第12話 カジノ・ロワイヤル

 結局二人におそろいのネックレスを買い、俺の財布は断末魔を上げて活動を停止した。


 そんなこんなで周りも暗くなってきた。ノエルはオトナの遊びだなんだ言っていたが、何をする気でいるんだ。

 と思いながら先導するノエルについていくこと十分ばかり。


「タスクさん、カジノですよ! カジノ!!」


 飛び跳ねんばかりの勢いで嬉しそうなノエル。

 黄金に輝く観音開きの巨大な扉が大口を開けて客を吸い込んでいく。


「……そうだな、本当に入る気?」


 俺は十八ということもありギャンブルに手を出したことは無い。これが初めてだ。


「私たちは大人ですから……息をするようにお酒を飲み、恋をするように博打を打つんです!!」


 目をギラギラさせてノエルが吠える。

 その熱が俺にも伝搬し、気持ちが燃えてくるのを感じる。


「そうか、恋をするようにか!」 


「……ばか?」


 レンだけが一人首をかしげていた。



「うぉぉぉ! キタキタキタキタァァァァ!! ジャックポット!!!」


 スロットマシーンから蛇口をひねるようにメダルがあふれ出す。ほぼ無一文のためダメ元でスロット一回転分買ったらこの結果だ。

 と、有頂天の俺を見てノエルが悔しがる。


「私も負けてられません! 見ていてください、私の熱い熱い恋心が実る様を!」


 息まいてカジノの奥へ向かうノエル。どうやら鳥レースに賭けるつもりのようだ。鶏の様に飛べない鳥同士を小さなレースコースで走らせ、その着順を競う博打。親父はこれで随分苦労したらしい。


 ノエルを見送ってしばらく、ツキも落ちてきたのか段々メダルが減ってくる。ここらが潮時だろう。

 それでも三人の夕食分を出して余りあるくらいはプラス収支のはずだ。

 初めての賭博にウキウキ気分で台を離れる。この店では魔法でメダル枚数を刻んだカードを現金と交換するらしく、大量のメダル運搬に腕が疲れることもない。

 

 さて、と一息ついてホール内を見回す。

 入口近くのスロットマシンに陣取った俺と違い、ノエルは奥のレース場に向かったはずだったな。

 どんなもんか冷やかしに見に行ってやるか。



 トコトコと十羽の鶏たちがコースを駆けて行きます。


 スタートからしばらく混戦したのち、先頭集団が第四コーナーへ差し掛かりました。

 抜け出したのは、調教の出来を表すように、内々を通る堅実なコース取りをしてきた三番。


 その姿は痩せ気味で、一見走りそうに思えませんでしたが、よく見れば羽ツヤも良く闘志に満ちた目をしています。


「行け―! 三番さん! がんばれー!!」


 追いすがる二番手との距離はごく短くて、思わず応援に力が入ります。

 二番手の鶏が今首を動かせば、容易に三番さんをつつけるでしょう。

 そのくらい絶妙な差での逃げでした。


「まだです! まだ終わってませんよー!! 根性出して下さい!!」


 私はすっかり夢中になって、必死で檄を飛ばします。


 果たしてその声が届いたのか――


「三番一着! 二番二着! 一番三着!」


 審判のコールが響きます。

 ほんのクチバシ差でのゴール。なんとか追撃をかわしたのは三番さんの根性でしょうか。

 いえ、私の応援が効いたのかもしれませんね、ふふん。


 しかしその甲斐あって今回は


「3-2-1、三連単! 大当たりです!」


 大きな身振りで投票券を高く掲げました。初めての博打の初めての勝利に、高揚を抑えきれません。

 別に私は特別くじの類に当たりやすいタイプではありません。しかし今は過去最高にツキが回ってきている気がします。

 ビギナーズラックというやつでしょうか。

 

「かっー! 嬢ちゃん、マジかよ! よくあんな大穴見抜いたな!!」


 勝利を嚙み締めていると、隣にいた坊主頭で筋骨隆々のおじさんが驚いたように話しかけてきました。


「ふふん、決め手は羽ツヤと目の闘志です。あきらめない不屈の闘志が三番さんの勝利を導いたのです」

 

 私は今までないくらい得意になって、勝った理由らしきものを解説してあげました。

 

 おじさんはコツを教えてもらったことが嬉しいのか、口元に笑みを浮かべながら納得した様子で話を聞いてくれました。人に何かを教えるのも中々悪くありませんね。


「じゃあ、次のレースは何買う予定なんだ? なあ、良かったら聞かせてくれよ」


 私の話を熱心なフリで聞いてくれたのは、どうやらこれを聞き出すための下心だったようです。

 でも構いません。

 今や私は金貨三枚相当の配当を得ていますから、心も穏やかになろうというものです。


 「そうですね、次のレースは――」


 おじさんに予想を教え、自分も投票権を買いに行きます。

 もちろん賭け金は今までの配当すべて。外せばリゾート地へ行けてしまうくらいの損失ですが、当たれば近郊に小さな家を建てられるほどになります。


「金貨三枚、全部これにお願いします」


 と言うと私は受付係さんに三連単の予想を一組だけ書いた投票紙を手渡しました。


「こりゃまた、随分な大穴に賭けるねえ……大丈夫かい?」


「問題ありません。私の予測精度は前のレースで実証済みです」


「まあ、あんたがそれでいいってんなら、そうするがね……」


「おいおい、先生が間違いないとおっしゃるんだ。そう疑うんじゃねえや」


 受付の方とやり取りしていると、おじさんが助け船を出してくれました。


「おじさんの言う通りです! 私、失敗しませんから」


「どうなっても知らんぞ、まったく」


 不満そうな受付さんから、確認印を押した投票券を受け取りました。


 さあ、レース開始です。


 飛び出していったのは八番。私の本命です。

 彼は大逃げでリードをぐんぐんと広げながらレースを運んでいきます。


 後続は負けじとペースを速める者、後方で機会を伺う者に分かれ縦長の配列となりました。


 さあ第三コーナー抜けてまだ依然八番先頭。


 十羽はついに第四コーナーへ迫り――



 レース場へ向かうとそこでは声援が飛び交い、人垣ができるほど繁盛していた。


「ノエルのやつ、うまくやってるかな。割と嫌な予感がするけど」


 どうも後先考えず行動することが多く、賭け事には非常に向かない性格の持ち主だ。負けて悔しがる姿が容易に想像できる。


 二段になった人垣、そのレース場側にノエルの後ろ姿が見えた。


 なんとなく、気づかれないよう後ろへ接近してみる。


 すると人垣の間から現在進行中のレースが展望できた。


 どうやら今の先頭は八番らしい。

 それが後続集団をリードして第四コーナーを向く。


 八番はリードを保ったまま最後の直線へ差し掛かる。

 

「走れぇぇぇ!! 八番さん! 何のために生まれて何のために生きるのか、そう! 今ここで勝利するために!!」


 ノエルのガラスのような声が、オッサンの野太い声援ばかりの中ではよく響く。


 しかし、独走中の八番に、最後方から襲い掛かる影がある。

 

 ゼッケン番号一番。小さな額に黒い流星が特徴的な一羽。

 それが今、大外から猛烈な勢いで先頭に迫ってくる。


 しかしまだ先頭まではまだ一メートルくらいある。

 すごい脚で追い上げ、順位を上げる。

 あっという間に三番手、横目に抜き去り二番手。

 そして先頭に、届くか、届くか――


「コケーーー!!」


 いっぱいに鳴いたかと思うと、更に態勢を低くして加速する。

 もう先頭は捉えたか。

 ゴール前、あと三歩、二歩、一歩――届いた! 


「ゴォォォォル! 一番一着、八番二着、九番三着!!」


「あああああああああ!!!! 私の家がぁぁぁぁぁ!!!」


 レース場に響く怨嗟の声。今日もまた、夢追い人が夢に破れて五体投地。

 というかノエルだった、何やってんだこいつは。


「こりゃまた派手に負けたみたいだな」


 俺の声に気が付いたノエルがハッと顔を上げて振り向く。

 その目はどこかうつろで、泣き出すか笑い出すか予想のつかない表情をしていた。


「ハハハ……私って、ほんとバカ」


 自嘲気味に語る彼女は、いつもよりどこか大人びて見えて――


 なんてことはなく


「俺もそう思う」


 その後、幼さを思い出したかのように掴みかかってきたノエルを振りほどくのに一苦労したのだった。

 


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 あとがき


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