第14話 三人でクエストへ
「逆さまにしても何も出てこないものってなーんだ」
突然の問いにノエルが不思議そうな表情をする。レンは何か思い至るところがあったのか薄曇りの顔。
「俺らの財布だよ!」
カジノ騒ぎから数日、俺の財布も、ノエルの財布も、レンの財布も、全て空っぽすっからかんのスカンピンだった。
「生活費まで使い込むとかアホか!! どうすんだよこれから、また適当なクエストでも受けるか?」
「どうもこうも、初めからそのつもりですよ。これも冒険者って感じでワクワクしません?」
コイツ……全く反省していない。俺は銀髪に囲まれたノエルの顔を両手でひっつかんで激しく揺さぶる。
「誰のせいだと思ってんだ誰の。いい加減怒るぞ俺も」
「お”、お”こってるじゃないでずがああ、うそつぎぃぃい」
つぶれた唇で必死に発言するノエル。それを見てレンがくすりと笑う。
「ふたりとも、仲良し」
「「よくない!!」」
思わず声が揃う。何にせよこの金欠を切り抜けないと冒険どころではないだろう。
さっそく冒険者ギルドへ向かい、手ごろな依頼を探す。
「タスク、これなんかどうです? キノコ狩りの依頼」
「絶対お断りだ。この前ひどい目にあったろ? 俺はもうこりごりだぞ」
野に生えたキノコを躊躇なく生食するノエルはあまりにも危なっかしすぎる。
「これは、どう?」
嫌な記憶を思い出す俺に、いつの間にか耳元まで迫ったレンが一枚の依頼書を見せてくれる。
「タカハイト山ふもとの果樹園からの依頼か、なになに、最近オークに果物を荒らされ困っています。オークは10体ほどの群れで、とても我々では手が出せません。どうかお助けいただけませんでしょうか。お礼は少ないですが、金貨50枚ご用意させていただきます」
なるほど、オークの討伐とはいかにも異世界を感じる。親父の話だと、オークは鈍重でよく群れ、よく食べ、よく眠るという厄介な子供のような種族らしい。
しかしそれほど討伐に手のかかるモンスターではなく、駆け出し冒険者への腕試しとして討伐依頼を出すギルドもあるとのことだ。
「俺は受けてみようと思うけど、二人はどうだ?」
「問題ない」
水色の髪を小さく揺らし頷くレン。
「勿論私も同意見です。オーク狩りなんて冒険者感満載じゃないですか、仲間とピンチを切り抜け友情を深める。これこそ冒険者のあるべき姿ですよ!」
なにやら偉そうにうんちくを垂れるノエル。一体誰のせいでこうなったと思ってるのか、そんなことは頭に無さそうで、ひたすらに楽しそうなノエルであった。
道中の買い出しを済ませ街を出る。果樹園までは徒歩で4~5時間相当らしいので特別遠い訳では無いが、今日オークが現れるとは限らない。籠城戦を覚悟して、ある程度は衣食を整える必要があった。
「タスクさん私もう疲れましたよー、一度休憩しませんか……?」
「さっき昼飯休憩を取ったばかりだろ、初めの威勢はどこへ行ったんだよ」
全員分の荷物を積んだ荷車を引きながら俺が言う。なんだか昔やらされたタイヤ引きのトレーニングを思い出してしまいそうだ。
「大体こういう移動は普通馬を使うんじゃないのかよ、なんで俺が荷馬車代わりなんだ」
その問いにノエルは気まずそうに視線をそらし
「……馬を借りるお金が無かったんですよ、私が全部カジノで溶かしてしまったので、すいません」
一応反省はしているらしい。
街道が緋に染まろうかという時間。ようやく数軒の家からなる集落らしきものが見えてきた。
俺たちが近づくのを見て取ると、誰かが集落の最奥に位置する小さな屋敷へと駆けて行った。おそらく依頼人を呼びに走ったのだろう。
集落を囲う柵へ至ろうかというタイミングで、夫婦らしき二人組が屋敷から現れた。
「遠い所をありがとうございます、お待ち申し上げておりました。私、この村で村長を務めますオレンと申します。冒険者様でいらっしゃいますね?」
頭に白いものが混じり始めた男がこちらへ深く頭を下げる。俺たちも軽く自己紹介をし、依頼内容の確認に移る。
「ああ、依頼は果樹園を荒らすオークの討伐で間違いないか?」
「その通りでございます。最近になって急に現れまして、これから収穫という果実を根こそぎ奪われてしまいました。このままでは生活が立ち行きませんし、何より住民は皆危険と隣り合わせです。なんとか駆除していただけますようよろしくお願いいたします。」
見ると男の顔には疲労の色が濃く、クマができている。集落全体にも暗い雰囲気が漂っているようだ。
オークは夜にしか活動しないが、逆に言うと夜はオークに震えて眠るしかない。
これが異世界の現実、魔物が溢れる世界では力のないものが最も危険に晒される。俺はノエルの言う冒険者らしさに浮かれていた自分を恥じた。
結局オーク討伐クエストの間はオレンの屋敷に宿泊することとなった。食事も滞在中は奥さんが作ってくれるそうだ。
最悪を想定してテントや保存食は持参していたが、やはり暖かい布団と食事の誘惑は大きく、お言葉に甘えることにした。
夕刻ということもあり、各自に割り当てられた部屋に荷物を置いたらさっそく食事となった。
「これからうんと働いてもらうわけですから、たくさん食べて行ってくださいね」
柔和な笑みを浮かべた奥さんは、初めの印象より少し安心しているように見えた。
滞在一日目は特に何も起きず、次の朝を迎えた。
軽く朝食を済ませた俺たちは、各々自由行動に入る。俺は日課の剣の鍛錬、ノエルは果樹園の手伝い、レンは奥さんに料理を習っているらしい。
なぜ料理を、と尋ねたところ
「あなたが美味しそうに食べていたから」
とのことだった。そんなにガツガツして見えただろうか、俺……。
鍛錬を終えて一休みし、夕刻に差し掛かる。ノエルは手伝いから戻り上機嫌の様子で、彼女なりに得られるものがあったようだ。
「ふふん、知っていますかタスクさん、果実の収穫は風の魔法でヘタと果実を分離すると手早く確実に行えるんですよ。私、お二人にとても褒められてしまいました」
得意げに胸を張るノエルは日差しのせいか、昨日より肌が赤い。ホント、全力で楽しむタイプだよなノエルは。
「そりゃ良かったが、本業はこれからだからな。戦闘中に居眠りするなよ? ペース配分とか出来て無さそうだし」
「流石にそこまでしませんよ! いいですよ、売っているなら買いますよその喧嘩」
と、俺とノエルが取っ組み合っているとレンがキッチンからたくさんのハンバーグやボイルした野菜が載せられた皿を運んでくる。
「今日の夕飯は私が作った。だから、タスクに食べさせるのも私」
皿をテーブルへ置きながら、謎の理論を提唱するレン。
「どういう論理だよ、だったら昨日は奥さんに食べさせてもらってるはずだろ」
「……昨日は例外。今日からそうなる」
数秒の間ののち、わずかに頬を染めるレン。クールな態度に依らず、案外何も考えず話しているのかもしれない。
ノエルとの小競り合いも切り上げて、レンの作ってくれた料理をいただこうと、食卓へ向かおうとした、次の瞬間。
「オーク! オークが現れました!」
オークの数は10、レンの実力は正直未知数だが、俺とノエルでも十分対処可能な数だろう。 少年が到着すると同時、外からバリバリと木が倒される音が響く。
「行くぞ! レンには悪いが飯は後だ!」
「ああもう! こっちはおなかペコペコなんです! ちゃちゃっと片して気持ちよく夕ご飯にしましょう!!」
急いで剣を取る俺、農作業着のまま杖を構えるノエル。振り向くと、未だ一人俯くレン。
「……許さない。絶対に許さない、消し炭も残さない。タスクに冷めた料理を食べさせるなんて」
レンさん、全身からみなぎるオーラが怖すぎるんだけど。それはもうオークたちが気の毒になるほどに。
果樹園へ出ると、二階建てほどはあろうかというオークたちが思いのまま果実を貪り、蹴倒しながら雄たけびを上げている。
「グオァァァァァァ!!」
ひとまず作戦を練るため、オークの群れから隠し、木陰で様子をうかがう。
ノエルと二人だった時の様に、俺が前衛となり、レンとノエルに後衛を任せるのが良いかもしれない。ただし、オークを一挙に討伐するにはノエルが切り札を放つより前に、縦列を作らせる必要がある。
「ヘンゼルとグレーテルみたいに食べ物でも一列に撒いてみるか?」
「ええ、ただ気づかれないようエサを配置する必要がありますね……」
俺とノエルがあーだこーだ作戦を練っていると、レンが
「……正面突破、で良い。力の差を思い知らせる」
なんて脳筋な提案をしてくる。オークは図体こそデカいが、目も悪く、脚も遅いらしい。だったら
「やってみるか、正面から堂々と!」
ノエルはひとしきり悩んだ後
「私は二人を信じます! やってやりましょう!!」
と、吹っ切れた様子で立ち上がった。
オークたちは3つほどの小集団に分かれて果実をむさぼっている。まずは俺たちに近い3匹の集団に狙いを定める。
「俺が敵を引き付ける! レンは援護を、ノエルはいつも通り最後の仕上げを頼む! 戦い始めたら残りの7匹もこっちに向かって来るはずだ、気を引き締めていくぞ!!」
「了解」
「わかりました!!」
オークが群れる果樹のもとへ駆ける。道半ばで敵がこちらを視認したようで、唸りを上げてリンゴを投げつけてくる。
「はっ!!」
剣を抜き、リンゴを両断。投擲の隙を塗って、一気に距離を詰める。
オーク共まであと十数歩、という所で後ろにいたレンが呪文の詠唱を開始する。
「システムツー、清冽なるくさびは金剛をも貫く」
鐘のような、それでいて流水のような、耳心地の良いレンの声。直後、オーク3匹の両足に氷のくさびが打ち込まれ、下半身の動きが停止する。
「ナイス! これで腕が狙いやすくなった!」
オークが痛みに苦悶する隙に、俺の胴ほどもある太ももへ飛び乗り、左肩口へ向けて剣を振り抜く。
「ングオァァァァァァァ!!!」
デカブツが耐え難い痛みに絶叫し、右腕を振りかぶる。しかし
「遅い、図体ばっかりデカくなりやがって」
すでに肩から頭頂部に至った俺は、飛び降りざま右腕に剣を叩きつける。
「レン! 真ん中のやつを頼む!!」
「もう終わってる。3匹目の片腕までは潰した」
レンの魔法は多数の氷塊を操るため、一対他の戦闘には非常に向いている。
それを考慮しても速い、だがこれで一掃の条件は整った。すなわちノエルが安全に長尺呪文を詠唱できる環境を確保できた。
もっとも、残り7匹のオークが地鳴りを上げて迫っているためギリギリといったところか。
「一なる神の僕にて、聖なる誉れ高き剣」
ノエルが杖を構えて詠唱を開始すると、周囲にふわりと白光が満ちる。ローブ姿では様になったろうが、作業着ではなんともアンバランスさが際立つ。
「清なる御霊よ、頂守りし破魔の剣よ、善きを守り、穢れを喰らいて力と為せ!!」
杖からノエルの身長の倍はあろうかという太さの光線が放たれる。
「ア……」
極大の白光に声を上げる間もなくオークが消し飛んだ。
……ついでにリンゴの木も一列ほど消えた。なんというか、短髪に剃り込みを入れたように道ができている。
次の7匹は一気に処理しないとノエルによる被害の方が深刻になってしまいそうだ。
「ノエル! レン! 作戦変更だ、残りは一気に叩く!」
後方のノエルは心なしバツの悪そうな表情で
「り、了解しました!」
と返事をする。レンは俺の隣へ並び
「わかった、まずは全員を足止めする」
「ああ、頼んだ! とはいえさっきのでレンの魔法は警戒されている可能性が高い。まずは俺が奴らの注意をそらす。レンはそこを突いて足止めを頼む」
指示を出す俺にレンはムッとして反論してくる。
「それだとタスクの危険が大きい。私も手伝う」
「まあ見ててくれ。親父にずいぶんしごかれたからな、得意なんだよこういうの」
そう言い、不満そうなレンの頭を軽くなでる。彼女の少しひんやりした体温が手のひらに伝わり、耳たぶに触れたような心地よさを感じる。
と思ったのはつかの間で、すぐに火傷しそうなほど熱くなってきて手を離す。
「タ、タスク……ずるい」
その後のレンはなぜだかもじもじして、しばらく目を合わせてくれなかった。
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あとがき
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