第86話 説明と決意

「と言っても……どれを話したらいいのか判断がつかないのですが……」


 俺が考えた上でそう言うと、辰樹は言う。


「そうだねぇ、とりあえず……車の外の音声を聞いていた件は……」


「それは空間気術によって、外部音声を単純にこちらに引き寄せただけですね。確かに術式としては単一励起ではなく、複数発動した上での同期が必要になりますが、北御門の術式は大抵がそのような形式ですので、細かく分解してみれば、決して難解ということはなく……」


 とそこまで言ったところで、辰樹がひたいに手をあてて言ってくる。


「なるほど、僕にはある程度理解できるが、そのやり方はとてもではないが一般的とは言えないね。関田は……」


 助手席の女性に尋ねるが、彼女は顔を青くして、


「……私にはよく、理解できません。いえ、理論的には分かるのですが……それは実現可能な術式なのですか? それをするためにはいくつも乗り越えなければならない壁が……」


「分かったかい、武尊くん。君の異常さが。なんとなくだけど、君はそういうのに無頓着な感じを受けるんだよね。どうしてなのか分からないけれど……」


 辰樹に言われて、俺は、あぁ、と思う。

 俺は前世において、まともな気術を使えなかった。

 そのため、現世においてそれが使えるということが判明した時、ひたすらに極めたいと、探究したいと、出来ることは全てやりたいと、そう思ったのだ。

 現実にそれを実現するための努力はし続けた。

 個人の技能を極めることも、北御門家の書物を読み込みそれを実践することも、どれだけ大変であっても諦めることはしなかった。

 その結果として、今の俺がいる。

 ただ、考えてみると、それは異常な行動だったのかもしれない。

 気術士の家に生まれたからには、それに見合う努力をするのは気術士の卵として当然のことだが、それ以上の努力を気術士は意外にあまりしないから。

 それ以上の努力、とは自らの家紋に伝承されている技法以外に興味を抱くことが少ないという意味だ。

 その点、俺は自分の家紋なんていう軛はないからな。

 一応、北御門の人間として生きて、学んだという自覚はあるにはあるが、それが気術の全てという感覚はないのだ。

 当時だって、そもそもそこまでの技法を俺は学べなかったからな。

 これは両親のせいではなく、純粋に俺自身の才能の問題であることは自覚しているので、彼らに文句はない。

 むしろ両親は俺のことを心配して何かしら北御門の秘術を身につけられるように頑張ってくれた。

 ただその結果は悲惨だっただけで。

 最後には禁呪にまで手を出していたくらいだから、その愛情の深さについて、俺は疑うことはない。

 俺は、家紋の多くの人々からろくな目に合わされなかったものの、本当に家族だけについて、俺に対して非常に優しかったのだ。

 そして、そんな家族の努力は決して無駄にはなっていない。 

 俺はかつての教育を覚えているし、今の俺は真気を十分に操れるようになっている。

 したがって、かつて学んだ様々なことを、現世において検証できるようになっているわけだ。

 もちろん、咲耶とか龍輝とかには教えられない技法だけどな。

 俺だけが知っていればいいことだ。

 そこまで考えた俺は、辰樹に言う。


「僕がなんなのか、どうしてこう生まれついたかについては、美智様が全てご存じです」


「ふっ。それを言われると僕にも関田にもなんとも言えないところだが……」


「さ、咲耶さまは……?」


 関田がそう言ったので、これには咲耶が答える。


「私は、武尊様の許嫁です。ですから、武尊様のお力については、よく理解しております。私など、とてもではないですが、及びもつかないということも」


「そこまで、信用なされているのですか……?」


 関田の言葉に、咲耶は、


「信用ですか。信用というより……なんでしょうね。私は裏切られようと構わないと考えているのです」


「それはどういう……」


「信じるというのは、そういうことではありませんか。私は、武尊様が独自の目的を持っておられることを推測しております。そして、その為には私程度の者など、容易く見捨てられるだろうとも」


「おい、咲耶。俺はお前を見捨てたりは……」


 俺がそう言うと、咲耶は笑って、


「いいえ、いざという時は見捨ててください。目的を優先していただいて……。でも、それが武尊様にとって、僅かながらも心を痛められることだということもわかっております。ですから、私は強くならねばならない。誰からも蹂躙されることのない、強さを手に入れなければ……」


 そう言った。


「……分かったよ。もう君には勝てる気がしないな……。共に鍛えよう。誰にも、俺たちのことは踏み躙ることが出来ないように。おっと、龍輝についてもな」


「龍輝のお父様の前で、ついでのような扱いはよくないですわね。なんにせよ、私達で鍛えましょう。私達と並ぶくらいに強くなるまで……」


 それを聞いていた辰樹が顔を引き攣らせて、


「……僕の息子、ヤバいのに手を出してない? 今からでも止めたほうが……」


 と言い出し、けれど関田さんが、


「いえ、ですが放置した方が、ご子息は隔絶した実力を手に入れられるのでは……?」


 と進言して悩んでいた。

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