第87話 犯人
「……お、帰ってきたのう」
家に辿り着くと、澪が玄関にいてそう言った。
どうやら、俺の気配を察してここまで来ていたらしい。
「あぁ、ただいま」
扉を閉め、中に入りそのまま澪と並んで歩き出す。
そして居間に二人で座ると、澪が言った。
「……それで、何か分かることはあったか?」
「これが意外にも結構な収穫があったよ」
何の話か、と言えば例の澪を傷つけた犯人についてだ。
間違いなく気術士がやったことで、それもそれなりに高位の気術士であることは分かっている。
ただし、うちの家門の人間ではなく、だとすれば他の家門にいる可能性が高い。
それならば、まずは他の家門と接触を持ちつつ、探すのが効率がいいだろうというのもあって、今回の親睦会ではそれなりに色々見ていたのだ。
まぁ、もしかしたら、さっき出会ったような邪術師である可能性もそれなりにあるから、そういった捜索をしても無駄になる可能性も低くはなかったのだが。
けれど、今世の俺は思ったよりくじ運がいいらしかった。
前世の俺はとんでもなくくじ運悪いタイプだったが。
何せ、普通の気術士の子供なら出来ることが何も出来ない体に生まれてしまったのだからな。
でも今世はそんなことはないらしい。
というのも……。
「ほう、その収穫とはなんじゃ!? もしかしてもう犯人を見つけおったか!?」
澪が体を前に乗り出して尋ねてくる。
俺はこれに頷いて、
「あぁ。おそらく間違いないと思う。以前、返した呪いの痕跡があったからな」
そう答えた。
実のところ、咲耶と麗華と一緒に会場を回っている時に、妙な人物を見かけたのだ。
冷や汗を流しながら会場を歩いている、気術士の男だった。
初めは何かに緊張してそんな風になっているのか、とも思ったが、なんとなく気になって観察していると、ずっと肩あたりを気にしているように見えた。
それも、痛みを堪えるような、そんな表情をしていて、そこで俺はもしかして、と思ったのだ。
そしてよく見てみた結果、大当たりだった。
彼の右肩に存在している気配、それは以前、澪に刻まれていた《呪い疵》の呪いの気配と全く同じものだったからだ。
僅かに漏れ出している程度で、おそらくはなんらかの術具や術式によって抑え込んでいるのだろうということもわかったが、それでも完全に封じきれない程度には強い呪いとなって彼に返ったらしい。
まぁあれだけの呪いだ。
呪詛返しされたら、さもありなんという感じだが……。
そんな話を澪に言うと、彼女は機嫌良さそうに、
「それは良かったのう。わしの苦しみの十分の一でも理解してくれそうじゃ」
と言う。
「十分の一どころか、十倍は味わっていると思うけどな。龍が苦しみを覚えるほどの呪いだぞ。人間がその身で受けたら普通は耐えられたもんじゃない」
「うむうむ。良かった。なんだかわしはそれだけでも、もう満足してしまいそうじゃ」
「え? 捕まえてどうこうしたいんじゃないのか」
「考えてみたんじゃが、その傷で苦しみ続ける方がキツイのではないか?」
「……お前、エグいな。確かにそれはその通りだ。呪いの苦しみは、それがある程度以上にまで達すると、その本人自体が呪いそのものになってしまうほどにキツい。あれに普通に耐えていた龍の耐久力というか、精神は人間には備わっていないからな」
呪いにまで変じてしまうと、もはや普通の方法では元には戻れない上、浄化されない限りは苦しみは永遠だ。
また、妖魔になってしまうこともある。
この場合も、呪いの苦しみをそのまま引き継いで、暴れ倒すなんてことも少なくない。
呪いはそれほどまでに人間の本質を変えてしまうのだ。
死ぬよりも辛いと言うやつだな。
「じゃから、そいつはとりあえずそのままにしておかんか? すぐに呪いを解かれそうなら話は別じゃが……」
「……いや、あれを解呪出来るのなら、さっさとやっているだろう。俺のように力技が出来るのならまた違うかもしれないが」
「お主ほどの力技が出来る人間なぞ、ほとんどおりゃせんじゃろ。何せ、地脈と繋がっておる」
「まぁそれはな……」
「であれば、放置で構わん。今日、会場で出会ったということは、お主にとってもそこそこ手を出しにくい相手であろ?」
そう言われて、なるほど、と思った。
澪は気を遣ってくれているらしい。
実際、澪の考えは正しかった。
「あぁ、あれは中々な……。何せ、その犯人ってのは、南雲家トップの孫だ。確か、南雲一朗って言ったな……」
南雲慎司の最初の孫で、すでに年齢は十七だという。
そいつの肩に、確かに呪いはあった。
澪が望むならすぐにでも攫って引き渡してもいいが……それをするとな。
色々と問題が生じるのは間違いない。
「なるほど、それではやはり、難しそうじゃな……後回しで構わんぞ。お主が生きている間に、機会が回ってくればわしはそれで良い」
「悪いな……助かる。だが、その機会は必ずそのうち持ってくる」
「期待しておる……あ、定期的にどんな風に苦しんでるのか、そういう情報をくれると助かるぞ」
「……分かったよ」
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