第8話『文化祭編②・見回りとデート』

 時期は文化祭初日。


 生徒会の仕事やクラスの出し物ライブステージなどはあるが……イチゴに一回でもライブステージをやった後は、穏便に文化祭を回れなくなるだろうと言われた。


 それで俺やアリアさんはイチゴの言う様になる前に文化祭を回る事に。


「それじゃあ行きましょうか」


「……ああ」


 ただアリアさんの強い希望により、俺はアリアさんと一緒に回る事になった。


 俺もアリアさんも目立つのに、一緒に回ったりしたら噂になるだろうが、今回は丁度いい言い訳がある。


 それはクラスの出し物であるライブステージの宣伝目的という事だ。


 そのため俺もアリアさんもステージ衣装……っぽい服装を着ている。


 何故ステージ衣装っぽい物なのかは、宣伝で回ってる最中に汚れて本番で使えなくなったら本末転倒だからだ。


「恭一さん。あのクラスはお化け屋敷ですって!次はあそこに入りましょう!」


 ……アリアさんは宣伝とかすっかり忘れてるみたいだが。


「そうだな。行こうか」


 これがイチゴなら俺ももう少しはしゃげたけどな……。


「バーッ!」


「キャーッ!こわーい!」


 薄暗い教室の中。稚拙なメイクをしたお化けの棒演技に、アリアさんも棒演技で俺に抱き付く。


 まあ、アリアさんを本気で驚かせて怪我でもさせたら、後が怖いからな。

 本気で驚かすなんて出来ないだろう。


 ただ闇に乗じて俺を殴ったり蹴ったりしようとするお化けもいたが。


 俺に嫉妬した男子生徒かな。


 まあ、そういう輩もいるだろうとは予想してたので、殴られる相手を同じ時に入っていた他の生徒にすり替えてやった。


「いたっ!ちょっとー、さいあくー!ここのお化けに殴られたんですけどぉ!」


「なんですって?」


 それで俺の代わりに殴られた女子生徒が騒ぎ出し、それを聞いたアリアさんが目の色を変えた。


「皆さん。ちょっと止まってください。あと明かりもつけて。生徒会長の権限で今起こった暴行についての取り調べを行います」


 そのままお化け屋敷は中止。


 教室の明かりが点けられ、女子生徒を殴った犯人探しが始まり、内部告発で犯人はすぐ見つかった。


「すみませんでした!」


「で、何故この様な事をしたのですか?」


 アリアさんは正座している犯人の男子生徒たちを見下ろして聞いた。


「ち、違うんです会長!俺はあの子じゃなくて葛葉の野郎を……」


「ほう?」


 男子生徒の内一人の弁解ならぬ弁解に、アリアさんの目付きがさらに冷たくなった。


 根本的に、俺なら殴ってもいい理由にはならないし、アリアさんからすればさらに私怨も入るからな……。


「いけませんね、生徒本人に安全意識がないとは。……生徒会長として告げます。この瞬間からこのクラスの営業文化祭が終わるまで禁止します」


 そして告げられた無慈悲な通告。


 それにお化け屋敷をやってたクラスの生徒たちは驚いて、悲しんで、怒って、反発したりもしたが、大半は身内から出た不始末を渋々認めた。


「い、いい、いらっしゃいませー」


 それからも俺はアリアさんと軽食店、展示会、占い屋敷など色んなクラスを回ったが、行く先々で通夜に近い空気になった。


「あら、独特な挨拶ですね」


「違うと思うぞ」


 最低限の接客はされるけど、分かりやすく恐れられている。


 どうやらお化け屋敷営業禁止の話があっという間に出回ったみたいだ。


 理由があったからとはいえ、言葉一つで営業を中止させられる人の相手とか怖いからな。


「ええっと、お二人の相性は……」


「私たちの相性は?」


「さ、最高です!もう前世からの夫婦なくらいに!」


「そうですよね!聞きましたか恭一さん!」


 だからこの占いの結果も忖度に違いない。


 それでもアリアさんは気にせず二時間ほど俺を連れ回した後、仕事に戻る時間になった。


「非常に名残惜しいですが……。私は生徒会室に戻りますね。恭一さんはそのまま文化祭を楽しんでください」


「俺も戻らなくていいのか?」


「大丈夫ですよ。それよりも恭一さんに文化祭を楽しんで欲しいので。では」


 アリアさんは一人で仕事の為生徒会室に戻った。


 うーん。文化祭を楽しめと俺を残す所とか、アリアさんの愛情は感じるんだが。


 ただ、イチゴを人質に取って俺を脅した事は恨んでて、しかしそれはそもそもイチゴがアリアさんを騙したからで、実質俺も共犯みたいなものだから罪悪感もあって……


 つまる所、アリアさんには思う所が複雑過ぎて色々素直になれないなーと思う。




 一人になって、これからどうしようか悩んでいると見慣れた顔ぶれを見つけた。


 つまり伊藤さん、鈴木さん、小林さんだ。

 吉田さんは……休憩時間が被らなくて居ないのかな。


「あれ?葛葉くん、今一人?」


 伊藤さんたちも俺を見つけて声を掛けて来た。


「そうだけど、そっちは三人で回ってるのか?」


「そう。これからユカっちのクラスでやってる執事&メイドカフェを見に行くんだけど、葛葉っちも一緒に行く?」


「あと奢って」


「……いいよ。いつもの事だから」


「ありがと!じゃ行こっか!」


 返事するや否や、鈴木さんと小林さんが俺の両手を引っ張り出した。


 そのまま二人に引っ張られてユカの一年Cクラスへ向かう。


「葛葉くん、いつも奢って貰ってごめんね?」


 後ろから伊藤さんが申し訳なさそうに言う。


「いいって。本当にいつもの事だから」


 ただ、いつまでもイチゴの金で奢るのもあれだから、冬休みになったらアリアさんに紹介して貰ったモデルの仕事を増やした方がいいかも知れないな。


 ほどなくしてユカのCクラスに着いて、そのまま教室の中に入った。


「いらっしゃいませー、ってあんたたちか」


 真っ先に、メイド服のユカが俺たちを出迎える。


「ユカっち!そこはお帰りなさいませ、ご主人様、でしょうが!」


「知らないわよそんなの。ここ、コスプレしてるだけで緩くやってるんだから」


 オタク趣味のある鈴木さんがユカの挨拶に突っ込んだが、ユカは冷たく切り捨てた。


「で、客よね?席に案内するわ」


 そのまま席に案内されて、くっつけた机の上にクロスを敷いたテーブルに着いた。


「注文は?」


「ウチはオムライス!」


「ハンバーグ」


「じゃあ、私はミートソースパスタで」


「俺はジュースだけ。あ、飲み物は全員分頼む」


 後のライブで激しく動くだろうから、あまり腹に食べ物を入れたくないのでな。


 ユカはすらすらと注文をメモした。


「それにしても恭一、今回も全部あんたが奢るつもり?」


「そうだけど」


「毎回奢ってよく金が持つわね」


「……まあな」


 イチゴから貰った金ではあるが。


 イチゴはネットでアプリ作りやら情報サイトの広告料やらLive2Dモデリングやら色々やっていて、今ではもう適当に管理するだけでも定期的に纏まった金が入るシステムを構築してるからな……


 前に収益や貯金を見せて貰ったけど、マジでこれくらいはした金だった。

 代わりに年末精算とかで両親jと一緒に忙しくなるみたいだが。


「あのー、私、自分の分は自分で出すよ?」


 金の話をしてたらいたたまれなくなったのか、伊藤さんが手を上げて言った。


「いいのか?遠慮しなくていいんだが」


「いいよ。そろそろ気になって来たから」


「……そうか」


 奢って貰うのが心の負荷になるのなら、こちらの押し付けで奢るのもよくないと思い、大人しく伊藤さんの意思を受け入れた。


「恵子、点数稼ぎしてる」


「ふ~ん」


 小林さんと鈴木さんが何か呟きながら伊藤さんを睨んだけど、俺は意味が分からない振りでスルーした。


 逆に伊藤さんに流されて自分も自腹にすると言わない二人って割と図太いと感心している。


「それよりも恭一、私に何か言う事ない?」


「ん?」


 ユカの言ってる事が一瞬分からなくて首を傾げたが、すぐ意図に気付いた。


 そういえばユカは今、普段は着ないメイド服姿だった。


 なるほど、感想を求めているのか。


 ただそのメイド服のデザインは……


「そのメイド服、流石に胸元開き過ぎてないか?メイド服は家事手伝いで着る服だからそういう露出は本来の用法から離れてる気が……」


「真面目か!そういう事じゃないでしょ!」


 ですよねー


 仕方ない。ちょっと恥ずかしいが。


 俺は立ち上がってユカにこっそり耳打ちした。


「………俺は彼氏として、ユカがそういう服着てるのをあまり他の男たちに見せたくないんだよ」


 くうっ!


 イチゴ以外の女の子にこんな甘ったるいセリフを吐く事になるとは!


 胃袋の中身も吐きそう!


「……もう!そういう事は先に言いなさいよ!」


 ユカは照れたのか、顔を真っ赤にして俺の背中を叩きまくった。


「流石に恥ずかしいんだよ。……あと、俺の飲み物はブラックコーヒーに変えてくれ」


「?いいけど。じゃあオーダー入れるから」


 怪訝な顔をして、ユカはキッチン区画に向かった。


 俺もまた席に着くと、伊藤さんたちから白い目で見られた。


「葛葉くん……もしかして斎藤さんと付き合ってるの?」


「いや、付き合ってない」


 伊藤さんの質問をすぐ否定した。


 真っ赤な嘘だけど。


 でも半端に濁したら肯定するように見えるからな。


 俺とユカが付き合ってるって知られたら、イチゴとかアリアさんとの関係で色々困るから、隠すしかない。


 ……って丸っきり三股クズ男の言い訳じゃないか。


 いっそ全部ぶちまけてイチゴとだけ付き合ってしまおうか……、いや、それをしたらアリアさんの反撃が怖いからしないって何度も決めてたはず。


「でもさっきの、どう見てもカップルのじゃれ合いだった」


「そうそう!それに何度も葛葉っちにお弁当作ってあげたし、絶対何かあるでしょ!」


 しかし俺の言葉が信じられない小林さんと鈴木さんに問い詰められる。


 まあ、さっきのを見られたら仕方ないか。


「あれは服のほつれを指摘したから恥ずかしがられただけだ。弁当は……斎藤さんが勝手に作って来てるだけだから」


「へえー」


 伊藤さんたちは納得出来ない表情だったが、それ以上は追及して来なかった。


 それにしても今の俺って……クズい!


 まるで女友達をキープする為に本命彼女を隠して言い訳してるクズ男そのものだ。


「ふう………」


 思わずため息が出た。


 もう嫌われて絶交になってもいいからイチゴの所に帰っていいかな……。


 この後、ユカが注文を持って来たが、前につけているエプロンが胸元を覆い隠す物になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る