ならば、心配もいらないな……」


 ほっとしたような顔の父上と母上。

 やはりなんだかんだ言って心配だったらしい。

 全てを聞いた二人は、穏やかな様子で言った。


「では、私たちも安心してお前たちの帰りを待つこととしよう。気をつけて行ってくるといい」


「はい!」

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