第39話 はぐれ者の市場

SIDE:戦士 カーツ


 宇宙を構成する主役は、核融合を繰り返して膨大なエネルギーを垂れ流す光の源、恒星である。

 恒星は惑星を従えて星系を形成し、それらが連なって銀河となる。

 遠くから見れば光の塊のような銀河であるが、実際には恒星同士の距離は離れており、意外と隙間が多い。

 そしてこの隙間、恒星間の距離というやつは絶望的なまでに広かった。

 数光年ですら近い方というまさに宇宙的距離感は、ジャンプドライブがない時代の地球系人類にとって大変な障害であった。


 人工睡眠で乗組員を保存し、当時の技術の限界であった光速の数割まで加速して飛んだとて、到着まで何十年もの年月が掛かるのだ。

 その間に船に深刻なトラブルが起こったとしても、旅の途中ではどうしようもない。

 そこで、最初期の宇宙航海者達は永い旅の途中の貴重な停泊地として、恒星間天体を使う事を思いついた。

 恒星間天体とは言葉の通り、恒星の重力影響を受けずに単独で宇宙を漂う天体の事だ。

 大抵は何らかの理由で弾き出された小惑星の類だが、一時的に羽を休める拠り所には十分である。


 ペールが座標を知っている銀河放浪者の市場アウタード・バザールは、こうした大昔の寄港地を原型として作られていた。

 ジャンプドライブが普及した今となっては完全に過去の遺物である廃墟。

 だが、それにしては。


「意外と賑わってるなあ」


 トーン09のメインモニターに表示された「市場バザール」は遠距離からも確認できる程度には盛況だ。

 

 恒星間天体である小惑星を芯に、ぐるりと構造物が組み合わさっているのが見える。

 それらの構造物の多くは船だ。

 船が寄り集まり、互いの間を様々な材質の端材の類で繋ぎ止めているのが銀河放浪者の市場アウタード・バザールであった。

 十数隻の船で構成される「市場バザール」は、廃墟からはすでに遠い人の営みが窺える。


「うわー……昔、貧困惑星のドキュメンタリーで見た事あるよ、こういうの。

 スラムコロニーのバラックみたい……」


 オペレーターシートに着いたジョゼは、画像を拡大しながら呆れた声を漏らす。

 モニターの中では、軽金属か何かで作った枠組みにビニールシートめいた薄手の遮断幕が張られた無重力テントのような代物がズームアップされていた。

 半透明なテントの中で、人影が動いているのも見える。

 板子一枚どころか、薄っぺらい布一枚で真空と区切られた、余りにも粗雑な生活空間である。


 信じられないと言わんばかりのジョゼだが、俺はそんなものであろうと納得していた。

 銀河放浪者アウタードもオークほどではないが、他所から嫌われる連中だ。

 入手できる資材に限りがある以上、ああいった雑な設備で生活していても仕方ない。

 最も、オークは地球系人類よりも高い生存性能を持っているので、宇宙に対する忌避感が薄いという理由もある。

 もしかすると、銀河放浪者アウタードの図太さはオーク以上なのかもしれない。


 そもそもが、銀河放浪者アウタードとは図太さこそが根幹となっているような連中である。

 彼ら銀河放浪者アウタードとは、オークやフービットのような種族ではない。

 傭兵のような明確な職業ですらない。

 では何かというと。


 社会不適合者だ。


 所属していた国家、氏族、共同体、そういった者から弾き出された異物が銀河放浪者アウタードである。

 彼らが故郷から飛び出した理由など、人それぞれ。

 禁忌を侵した、他者を害した、物を盗んだ、税金を納めるのを拒否した、それら軽重はともかく罪を問われるような行いの末に、故郷に居られなくなった外れ者、ならず者の類だ。


 真っ当なコミュニティからはぐれた者は、真っ当な食い扶持など得られない。

 宇宙炭鉱夫スターマインガス採集業者ハイドラー、後ろ暗い船の船員クルーにチンピラ傭兵マーク、そして犯罪者。

 どんどん転がり落ちていった所で、どうしても限界がある。

 はぐれ者が一人で生きていくには宇宙は過酷な世界なのだ。

 無論、それを成し得る傑物も居るには居るが、大半のはぐれ者は流れ流れてやがて纏まり、はぐれ者同士のコミュニティを作る。

 それが銀河放浪者アウタードのファミリーであり、ここ銀河放浪者の市場アウタード・バザールはそんなファミリー同士が互いの不用品を取引しあう場所であった。


「さぁて、本当にドックを使わせて貰えるのかしら」


「だ、大丈夫だと思います、鉱石が一杯ありますから、代金には十分だと」


 姫の呟きに、ペールはあわあわと答える。


「だといいがね……お、通信だ」


 オペレーターシートに閃く着信のサインを目にし、俺はブリッジの端、通信モニターの視界外へ移動した。


「それじゃジョゼ、お願いね」


「はいよー」


 姫に促され、ジョゼは軽く頷くと通話スイッチを入れる。

 途端にスピーカーから溢れ出すのは、雑音。


「うわ!?」


 チューニング不足のノイズのみだけではなく、複数の人間が怒鳴り合い打ち消し合ってるような割れた音声、高低が激しく変化する電子音の入り混じった、耳障りそのものな音の連なりにジョゼは仰け反った。


「な、何、これ!?」


 ジョゼは慌ててコンソールを弄るが、出力される音声は安定しない。


「落ち着け、ジョゼ。

 ゆっくり操作するんだ」


「う、うん」


 詰め込み教育の促成オペレーターであるジョゼは、まだまだ慌てると操作がおぼつかなくなる。

 ブリッジの隅から掛けた俺の言葉に、ジョゼは大きく深呼吸してコンソールに向き直った。

 だが、彼女が通信を安定させきる前に新たなアプローチが生じる。


「あ、何か来るよ」


 姫が指差したメインモニターでは、小さな宇宙機がこちらへ近づいてくるのが映し出されていた。

 プロテクターを兼ねた重装宇宙服を身に着けた搭乗者が跨っているのが見える、バイク型の本当に小さな機体だ。

 剥き出しのフレームに無理やりスラスターとシートを括りつけたデザインで、明らかにお手製であった。

 粗雑極まりない宇宙機の先端で、ぴこぴこと点灯している光が見える。


「あ、レーザー通信……」


 ゴーグル越しでも光学情報には鋭敏な目を持つペールはモニターを見上げながら呟いた。


「えぇ? またマイナーな通信使って……こうだっけ?」


 うろ覚えの操作でジョゼがコンソールを叩くと、モニターに重装宇宙服の鎧染みた上半身が映し出される。


「あ、繋がったかい? ステラ爆音隊ボンバーズの市場へようこそ、お客人!」


 いかつい見た目とは裏腹に、甲高い女性の声がスピーカーから流れた。


「ステラ爆音隊ボンバーズ? それがそちらのファミリーの名前なの?」


 姫の問いに遮光バイザーで顔も見えない重装宇宙服のヘルメットがこっくりと頷く。


「そうだぜ! こんな僻地まで来たんだ、何か持ってきてくれたんだろう?」


「えーと……鉱石があるよ、重金属の」


「鉱石! いいじゃんいいじゃん! うちに流してくれるのかい?」


「代わりに整備ドックを使わせて欲しいの。

 あるんでしょう?」


「いいともいいとも! そっちの事情は聞かないぜ! 脛に傷持つのはお互い様さぁ!」


 陽気に言ってのけると、お手製宇宙バイクはくるりと反転した。


「ドックに案内するぜ、オレっちに着いてきなぁ!」


 タグボートのように先導を開始するバイクに、ジョゼは拍子抜けしたように溜息を吐いた。


「な、なんかえらくスムーズね……」


「もっと交渉が必要かと思ってたんだけど」


 姫も首を捻っている。

 そこは俺も気になる点だった。


「妙に話を手早くまとめたがってますね、代金交渉の類もないし」


「そうね、念のため警戒しておいて、カーツ。

 ジョゼはトーン08に連絡、そっちも気を抜かないようボンレーとノッコに伝えて」


「りょーかい!」


 それぞれに動きを開始するブリッジの中、ペールはモニターを見上げながら小首を傾げていた。


「……ステラ爆音隊ボンバーズ? フェンダーファミリーじゃないの……?」

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