第20話 ラブと障子と露天風呂

 ミルーナと別れた俺たちは、夕闇の迫る山道を下り宿泊先の宿へ到着。長い一日の終わり、畳に腰を下ろして一息つく。

 ちなみに部屋は一部屋のみ。元々は二部屋の予定だったが、騎士団とのひと悶着から、用心のため急遽変更とした。


「本当に日本に帰ってきたみたいだな、こんな文化まで伝わってるとは思わなかった」


 薄水色の浴衣に着替えたノエルがこれに反応を示す。


「ふむ、ではこのユカタも異世界仕様なのですか? 温泉宿といえばユカタのイメージですけど」


「私も、異世界由来とは知らなかった。ところでタスク」


 レンの右手にはなぜか浴衣の帯が握られている。しかし帯無しで着用した浴衣は前がピッタリ閉じており、はだけた様子はない。

 よく見ると氷の槍がまち針の要領で浴衣に刺さっており、絶妙に全年齢を保っている。だが、これは……


「帯を結んでほしい。この氷が溶ける前に、早く」


 妙に体を捻り、頬を赤く染めるレン。その間にも氷から溶け出た雫がレンの小さなくるぶしを伝い、畳へ滴る。

 その姿に俺はついに我慢しきれず、手に握られた帯を奪い取りレンの背後へ回り込む。


「レン、ダメだろ、こんなに濡らしちゃ」


 俺の注意にレンはうなじを花のように真っ赤にして答える。


「ご、ごめんなさい……でも、はぁ、はぁ、んっ……!」


 俺の手にした浴衣の帯がレンのお腹あたりへかかる。


「あっ、タスク、そこっ、ん」


 レンがビクンと震え、更に息を荒くする。


「変な声出すなって」


 俺はそのまま帯をクロスさせ、レンの前方で結ぶ。


「ごめっ、はぁ、でも……っ」


「よし、これで終わりだ。レン、氷で畳を濡らしちゃダメだろ? 畳が傷むからな」


 その様子を黙って見つめていたノエルが一言


「……何やってるんですかあなたたちは」


 

 旅館といえば大浴場、ということで男女分かれて入浴タイム。浴場は内風呂と露天風呂があり、それぞれ浴槽は一つずつ。体を洗い内風呂で体を温めてから露天風呂へ向かう。浴槽は円形で、男湯女湯の堺にて竹柵により半円形に区切られている。


「うぅ、しみるなぁ。まさか異世界で温泉に浸かれるとは思わなかったけど、結局どれだけ日本文化が浸透してるんだろう」


 どうもこの世界は和洋折衷というか、転生者の影響がそこかしこに見られる。ここには何人の転生者が訪れて、俺は一体何人目の日本人なのか。先人の残した足跡と、これから俺の残すもの。湯船に肩を沈めつつ、郷愁なのか不安なのか漠然とした何かに思いを馳せる。

 しばらくそうしていると、女湯の方からノエルの声が聞こえてきた。俺が柵へ背中を預けているからか、普通の話し声もはっきりと聞き取れた。


「レンは冒険者という仕事を、いつまで続けたいと思いますか?」


 ノエルもどこか感傷的になっているようで、湯けむりに乗る声には不安がこもっている。


「私は今のところ冒険者をやめるつもりはない。……タスクとの子供が生まれるまでは」


「こ、子供!? 話が飛びすぎですよ!」


 なんだかとんでもない話が聞こえてきた。前から思っていたが、レンはあの森で俺に助けられたことを過剰に捉えすぎている節がある。好意を向けてくれるのは嬉しいが、今のままでは騙しているようで罪悪感のほうが勝る。


「そういうノエルはどうするの? 実家を継ぐとか、独立するとか」


 その質問にノエルは少し間をおいて


「……私には責任があるんです」


「責任?」


「ええ、私はタスクさんを異世界から召喚しました。それはタスクさんの向こうの世界での時間を奪うことです。本来私はタスクさんに激怒されても、殺されても文句は言えないんですよ。タスクさんは優しいですし、色々家庭の事情があったようで怒ることはなかったですが」


「でもタスクは楽しそう。終わりよければすべてよし」


「ふふ、ありがとうございます、気を遣ってくれて。それでも私にはタスクさんを無事元の世界に帰す義務があるんです。だからこそ、私は私の夢を叶えないといけないんです。長くなりましたが、しばらく冒険者をやめるつもりはありません。仲間と血湧き肉躍る冒険をするのが、昔からの夢でしたから!!」


 俺は俺で異世界でやりたいこともあったわけだが、勝手に召喚したことに対してノエルは責任を感じていたらしい。普段そんな素振りは全く見せないノエルの心の一面を覗いてしまったようで、気恥ずかしくなる。


 もう一度内風呂で体を温めようと、露天風呂から立ち去った。

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