第25話 異世界人
ドラゴンの巣への道中、ミルーナから先ほどの男について聞いた。自らを転生者と言ってのけた、スーツの男だ。
「そもそも、デスタードラゴンというのは旧魔王の弱体化した姿なんです。二十余年前、突然この世界に現れた旧魔王は、人の姿をしていたそうです。これ自体は特に珍しいことではなく、異世界からの転生者は数年に一度現れています」
「それがなぜ今のドラゴンに?」
「旧魔王は優れた魔法使いであり、心優しい人間であったと聞いています。聞く話ではギルドの冒険者たちが匙を投げたクエストも達成し、いくつもの街を救ったそうです。十年後、何らかのきっかけで世界征服を志し我が国と対立。当時王であった父上が命と引き換えに大幅な弱体化に成功し、現在では要監視モンスターの一体となりました。ドラゴンの姿としたのは民が安易に近づかないためだそうです」
淡々と語り終えたミルーナ。それから一呼吸置き、強固な意志を宿した目で進む方角を見つめる。桜色の髪が風に吹かれてゆらりとなびいた。
「これは父上への弔いでもあります。デスタードラゴンは弱体化から現在まで特段目立った行動がなく、討伐のリスクとリターンが勘案された結果討伐許可が下りていませんでした。今回の騒動でそれがようやく解除されました」
彼女としてはノエルの誘拐は復讐の機会と捉えているらしい。出征演説然り、見た目や普段の行動に反して強かな一面も持っているのが、ミルーナという少女のようだ。
「ノエルは、あなたの復讐のために捕まったんじゃない」
レンがとっさに噛みつき、ミルーナはばつの悪そうな表情を浮かべた。確かにあの言い方ではノエルの誘拐がありがたいと言っているようにも感じられる。
「……ごめんなさい、良くない言い方でしたね。とにかく、デスタードラゴンは旧魔王であり、討伐に際しては十分注意する必要があるということです」
旧魔王、スーツの男の話では日本から来た転生者だという。何を思って世界征服など企んだのだろうか、ミルーナの言った優しい人間と言う言葉が、どうにも先ほどの男から出た選民意識と嚙み合わない。
しかし、現実として旧魔王はノエルを連れ去った。それも生贄として捧げるために。
「絶対にノエルを連れ戻す。魔王だか何だか知らないが、随分安く見られたもんだな」
俺は決意と共に、儀式の現場へと歩みを進める。
森の暗がりを進みながら、ミルーナが口を開く。
「そういえば、タスクさんたちはどういった経緯でパーティを結成したんですか? 先の男の話ではタスクさんも異世界からいらしたようですが」
「ああ、確かに話してなかったか」
俺は自分が異世界転生を人生に一度は経験する一族の出であること、18歳の誕生日にノエルの召喚魔法によってこの世界へ召喚されたことなどを話して聞かせる。
するとミルーナは驚いたような、不思議がるような表情を浮かべた。
「……失礼ですが、よくノエルさんとパーティを組む気になりましたね。普通自分の生活を奪われたら激怒しそうなものですが。少なくとも私だったらあまりいい感情は持てなさそうです」
「親父の方針でな、普通の子供が遊んでいる時、俺は異世界転生に向けてトレーニングをさせられてたんだよ。そんなだから友達の一人もいなかった」
もちろん学校で話の出来る人間くらいはいたが、友人関係と言うのはむしろ学外の時間ではぐくまれるものだ。あの頃、俺の世界は親父とまだ見ぬ異世界で構成されていた。
異世界ではこんなモンスターが襲ってくるだの、対処法はこうだの、実在するのかもよくわからない異世界への準備に日々を追われていた。
「ノエルは、そんな俺をついに夢みた世界に連れ出してくれた。あいつは俺にとって救世主で、バカな妹みたいな存在で、友達で、そして仲間だ」
こぶしを握り締め、噛み締めるように思い出す。バカみたいなキノコ狩りクエスト、レンの救出、カジノ、ハイオーク討伐、温泉旅行。どれも俺にとっては新鮮で、この先もそんな体験をこのパーティで重ねていきたいと思っている。物語は序章で、俺たちの冒険はまだまだ始まったばかりなのだ。
そんな存在をポッと出のドラゴンなんぞに連れ去られて、黙っていられるか。答えはもちろん否。
それに、異世界転生物はハッピーエンドが基本だろう。「基本に忠実」が家の家訓だ。異世界転生三代目、この葦原助を怒らせたことを後悔させてやる。
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