第11話 仲間
「レン・ニューヴァイス。今日は助けられた……感謝」
ぺこりと頭を下げる少女。ただでさえ小さい身長がさらに小さく見える。このまま突っ込まれたらみぞおちにクリティカルヒットの高さだ。
海色の髪を肩で切りそろえた、ボブのいわゆる姫カット。
「図々しいけど、お願いがある」
「言ってください。できる範囲ならお手伝いしますよ」
頼られたのが嬉しいのか、ノエルがドヤ顔で言った。
返事を聞き安心した様子のレン。心を決めて『お願い』を口に出す。
「私をこのパーティに入れてほしい」
それから彼女はあの時自分はパーティメンバーと行動していたこと、ゴーレムに小突かれ腰を痛めた彼女をメンバーが見捨てて逃げてしまったこと、などを語ってくれた。ゴーレムとの遭遇前、駆けていった人影は彼女のパーティーメンバーだったらしい。
語り口からはあまり感情は伝わらなかったが、相当に辛かっただろう。
それだけで仲間に入れる理由としては十分だったが、戦力的にも彼女の力は頼もしい。ゴーレム戦でのアシストには俺も危ない所を救われた。
「パーティに、ですか……」
俯いてふるふると震えだすノエル。
おいおい、そんなに嫌がることないだろ。
そう思いなんとか心変わりさせようと口を開きかけたのだが。
「だいっ、歓迎です!! こんなに嬉しいことはありませんよ!」
どうやら嬉しさに打ち震えていただけらしい。
「ま、俺も歓迎だ。変なやつだが悪いやつじゃない。よろしくな」
「タスクさんだって人のこと言えませんよ。ギルドの初クエストでドラゴン退治を受けようとしたの、まだ覚えてますからね?」
余計なことを。対抗して枚挙に暇がないほどの奇行伝説を披露してやろうかと思ったが、大人げないのでやめておく。
「ありがとう。初めて、こんなに歓迎されたの」
口元に微かな笑み。表情の変化は乏しいものの、声には確かな感情が感じられるあたり、本当に嬉しかったのだろう。
どういう人生を送ってきたかは知らないが、前のパーティーは居心地の良い場所では無かったようだ。
「そうか。まあ、なんというか……よろしく」
俺が右手を差し出すと、レンは華奢な腕から想像するより強く、その手を握り返してくる。
「よろしく……お願いします」
と、しんみり友好を結ぶ俺たちに闖入者ノエルのお出まし。
「せっかくです、街へ親交を深めに行きましょう!」
腰に両手を当てて胸を張り、いかにも名案とばかり叫びあげる。
「何をしに行く気だよ? しばらくクエストは勘弁だぞ、この前から採集クエストなのにやたら魔物が出てきてなんか怖いし」
「簡単です。異世界で言うところの『でーと』をするんですよ! 昼間はお洋服を見て回り、夜はオトナチックな遊びに興じる。これこそ友人との理想的な休日」
「……おお。楽しみ、休日にパーティーで会うことなんてなかったから」
レンの何気ない言葉に俺とノエルは溢れる涙を必死でこらえたのだった。
というわけで翌日。街へやってきた一同。
待ち合わせ場所に着くと、すでにノエルとレンが談笑していた。
時間まではまだ少しあるはずだが。
「悪い、待たせたか?」
「遅いです。約束の時間には夜明け前から待機ですよ!」
ビシッと指さしてノエルが無茶を言う。昨日までのローブと違い薄手のセーター、前開きに羽織った小さめのジャケット、それに黒のロングスカートという出で立ち。ベルトの金細工がさりげなくセンスの良さを感じさせる組み合わせだった。
ちなみに上半身は白一色だ。よほど白装束に思い入れがあるらしい。
「それは暴論。私たちも来たばかり」
諫めるレンは黒をベースにフリルと襟だけが白のワンピース。日本ではコスプレかと思われるタイプのかわいい衣装だが、あまり服の状態に頓着する方ではないのか、ところどころにほつれが目立つ。
ノエルもそれには気が付いていたようで
「決めました! 今日のお昼はレンの私服を探しに行きましょう!!」
レンの肩をがっちり掴んで元気いっぱいに言う。このはしゃぎ様だと、ノエルもあまりこういった機会には恵まれなかったのかもしれない。
「別に、私の服は困ってない。ノエルとタスクの服を選んだらいい」
「困ってはいなくとも、見ればきっと欲しくなりますよ。それと、タスクさんの服は確かに見繕わないとですね。お父さんのお下がりをあげたきりですし」
うんうん頷きながら話を進めるノエル。それを聞いていたレンが、お父さんのあたりが気になったのか不思議そうな表情を浮かべて
「二人はどういう関係……?」
確かに今の話だけ聞けば俺とノエルが家族と勘違いするだろう。それなのに二人の顔つきは全く似たところがない。関係性に戸惑うのも当然だった。
「えぇ、実は……」
ノエルが切り出し、俺を異世界から召喚魔法で呼び出したこと、俺がノエルの願いを叶えるまでは元の世界に帰れないこと等を説明した。
それを聞いたレンはさすがに驚きを隠しきれず、微かに目を見開く。半目が七分目くらいまで開いた感じだ。
「召喚魔法……普通教会やギルド単位で使用する魔法。供物を一人で用意するのは困難」
どうやら召喚魔法と言うのは想像以上に高度な魔法のようだ。実はノエルって相当高位の魔法使いなんだろうか。思い返せば昨日までの戦闘で実力の一端は垣間見えていた。ゴリラやらゴーレムを跡形もなく消し飛ばす破壊光線。確かにそれはノエルの実力を示すのに十分な証拠に思える。
「まあ、それなりに苦労はありましたが、何とかなりましたし、困難と言うほどでは無いですよ」
ノエルがレンから目を逸らしながら答える。それは照れというより、ばつの悪さから生じたように見える。
しかしこの後もノエルがはっきりそれを語ることは無く、適当にはぐらかされるレンと俺だった。
街中、石畳の大通り。軒先にパステルカラーの日よけを掲げた服飾店。大きなガラス窓には様々なデザインの服がディスプレイされている。
「ここなんか良さそうですね、かわいい服センサーがビンビン反応しますよ」
よくわからないが、ノエルが言うならそうなんだろう。
ドアを引いて中に入った。
店内は外から見るより広く、整然と並べられたポールに色とりどりの服が吊るされている。
ダークブラウンの落ち着いた内装と相まって、ユニクロよりはデパート内のセレクトショップという趣だ。
「ほほう、これはなかなか……いや、これも捨てがたいです……」
ノエルはレンの肩に合わせるように、服を広げて相性を探る。真剣さの中にもどこか愛嬌が感じられる。楽しさゆえの真剣さ、ということだろう。
やりとりを繰り返し、衣装をいくつかため込んでいく。
何着か集めた後、ノエルは躊躇するレンを構わず試着室へと押し込んだ。
「サイズは、たぶん大丈夫。試着は別に……」
「何を言いますか、試着してこそコーディネートの正しさが可視化できるんです! これはあなたのためなんです、決して私がレンを着せ替えて遊ぶためではありませんよ」
言い訳と言うにはあまりに雑な主張。
それで本音を隠せるはずもなく、意図に気がついたレンは苦笑しながらもなされるがまま、状況を受け入れていた。
レンが電話ボックス大の試着室に入り少々の時間が経過。
部屋に掛けられたカーテンがサッと開かれる。
ライトブラウンのジャンパースカートに、縦溝のあしらわれた黒セーター。
少しサイズに余裕のある着こなしで、その分レンの小柄さが強調されている。
「どう……? こういう服装は初めてだけれど、正解?」
レンが不安そうに言う。
描写
「大正解です! いいよぉ、持ってるよぉ、もう一枚行ってみようか!」
ノエルが変態と化した。しかしその表情は心から楽しそうで――
そんな心を感じてか、レンも嫌な顔をせず付き合っている。
さっきのやりとりを繰り返すこともう二回。結局最初の一着を購入し、それに着替えてから店を出た。
その後はオープンテラスのカフェらしき店で軽く昼食を摂ることにした。
ノエルが懲りずに激辛メニューを頼もうとするのを必死で止め、三人でサンドイッチを頬張る。
食事を終えると次はアクセサリー探しに付き合わされる。なんでも魔道具的な指輪以外のアクセサリーを付けてみたい衝動に駆られたらしい。
玉石混交の露店に始まり、店構えから気圧される高級宝飾店まで一通り眺めた結果は
「あぁぁぁぁ!! 全っ然決められません! 普段魔装具としてしか意識しなかったので……さっきの店、露店の百倍くらいしましたけど違いが判りません! 似たようなデザインしてませんでした?」
「……同意、私には二つとも同じに見えた」
「正直俺もだな、ブランドを付けて吹っ掛けてるだけじゃないのか?」
問題のネックレスは至極シンプルなデザインで、黒い革紐の先に鷹の意匠を施した銀のメダルが付いたものだ。
鷹の目には深紅の宝石があしらわれ、色味のアクセントになっている。
「いえ、専門店の方は多少宝石に癒しの魔法が込められていましたが、逆に言えばそれくらいの差ですね。なんて恐ろしい世界……」
露店の商品が掘り出し物だったのか、専門店がぼったくりなのか。
その後も通りをうろうろ歩き回って悩み続けるノエル。同じところをグルグルしているため、周りの目が痛い。
おい、今見ちゃいけませんされたぞ。
さすがに恥ずかしくなってくる。が、ここまで真剣に悩むノエルを見るのも初めてだった。
なんとか待ってやりたいが……。
「ううぉぉん……もう少し、もう少しで結論が……」
ノエルが聞いたこともない呻きを上げる。
思い返せばこいつには召喚以来奢られてばかりいた気がするな。クエストで小金も入ったし、今こそ恩返しの時かもしれない。
「なあ、ノエル」
少し気恥しいが、勇気を出して声をかける。
「ちょっと待ってください、もう少しで……もうここまで出かかってますから」
と言って首を指さすノエル。覗く白磁の肌に、あのネックレスは似合うだろうか。
「……露店のなら、俺が買ってやるぞ」
照れくさくなり、ついぶっきらぼうな言い方になってしまう。
「ほ、ほんとですか!? 嬉しいです!! あの私に養われるばかりだったタスクさんが……立派になって」
「お前は俺の母親か。まあなんだかんだ世話になってるからな、俺なりのお礼と思ってくれ」
面映ゆさに目を背けつつ言うと、じーっとこちらを見つめるレンと目が合った。
「……」
言葉にこそ出さないが、感情は伝わってくる。いわゆるもの欲しそうな目をしている。あるいは捨てられた子犬とも言う。
「わかった、わかったよ。二人とも買ってやるから、ほら行くぞ」
「ありがとう、とても嬉しい」
海色の瞳でこちらを見つめ、返事をするレン。
表情から感情を読み取ることは難しかったが、その声音はわずか弾んだように聞こえるのだった。
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あとがき
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