第26話 夜の教室で聞かされた話は(19)
「わからない?」
「人の心の胸の内までは分かりません。確認しようにも彼女はもういないし……」
この言葉に嘘は無い。はっきり聞いたわけではないのだからこれ以外言いようがないのは事実だ。
「そう。まあ、その辺は熊谷先生にも直接聞いてみるとしましょうか」
そんな私の気持ちを知ってか知らずか滝田さんは素直に引き下がってくれた。が、更にこう続けた。
「じゃあ、最後の質問ね。降矢先生について聞かせてくれない」
「降矢先生ですか? それって何を話せばいいんでしょう」
「生徒として彼自身の印象とか評価を聞きたいな、例えば良い先生だと想う?」
「良い先生か、ですか」
それは即答するには難しい質問だった。そもそも良い先生とはどういう人の事をいうのだろうか。例えば校則違反をする生徒がいてそれを注意した。これは教師としては普通の事で、それを出来る教師が良い先生と評価されるのだろう。
が、注意された生徒にしてみれば『一々うるさい嫌な先生』となるかもしれない。
逆も真でそれを注意しなければ教師の職責を果たしたとは言えないのでダメな教師という事になる。でも、違反した生徒にしてみれば『話の分かる良い先生』となるかもしれない。
委員長である私が言うのもなんだが、校則違反でも服装違反などなら少しは大目に見るのも教師の裁量としては有りかと思う。が、いじめや暴力沙汰などの場合はどうか。
いじめてる側からしてみれば、それを見過ごしてくれる『良い先生』いじめを見過ごされた生徒にしてみれば『極悪な先生』という事にならないか。
授業にしても、分かりやすく面白い授業をしてくれる先生。真面目にコツコツと教科書をこなす先生。テスト範囲を中心の先生。授業態度に厳しい先生。緩い先生。
様々で、しかも生徒の立場によってその評価は変わる筈だ。
「ごめんなさい。聞き方が悪かったかな。貴方にとっての印象でいいの」
「そうですね」
言われて更に困ってしまう。正直言えば、好きでも嫌いでもないといった所が本音だ。
授業はまあ普通かなと思う。担任としてはどうかというと、HRでは殆ど議題に口出すことはない。それは私にとってはやりやすいといえばやりやすい。
生徒の自主性を重んじる良い教師と言えないこともないかもしれないが、その割に使いっぱしりの様な雑用を押し付けられたりもする。
でも、頼むときと終わりの時に「いつもすまんな。ありがとう」等と言ってくれる事が多いし、偶には放課後ご褒美としてジュースを奢ったりもする。
そうしたことも含めて普通なのだ。エリナが全ての人へフラットに接しようとするのとは又違う。何だか空気の様な存在。これこそ言語化するのが難しい。
「そうですね。総じて良い先生なんじゃないでしょうか」
そういった後、私は言葉を選びながら上に書いた様な事を箇条書きの様にいくつか並べてみせる。
「今聞いた感じだと、際立って良いところも悪いところもないって感じもするけどね」
胸の内を読んだかの様な滝田さんの言葉に私は思わず苦笑する。
「じゃあ、彼と二見エリナさんの間は貴方にどう映った?」
「それこそ、良くも悪くもない様に見えましたよ」
少なくとも教室内では二人の関係が目に見えて悪いとは思えなかった。それ以外で二人の接点があったとも思えない。
「ありがとう。まあ、後はご本人にもぶつけてみてどうかって所かな。じゃあ、話変るんだけど、降矢先生と熊谷先生の関係はどうだったのかな」
「それこそさっぱりです。少なくとも私の見える範囲であの二人が親しくしている様には見えませんでした」
「へえ。つまり以前から親しくしていた感じではないのね」
教科も違うし、担当業務がそもそも違う。恐らく仕事のサイクルもずれていた筈だ。そんな中で二人が婚約するまでになるというのは確かに謎だった。
「はい、私もびっくりしました。あの二人いつからそうなったのかなって」
「因みに、今はどうなの?」
首を傾げる私に滝田さんが更に尋ねてくる。でも、その質問の意味がまた呑み込めず聞き返してしまう。
「えっ、今ってどう事ですか」
「つまり今現在よ。今、二人は学校で親しくしているように見えるのかな」
言われて学校で二人が一緒の場面を思い返してみた。が、
「えっ……それはだって、二人は婚約して結婚の約束をしてるって聞いてますよ」
「ええ。だから、婚約が決まって以降、二人の間柄はどう見えてる?」
「前と変わらない様に見えましたけど……」
そうだ。二人一緒の場面もあったかもしれないが特には変わらなかった筈だ。
「特段二人の間が縮まったようには見えない訳ね」
「それはそうです。でも、学校内でイチャイチャ見せつけられてもこっちは辛いもんがありますよ」
「まあ、職場恋愛な上に教師って事になると周りの目は気になるという事はあるかもしれないけど。どうかしらね……まあ、その辺もじっくり調べさせてもらう事にするわ」
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