第24話 旧魔王軍
深々と頭を垂れていた男が、上体を起こす。そして口元で何事か小さくつぶやくと、天と地が逆さになった。
「がっ!? はっ……」
そう表現するしかないほどに、知覚の暇もない攻撃だった。空中で回転させられ、地に打ち付けられる。
「なるほど、その力の無さ、外法の勇者ですか。転生者にもかかわらず女神の祝福も受けずにこの世界で暴れまわる。召喚者は、きっと魔王様が見つけた彼女でしょう」
薄れかける意識の中、聞き覚えの無い言葉が耳に残る。女神の祝福、やつの言いぐさではまるで転生者は受けることが当たり前のような。
「彼女も哀れなものです。あなたのような出来損ないを召喚したばかりに魔王様に目を付けられたのですから、外法などに手を出さなければもう少し永らえたものを。彼女は明日の夜明けにでも儀式に捧げられるでしょう。魔王様の完全復活のためにね」
それを聞いた瞬間、不可視の太い釘で地面へ縫い付けられていたような体を無理やりに起こす。ぎこちなく、糸繰のマリオネットのようにしか動かない肉体をそれでも引きずって前に出る。
「て、めえ……なんて言いやがった。ノエルを、俺の仲間を捧げるだと……? させるかよ、させるかよそんなこと!!」
声が喉を擦り上げてズタボロになるまで、雄たけびを上げる。動け、動け、鉄鎖の如く重くなった足を一歩また一歩前に進める。
「た、タスク……逃げて……そいつの魔法、普通じゃない……!」
「普通じゃない? そんな陳腐な言葉で片付けられては心外ですね。我々は絶対者です、あなた方のような凡夫の及ぶところではない。土台祝福もまともに受けられなかった半人前など、物の数にも入りませんよ」
つかつかと場に見合わぬ革靴の音を響かせレンの下へと歩み寄る男。
レンが弱々しくも抵抗を試みるため、震える足を押さえつけ、なんとか立ち上がろうとする。
「た、すくは私が……守る!」
「死ね、原住民め」
未だ四肢を地に付けたレンに、男の踵が振り下ろされる。
「やらせる、かよ!!」
ガァン、と黄金剣のひしゃげる音が辺りへ響く。鉛のような足を引きずって、すんでのところでレンを守ることに成功した。
「ほう、出来損ないの癖に、立派な態度ではないですか」
男の連呼する、出来損ないという言葉に、何かが引っかかる。出来損ないということは、完成形があるということだ。
「出来損ない出来損ないってよ、お前は言うほど偉い人間なのか!」
その言葉に、男は俺たちへの蔑視を隠そうともせずこう述べた。
「偉いに決まっているでしょう。祝福を賜ってこの世界へと渡った我々があなたのような勇者のなり損ないや原住民どもに劣るとでも?」
「祝福? 何の話だ? お前は召喚魔法で呼び出されたんじゃないのか?」
親父からは、それ以外の転生方法など聞いていない。俺たちは、異世界の人間に求められて異世界へと召喚されてきたのだ。女神などという存在は聞いたこともない。
「ああ、その段階からお話ししなければならないのですか。どうせ冥土の土産です、教えて差し上げましょう。我々の世界からの転生者は通常、元の世界での死を経験しています。死の先、いわば天国や地獄と同列の送り先として異世界があったのです。そこで我々転生者はこの世界を司る女神と対面し、任意の力を得ました。これが魔王様や私のような通常ルート、しかし時にあなたのように異世界人の都合で召喚されてくる人間もいるようです。そういった人間は女神の祝福を受けていない。つまり能力的に我々のような選ばれし者に劣るのです」
男の言い分では、俺は正規の手順で異世界入りしていないため女神の祝福とやらを受けられなかった落伍者で、原住民に肩入れする変人らしい。ふざけるな、全くのおこぼれで強さを手に入れた人間が何を言っている。
「選ばれしもの、ねえ。よく言うぜ、生きてるうちは異世界に飛ばされるなんて思ってもいなかったくせによ」
異世界チート転生でラッキー気分か、人間身に覚えのない幸運ほど嬉しいものだ。
「こちとら転生の覚悟は10年も前に済ませてんだ。あまり叩き上げを見くびるなよ」
残された力を振り絞ってひしゃげた黄金剣を横薙ぎに振るう。放たれた斬撃は、徐々に大気を吸いながら巨大化していき、胴の長さほどに成長した斬撃が奴に直撃する。
「だから言ったでしょう。出来損ないだと」
斬撃は奴の体に触れた瞬間霧消した。身に降りかかった粉を払うように、あるいは優雅に指揮でも始めるように、スーツの男が腕を動かす。
腕の動きに呼応して、凄まじい重力が俺たちを襲った。自身の体重の数倍はあろうかという荷重に抗いきれず、膝をつく。
「だと、しても! あいつは、何も悪くねえだろうが!! それを助けられないで何が異世界転生だクソッタレ!!」
「哀れなものですね、どんな人間も魂をすり減らし、嘆きの中で死んでいく。私も、魔王様もそうだった。ならば2周目の人生こそ真に楽しむのは当然のことでしょう」
「女の子を生贄に捧げるのが当然だって? そんな人生なら女神の頼みだろうが願い下げだ」
「あなたにもきっとわかる時が訪れますよ。さようなら、出来損ないの日本人。死を学ぶ時間です」
「……残念、時間切れだ」
「ええ、せめて女神の祝福を受けていれば仲間に引き入れようとも思いましたが、残念ながらお別れです」
「バカ、切れたのはお前の持ち時間だ」
「何をバカな……」
「破邪の月光を司りし、いと尊き二柱。月花に悪徳は塵と散らん!!」
突如男の背後に現れたのはミルーナだ。襲撃の際かろうじて脇の森へと姿を隠し、奇襲の機会を狙っていた。
男の至近距離から魔剣を振るう。
「なっ!? 原住民風情がぁぁぁ!!」
ミルーナの攻撃を防ごうと手をかざす男。俺の攻撃は全く通らなかった。これでダメなら本格的に撤退戦の用意をする必要がある。
「あなたやデスタードラゴンが女神の祝福をその身に受けていることは承知しています。それが仇になりましたね」
振り下ろされた妖刀は、男の手や体など存在しなかったかのように素通りし地面へと至る。
「は、はは! 大仰なことを言っておいて、この程度ですか? こけおどしにも程がある。随分と軽く見られたものですね」
安堵する男を尻目に、ミルーナは妖刀を鞘へと納める。瞬間、男の体がぐらつき、地面へと崩れ落ちる。
「な、何が……?」
「妖刀ツキヨザクラは異世界よりもたらされた魔剣。その権能は魂の切断、特に異世界人の魂に強い攻撃性を持ちます。刃が直接触れなければいけないことが難点ではありますが、あなたが油断しやすい方で助かりました」
ミルーナが話すうちに、男はピクリとも動かなくなり、俺たちにかかっていた重力も霧消した。
「さあ、いよいよドラゴンとの戦いです。気を引き締めてノエルさんを助け出しましょう!」
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