第10話『帰省to長岡家』

 色々あった文化祭も終わり、ある金曜日の夕方。


「あの、兄さん、姉さん。明日、長岡の方の実家に行く事にしました」


 イチゴの部屋でリナと作った夕食も食べ終えて茶を飲みながらのんびりしていると、少し離れて電話してたリナが、戻って早々帰省を宣言した。


「そう?今までは避けてたのに?」


 イチゴが、後ろから俺に抱き付いた姿勢のまま疑問を返した。


「それは、あのバカ兄貴と鉢合わせするかも知れないから避けてたんですけど、今は父さんがそのバカ兄貴を田舎にある父さんの実家に連れて行ってるみたいで、避ける理由が無くなったんです」


「そうなんだ」


「そもそも、あのバカ兄貴と家で会ったら何されるか分かったものじゃないですから」


 リナは長岡を道端の犬の糞とかの汚物と同列扱う様に言う。


 実はリナも長岡がやらかした事をイチゴとユカを通して知った。

 さらにその後、家に引き籠らされてた長岡がいつ撮ったのか下着姿のリナの写真で自家発電してた事までやらかしたらしい。


 それでリナの長岡への好感度は毎日ストップ安を更新しているのだ。


 俺と長岡はリナの義理の兄という同じ立場ではあるが……正直長岡を庇える要素が何もないから、一切同情とか出来ない。


「後ですね、母さんが一度くらい兄さんや姉さんと会いたいから連れて来て欲しいと言ってましたけど……」


 リナはすぐ気を取り直して、こっちの顔色を窺うみたいに言う。


「そうか。いいよ」


 リナのお母さんも娘の同居人が気になるだろうな。


「ごめん、私はしばらく手が離せない作業があるからパスで」


 ただ、イチゴは理由を述べて断った。


「そうですか、仕方ないですね」


「次、都合が付いたら行くね?」


「はい」


 リナはイチゴがネットを使って金を稼いでる事を前に聞いて知ってるので、大人しく頷いた。


「代わりに、これでお土産を買って行ってね」


 イチゴはサイフから一万円札を二枚取り出して、リナに差し出した。


「えええっ、そんなに受け取れませんよ」


「そう?じゃあきょーくん、お願いね」


 そのままイチゴは二万円を俺の手の上に乗せた。


「ああ」


 俺はその二万円を自分のサイフにしまう。


 ……そもそも俺のサイフの金がほとんどイチゴから貰った金だが。


「だから悪いですってば!」


「長岡家は家計が苦しいんだろ?これくらいは受け取っておけ」


 リナはまだ遠慮したが、こっちが無理に押せばリナが止める方法もないのでそのまま押し通した。


 あの長岡の家……というのがネックだが、それでも可愛い義妹の実家でもあるからな。


 これくらいの援助はさせて貰うとしよう。




 その次の週末。

 帰省と言っても同じ都内を電車で移動するだけなのでそう仰々しい事は無い。


 精々駅前のスーパーで手土産の食材をたくさん買って行く位だ。


 そして住宅街にある一軒家の長岡家に着いた。


「ただいまー」


 先に訪問を告げていたからか玄関のドアは開いてて、そのままリナが先に家の中に入った。


「お帰りリナ。恭一くんも久しぶりね」


 玄関にて、すぐにリナのお母さんの長岡智子さんが出迎えてくれた。親子なだけあってリナとよく似ている人だ。


 この人とは前に長岡(修二)絡みで交番で会った事がある。


「はい。こちらは手土産です」


「あら、ありがとね。お茶を出すから二人とも入って」


 智子さんに促されるまま靴を脱いで居間に入り、俺が出されたお茶を飲んでる間にリナと智子さんが手土産の食材を冷蔵庫に入れた。


 俺も手伝おうとしたけど、一応ここは他人の家で俺は客だからと止められてた。


 リナと智子さんが食材の整理を終えて戻った後は、三人で普段のリナとの暮らしや、リナの昔の事、俺の学校での事などで雑談を交わした。


「恭一くんってかっこよくていい子ねー。このままウチの子になって欲しいくらいだわ」


「もうこちらでリナを貰いましたから、似たような状況だと思いますよ」


「そういえばそうだったわ。リナの事、これからもよろしくね」


「ええ」


 智子さんとそんな言葉を交わしてたら、リナが顔を真っ赤にした。


「ちょっと、母さん!それじゃ養子じゃなくて嫁みたいだよ!」


 言われてみればそうだな。


「あら、私はそれでもいいと思うけど。恭一くんは彼女いるの?」


「ええ、います」


 三人も。


「そうなの。じゃあ、もし別れたりしたらウチのリナを貰ってくれる?」


「母さん!それじゃ私キープだよ!」


 本当にな。


 逆に智子さんが俺を婿候補としてキープしてるようにも見えるが。


「それにしても、恭一くんの彼女ってどんな子かしらね」


「私よ、おばさん!」


 その瞬間。

 俺が答えるよりも前に、後ろからユカの声が響いた。


「あら、いらっしゃいユカちゃん。久しぶりね」


「うん、久しぶり」


 智子さんは落ち着いた様子でユカと挨拶する。


 隣同士で子供たちも幼馴染だから、お互いの家を行き来する付き合いなのかも知れない。


 ユカの方の口調もまるで友達みだいだからな。


 しかし、


「お前、いつの間に来たんだ?」


「たった今よ。非常用鍵の隠し場所は知ってるから」


 ユカが堂々と答えた。


 それはそれで問題あると思うが、まあ家同士の付き合いだからか。


 俺もイチゴの実家の鍵を持ってるしな。


「それでユカちゃんが恭一くんの彼女なの?」


 智子さんが改めてユカに聞いた。


「そうよ。少し前から付き合い始めたわ」


「ユカちゃんも!?」


 ユカの答えにリナが驚いて叫んだ。


 けどその言い方だと……


「も?……そう言えば、恭一くんってリナと一緒の部屋を使っている幼馴染と付き合っているって聞いたわね」


 ほら、智子さんに感づかれて、白い目で見られた。


「恭一くん、あなた二股してるの?」


 三股です。……とは言えないか。


「それは違うわ、おばさん」


 ユカが割り込んで俺の代わりに答える。


「違うって、何が?」


「二股じゃなくて三股だから」


「え……?」


 ってお前がバラすのか!


「大丈夫よ。女子で話し合って納得した関係だから」


「そうなのね。ユカちゃんはウチの修二が好きだと思ってたけど」


「そうだったけど、あのバカには愛想尽かしたわ。……おばさんには悪いけど」


「いいわよ。確かに最近の修二は色々目に余る所があったからね」


 おいおい。何だか三股が流される空気になったぞ。


 いやまあ、根本的な所は他人同士の恋愛だから、智子さんが口出しする事じゃないと思われたのか?


「そういえば旦那の甥も幼馴染じゃなくて他の子と結婚したって聞いたけど、幼馴染とくっつかないのは長岡家のお家柄なのかしらねー」


 智子さんはしみじみと呟く。


 ほぼ他人な俺としてはちょっと感想を返しづらい内容だった。


「それで、ユカは何でここに来たんだ?」


 話題を変えるついでにユカに質問した。


「恭一あんたがこっちに来てると聞いてね。地元デートに誘いに来たのよ」


「地元デート?まさか今から?」


 まだ昼過ぎくらいで時間はあるが、えらく急な話だな。


「そうよ。来てくれるよね?」


「あー」


 どうしたものかと、首を捻る。


 一応、俺は今日智子さんに挨拶しに来たんだから。


「こっちはいいわよ、行って来なさい」


 俺の悩みを見抜いたのか、智子さんが背中を押してくれた。


「あ、お夕飯はどうするの?恭一くんが色々買って来てくれたから、ここで食べるならご馳走にするけど」


「おばさん、それ私もいい?」


 俺が智子さんに答える前にユカが聞いた。


「いいわよ。恭一くんの彼女だものね」


「ありがと!じゃ夕飯までには帰って来るから!」


 そのままユカに手を引っ張られて、俺は長岡家から引きずり出された。




 それから俺はユカに案内されて色んな場所を回った。


 ゲームセンター、バッティングセンター、カラオケ、駄菓子屋。


 そして今は休憩を兼ねて公園のベンチに座っている。


「あー楽しかったわ。恭一はどうだった?」


 ユカが清々しい顔で伸びをしてこっちに尋ねた。


「俺もまあ、楽しかったけど……疲れた」


「鍛えてるのに?」


「気疲れだよ」


 返事してからため息をつく。


 本当に疲れた。


 何故か分からないが、時間に追われているみたいに引っ張り回されたからな……。


 それにユカはゲームセンターで撮ったプリクラを、少し必死にあちこち貼り付けるし。


 遊んだと言うより、回ったと言う方に近いかも知れない。


「ごめんね。でも、恭一はあんまりこっちに来なさそうだから、今日の内に大体回りたかったの」


 ユカは本当に申し訳なさそうに言う。


「地元である理由はあったのか?」


「うん、だって全部昔から修二と遊んでた所だったから、上書きしたかったわ」


「それは……」


 何ともコメントしづらい。


 昔の男なんて忘れろとか言えた身分じゃないからな。俺は三股してるので。


「この公園だって、あいつやリナちゃんと鬼ごっこしながらよく遊んでたなー」


 ユカがしみじみと言う。


 ってここもかい。


「……いいのか?」


 何を、とは指せないが、つい聞いてしまった。


 ユカは正面を向いたまま真剣な顔で答える。


「いいの。あいつに未練とか見せたら、それがそのまま私の弱点になるから」


 そして間をおいて、こっちを向いた。


「恭一。私はあんたの事本当に好きよ。これからあんたの嫌がる事をするかも知れないけど、信じて欲しいの」


 俺が嫌がる事か……。


 正直不安しかないからそもそもしないで欲しいんだが。


「……悪い。こんな関係だが、君の気持ちには答えづらい」


 だから俺はこんな答えしか返せなかった。


「分かってる。今は私を突き放さないでくれればいいの。いつか絶対に私が好きだって言わせるから」


 そしてユカが俺の肩を引き寄せて口付けて来た。


 キスを受け入れながら、いつの間にかイチゴ以外の相手とのキスも慣れたと自嘲めいた事を思った。




 日が暮れる事には長岡家に戻り、智子さんとリナが作ってくれた夕飯を食べた。


 俺が買って来た食材の1/3も使った様に見えてびっくりしたが。


「いいんですか?もうこんなに使ってしまって」


「いいんですよ。残した所でバカ兄貴が食べる事になりますから。あいつに兄さんが買ってくれた食材を食べる資格なんて無いんです」


 智子さんに尋ねると、リナが遮る様に答える。智子さんは苦笑いするだけ。


「確かに修二にこれを食べさせるのは勿体無いわね。リナちゃん、ご飯のおかわりある?」


 一緒に夕飯を食べてるユカさリナに同調しながらお椀を差し出す。


「はい」


 リナは何の文句もなくユカのお椀におかわりをよそい、ユカはテーブルの食べ物を狩り尽くさん勢いで食事を続ける。


 長岡……、自業自得とはいえここまで徹底して嫌われると少し同情してしまうな……


 夕飯を食べ終わった後は智子さんに勧められて長岡家で一泊する事を勧められた。


 最初は断ろうとしたけど。


「兄さん、ダメですか……?」


 リナにも縋り付かれて断りづらかったので、押されるまま承諾してイチゴに連絡を入れた。


『ごめん。今日はこっちで一泊する事になった』


『私は大丈夫だよ。楽しんでね、きょーくん』


 イチゴからはそう返事が来た。


 何を楽しめと言うんだ……?


 泊まる部屋は長岡の部屋を借りる事になった。


 部屋主の居ない間に借りるのに悪いとは思ったが、他に空いた部屋もなくてまさかリナと一緒の部屋で寝る訳にもいかないので受け入れた。


 しかしこの部屋、貧乏とは聞いたが本当に物がないな。


 ベッドに勉強机と椅子、そして衣服入れと言った最低限の家具以外には教科書とかテニス用品くらいしかない。


 実家の俺の部屋の方がまだ物が多くて散らかってるんじゃないかって思えた。


 まあ、男子高校生の部屋なんて自分の部屋しか知らないから、一概には言えないが。


 ……そろそろ寝るか。


 部屋への感想を考えるのを辞めてもう横になろうとしたら、部屋のドアが開いた。


 来訪者の姿を確かめると、寝間着姿のユカがいた。


「ユカ?どうしてこっちに?」


「最後の上書きをしに来たわ」


 ユカは部屋のドアを閉めてこっちに歩み寄って来る。


「上書きって……おい」


 まさかだろ?


 ここ、他人の部屋だぞ?


 しかし俺の心配を当てるかの様にユカはベッドの上で俺に覆い被さった。


「……これ、大分最低だぞ?」


 思い止まって欲しくてそんな事言ってしまった。


「分かってるわよ。でもいい子のままじゃあの子たちには勝てないから……」


 それってイチゴとアリアさんの事か?


 どうしてあの二人への対抗がこういう事か分からないが、拒めないと思った。


 状況的に、口喧嘩になってリナや智子さんに気付かれる方がまずい。


 イチゴには悪いと思うけど、多分許してくれる以前に喜んでくれるだろうな。流石にもう学習した……というか、少し諦めが付きつつある。


 誰でも構わず……とはしないが、恋人(何故か三人だが)相手ならばと、俺も心の何処かで自分に妥協し始めている。


「……好きにしろ」


「ありがと」


 そのまま俺とユカは、最大限音を立てない様に気を付けながら体を重ねた。


 長岡、これは確かに俺がクズだ。ガチですまん。


―――――――――――――――

 また5000字!

 分けるのも考えましたが、分けたらテンポが悪くなるのでそのままにしました

 自分は本来最低でも2000字、普通は2500字前後を意識してますので、今後文字数が減っても怒らないでください<(_ _)>


 この話で、人物紹介やあとがきを除いても大体20万字を超えました

 毎日平均2500字以上で更新するとか、少しきつい所もありましたが

 ここまで応援してくれた読者の皆様のおかげで頑張れております

 間章はもう少し続きますが、これからも本作をよろしくお願いします<(_ _)>

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