第15話 夜の教室で聞かされた話は(8)

「いや、探しました~。どこへ行ったのかと想いましたよ」

 突然扉が開いた。驚いて目を向けるとスーツ姿の若い男が入ってくる。

「こら有吉ぃ~。捜査協力者がいるんだぞ。シャキッとせんか」

 つい今しがたまで物腰柔らかに対応してくれていた品川刑事が厳しい顔付きで男に吠える。

「へいへいすいませーん」

 有吉と呼ばれた男はどこ吹く風の体でこちらに近づいてくると私の隣の席の椅子を引いて座った。それに対して今度は滝田さんが追い打ち様にピシャリと声を掛ける。

「こら、有吉。誰が座っていいと言った」

 その様子からどうやら彼も刑事らしいと想像が付く。

「え~。デカジョウ殿も座ってるじゃないですか」

 不満気な有吉刑事は不平を漏らしながらもノロノロと立ち上がる。

「その呼び名はやめろっつってんでしょ。アタシはパソコン打ち込まなきゃならないから座ってるの。あんたには不要でしょ」

「はぁーい。承知しました。滝田巡査部長殿」

 これ以上のやりとりは不毛と考えたのか彼も逆らわずに敬礼して答える。滝田さんはそれに答えもせず目だけで私に示して言った。

「ああ、こいつは刑事の有吉、私の部下よ」

「有吉です! よろしく。いや~いいな~二人共。自分も女子校生と夜の教室でお話する役になりたかったもんすよ。出来れば二人っきりで、なーんてね」

「あんた。少しは考えて物言いなさいよ。こっちはね、捜査にご協力願っているの。今の発言、一歩間違えれば問題発言だかんね」と言った後私に「ごめんなさいね」と謝った。そして品川刑事共々頭を下げる。私はそれに「大丈夫ですよ」と苦笑を浮かべながら答えた。

 品川刑事も滝田さんも彼には当たりが強い。が、彼はそれを気にも留めない様子だった。髪は明るめのマッシュツーブロックで身体の線も細い。刑事であるという前提で見ると少し頼りなげな印象も感じてしまう。

「で、現場の方はどうなってんの? 何か新しい事の一つや二つ掴んだんでしょうね?」

 滝田さんは有吉刑事に圧を掛けながら尋ねる。が、それはいつものことのようで彼は柳に風で受け流しながら手帳を取り出し言葉を返す。

「えっと、遺体は靴を履いていなかったっていうのは知っているんすよね」

 その話は既に私も聞いていた。靴は入り口におきっぱだった。

「ええ、知ってるわよ。因みに裸足という訳でもなかったのよね」

「はい、生足って訳じゃなく黒のソックス姿で見つかりました」

 後ろから品川刑事が有吉刑事に『生足とかっていう言葉を使うんじゃない。バカタレが』と怒鳴った後「ゴム手袋の方は出所はわかったのか」と続ける。

「いえ。具体的にどこからかはまだわからないっすね」

 ただ、学校の備品として使っていたもの同じだという事は確認がとれたという。

「ふむ、そういう消耗品となるといつどこでかっていうのか特定は難しいか」

 品川刑事は独り言ちるようにつぶやく。それに続いて滝田さんが尋ねた。

「他に、何か分かった事はないの?」

「ああ、はい。実はあの後調べたところ遺体からそう離れていない場所に白い三角巾が落ちているのが見つかりました」

「三角巾って……ああ、応急処置とかに使うあれね」

「そうっすね。その三角巾に毛髪が付着していまして、これがどうも二見エリナの物だと想われます」

 三角巾。確かに授業で使った覚えはあった。エリナが使っている姿も記憶にある。だからそれが彼女の持ち物であっても不思議はない。

「ということは彼女が身に付けていた訳か」

「恐らくそうっすね。転落の際に別々に落ちてしまったんでしょ」

「ゴム手袋に加えて三角巾を頭にかぶってたってわけか。更なる謎が増えたわね。東雲さん、彼女がそんな恰好をしていた理由に思い当たる事はなかったりしない?」

「ゴム手袋に三角巾っていうと思い浮かぶのは授業の時ですね」

「へえ。高校の授業でそんな恰好することあったっけ」

 滝田さんは思案気な顔をして尋ねてくる。でもそれに私は困惑気味に答えた。だって、それがわかったって謎の答えにはならないからだ。

「えっと家庭科の調理実習の時です」

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