第23話 御召しが掛かる

 格納庫の床は冷たい。

 激しい噴射炎を撒き散らす戦闘機の発着陸に備えて、装甲板と同じ頑丈な複合重金属を使用しているから当然だ。

 正座をさせられていると、膝下の熱がどんどん奪われていく。


「ちゃんと聞いていますか、カーツさん!」


「あっ、うん、聞いてる聞いてる」


 現実逃避しかけた俺を、眉を吊り上げたトーロンの怒声が引き戻す。


「戦士は戦うのがお仕事ですから、武具が壊れるのも仕方ない事です。

 でも、壊し方ってものがあるでしょう!」


 トーロンの背後には片腕を失った『夜明けのぶん殴り屋ドーン・オブ・モーラー』が転がっていた。

 着陸脚を出す余裕もなく収容され、消火剤の泡を山程ぶっ掛けられたその姿は、水揚げ直後のマグロのようだ。

 本物の魚なんて見た事はないが。


「腕引きちぎるとか、何考えてんですか!」


「あのままだと電気ビリビリ流され続けてたし、それに投げ返せば当たるかなって」


「それで当てて、あの有様ですか!」


 トーロンが指さす先には、『夜明けドーン』の右腕がぶっ刺さった『争点イシュー』の胴体が転がっている。

 コクピットハッチを剥ぎ取られ、ボロボロの内装まで晒して最早残骸のようにしか見えない。


「結局、僕たちが修理するんですよ、あれもぉ!」


「いや、ほんと申し訳ない……」


 何分、殴るしか取り柄のないオーク戦士、後始末に関してはメカニックに任せるしかない身の上だ。

 二機のブートバスターの損傷は惨状という他ない有様で、素人目にも修理が難航しそうなのはよく判る。

 トーロン達に骨を折らせてしまうのは間違いない。

 ぶっ壊した張本人としては、もう平謝りするしかなかった。


「まったくもう……そんなに謝ってくれるのはカーツさんくらいのものですよ」


 頭を下げる俺に、トーロンは溜息を吐いて表情を緩めた。 


「他のオーク戦士の皆さんは、僕らオークテックにこんな生意気な口なんて利かせませんしね」


 戦士を最上位に置くオークの粗暴とも言える文化性だ。

 裏方のメカニックを頼りにし、対等に話をする俺のような戦士は他にいない。


「命を掛ける相棒の面倒を見てもらってるんだ、他の連中も感謝はしてると思うぜ。

 ……多分」


 それでも優れたオーク戦士なら、立場上は偉そうな態度を崩さなくとも整備を担当したオークテック達にちょっと良い食料を差し入れしたりするくらいの度量は見せるものだ。

 文化的、階級的に素直に口に出せないにせよ、感謝を示す方法はいくらでもある。

 まあ、たまに芯から裏方を見下しているオーク戦士もいるが、いくらちょっとおつむの弱い同族とはいえ、そこまでのお馬鹿さんは少数派であると信じたい所だ。


「そうだといいんですけどねえ、オークナイト・フィレン辺りはその辺どうなのやら……。

 まあ、あの人も今回の件で変わるといいんですけど」


 氏族船に回収された『珠玉の争点オーブ・イシュー』はフレームが歪むほどの大破状態で、コクピットの開閉すらまともにできなかった。

 こちらも不時着状態ながら自力で『夜明けドーン』から降りた俺は救護班を手伝ってコクピットハッチをひっぺがえし、フィレンとノッコを引っ張り出したのだ。


「大丈夫ですかね、あの人」


「メディカルポッドに直行だから大丈夫だろ、あの程度でオークは死なんさ」


 意識を失ったフィレンの背中は酷く焼け焦げ、なんだか甘辛い系のタレが合いそうな危険な香りを漂わせていたが、まだ息はあった。

 普通の地球系人種なら致命傷だが、オークの頑丈さは折り紙付き。

 培養槽を転用して治癒能力を促進するメディカルポッドに突っ込んでおけば、後遺症もなく完治するだろう。


 運ばれていくフィレンに取りすがり、悲痛な泣き声をあげるノッコの方が俺には印象深かった。

 全身焼けただれる程の重傷を負ったフィレンに対し、ノッコには傷一つ無かった。

 奴は、あの図体で母を護りきったのだ。


「……お袋さんがいるってな、羨ましいもんだな」


「そうですね、あんなに心配してもらえて……。

 でも、あの人もどうなるんでしょうね、決闘に手を出しちゃって」


「さてなあ……」


 そこは全く判らない。

 フィレン個人ならば今の地位からの降格という形で処罰されるだろうが、ノッコのような例はイレギュラー過ぎて俺の知識にも前例が見当たらなかった。

 すべては女王陛下の裁定次第だ。


「あんまり酷い事にならないと良いが……」


 つい先程まで必殺の武器を向け合っていたノッコに対して、そんな事を思う。

 アドレナリン駆け巡る戦闘モードであれば敵を痕跡も残さずプラズマで焼き尽くそうと一切の呵責を覚えないが、普段からそんなに血の気が多いわけではない。

 担架で運ばれていくフィレンに泣きながら付き添っている姿を見れば、憐憫の情も湧く。


 俺は、戦士の身に情けが不要とは、思わない。

 他者への慈悲深さは、むしろ自らの心のケアにも繋がる。

 戦場においては無慈悲に、平時においては情に厚く、そういった切り替えが戦士の情緒を護るのだと俺は考える。


 余談だが、我が同族の頭が気の毒な理由の一片は、ここにあるのではないかと思う。

 傷つく情緒もなく、深い事も考えないのなら、心理的なダメージを一切負わずに残虐非道に暴れ回ることが可能だ。

 遙か昔、オークをこういう具合に遺伝子設計した連中は、心底人でなしであったのだろう。


「兄貴ぃ! 伝令です!」


 益体もない事に想いを馳せてしまった俺の耳に、舎弟の一人ベーコの声が響く。


「どうした?」


 ベーコは息を切らせながら格納庫を一気に駆け抜けると、彼には珍しく抑えた声で囁いた。


「じょ、女王陛下が兄貴をお呼びです……その、謁見の間じゃなくて、お部屋に」


「……え?」





 プラント内部に玉座を据えた謁見の間は、いわば儀礼のための部屋だ。

 淡く翠に輝く培養槽が無数に立ち並び、屈強なオークナイトが列を成して控える空間は、神秘性と荘厳さ、威圧感を併せ持っている。

 その一方で、日々の生活には大仰すぎる部屋である事もまた事実だ。

 オークナイト達に厳重に護られた私室にて、女王は日常を過ごされている。

 そして、その部屋は女王陛下が臣下に「特別な褒賞」を与える場所でもあるのだ。


「髭の剃り残しなし、宇宙服も洗濯したて、下着も新品を用意、ほ、他には……」


 ここに至るまでオークナイトによる三度の誰何を受けた後に、俺は女王の私室へ辿り着いていた。

 他の船室とさして変わらないドアを前に、すでに何度となく行った身だしなみの最終確認をする。


 いずれ必ずとは思っていたし、その為の努力も惜しんではいなかった。

 だが、栄光とは掴み取るものであり、降ってわいたように与えられるものではないはずだ。

 俺の中の硬派な俺Aが、この状況に対して力強く叫ぶ。

 だが、同時に軟派な俺Bもまた叫ぶのだ、じゃあ据え膳を食わないのかと。

 食べます、食べない訳がないでしょう。


 初陣の時でもここまで緊張していなかったのではないのかというほど、俺は混乱し浮足立っていた。


「おい、何をしている。 陛下をお待たせするな」


 警護のオークナイトが、ドアの前でわたわたと身繕いルーチンを繰り返す俺に呆れたような声を掛ける。


「わ、判っている!」


「ふん、この期に及んで肝の坐らぬ、情けない奴め」


「あんたは、急に陛下の御召しを受けても冷静でいられるのか?」


「……無論」


「一人だけ、供も付けずに呼ばれたとしても?」


「……言葉が過ぎた、謝罪しよう」


「受け入れよう」


 生まれも立場も違う俺とオークナイトだが、女王陛下に関してだけはコンセンサスを得る事ができた。 

 人と人は判り合えるのだ。


「だが、培養豚マスブロよ、お前の望み通りにはならんと思うぞ」


「何だと?」


「陛下はお一人ではない、あのノッコと言ったか、フービットの女も連れておられるぞ」


「な……まさか同時に!?」


「阿呆か、己は。 そんな訳なかろう」


 確かにその通り。

 俺はぶんぶんと首を振り、脳内を占める桃色思考を打ち払った。

 この私室は陛下の「秘め事」が行われる場所であると同時に「内緒話」も可能な部屋だ。

 明らかに厄介事の塊であるノッコに対して、公にできぬ対処を行うのだろうか。

 そして、その厄介事を俺に任せるおつもりか。


 眉を寄せながら、俺は胸中に湧き出た不安を切って捨てる。

 陛下に賜るというのならば、厄介事であろうと上手く捌いて御覧にいれよう。

 今の俺に示せるものは、度量しかないのだ。


「戦士カーツ、参りました」


 俺は決意と共に胸を張り、インターホンを押した。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る