第26話(最終話)
世界座最後の上映会に、スメラギと美月は招待された。
世界座最後の上映会はマスコミの取材をはじめとする大勢の人々でにぎわっていた。この半分でも映画館に通ってきてくれていれば、閉館せずに済んだかもしれない。
「美月さん、スメラギさん、来てくれたんですね!」
会場に足を踏み入れたとたんに飛んできたのは、吉田だった。最後の上映とあって興奮した面持ちの吉田は、準備に追われての疲れはみえるものの、思いのほか、小夜子の件の影響はないようにみえた。
美月を救うため、小夜子自身を救うためとはいえ、この世から小夜子の存在を消してしまったスメラギとしては、吉田に会うのは気がひけた。吉田にあわせる顔がないと、上映会への参加をためらっていたスメラギをせきたてて世界座へむかわせたのは美月だった。
「小夜子さんの供養だとおもって」
それでもスメラギの心には一抹のわだかまりがあった。
人間を傷つけた小夜子が生まれ変われないと知っていて、それなら地獄へ落ちる前に一目吉田に会わせてやろうとしたスメラギの親切心が裏目に出、小夜子はこの世から消滅してしまう破目になった。きっかけをつくったのもスメラギであれば、消滅させたのもスメラギである。
(供養、ねえ……)
自分を滅ぼした相手に供養などしてはもらいたくないだろうが、美月に言わせれば、生きている人間は死者の平安を祈る義務があるとかで、小夜子を消滅させてしまった事情を言えないスメラギは美月にしぶしぶ上映会への参加を約束させられてしまった。
上映開始まで、まだ少し時間があった。
ロビーで開催されている回顧展をめぐりながら、人々は昔話に花を咲かせている。ほんの数週間前には、その人だかりのなかに(美月の体を借りた)小夜子の姿があった。吉田に、かつての恋人、柏木孝雄としての記憶を思い出してもらおうと必死だった小夜子は、今はこの世にない。
暑さが引き潮のように立ち退き、朝夕にひぐらしが鳴き乱れ、秋が訪れようとしていた。小夜子のいない季節がめぐろうとしている――
会場に展示されている写真を説明する吉田は、とある写真の前で足を止めた。最後の上映作品は「舞踊会の手帖」、写真の世界座には「舞踊会の手帖」の看板が掲げられている。
「小夜子さんと初めて観た映画でした……。今日の上映会、本当は違う作品の予定だったけど、マネージャーに頼みこんで変えてもらったんです」
小夜子との思い出の作品を最後の上映にかけたのは、吉田なりの過去への決別なのかもしれない。今夜の上映を最後に、彼は二度と「舞踊会の手帖」を観ないだろう。
「たった3日だけだったけど、小夜子さんと過ごせて、幸せでした」
写真に見入る吉田の目には、あの日、朝日がほんの刹那にみせたありし日の小夜子の姿がうつっているのだろう。
「スメラギさん、僕、前を向いて歩いていきます。映画監督になる夢、絶対かなえます。恋だってしようとおもいます」
「小夜子さんを忘れて?」
美月の言葉に、吉田は首を横にふった。
「小夜子さんを忘れるなんて、できません。でも、小夜子さんとの思い出にしがみついているのも嫌なんです。僕 ― 生きたいんです。小夜子さんの分まで生きて、生きていることを楽しんでみたいんです。柏木孝雄としてじゃなく、吉田健二として」
吉田の目に光る若さは、残酷なまでに強い生命力を宿していた。吉田のもつ若さの前に、小夜子の思い出はやがて朽ち果て、その生を支えるものとなっていくだろう。
*
上映会へ足を運んでくれた礼を言うと吉田青年は映写室に去り、スメラギと美月は席についた。ブザーが鳴り、会場の明かりが落ちると、予告編が始まった。会場は満員御礼、メガネを外したスメラギには通路を埋め尽くさんばかりの霊たちが見えていた。その昔、世界座に親しんだファンたちだろう。
「小夜子さんも来たかったろうねえ」
「……」
美月は小夜子がこの世から消えてしまったことを知らない。柏木孝雄が吉田健二に生まれ変わったように、小夜子もまた長い時を経て生まれ変わり、二人はやがては結ばれるのだと信じている。
「…なあ、お前、その、吉田とは何もなかっただろうなあ」
「何の話さ?」
「わかるだろ…その…なんだ…」
世界座につくなり、吉田は美月のもとへ転がるように駆け寄ってきた。美月と顔をあわせると、吉田は顔を赤くした。招待状は美月宛に届き、ふたり連れ立っているというのに、呼びかけるときは「美月さん」と必ず美月が先だった。
「ああ」
美月はやっとスメラギの言わんとしていることに気付いた。
「さあ?」
「“さあ”ってっ。婿にいけない体にしたら、お前のお袋さんに何て言って詫びたらいいんだか」
「スギさんだって知ってるだろ? 霊媒中の記憶はないってこと」
「そりゃそうだが…」
「あ、ほら、本編が始まる」
完
心霊探偵スメラギ - 渡せなかった手紙 あじろ けい @ajiro_kei
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