第52話 Wデート[前編](彩香side)


「じゃ、いってきます」

「うん。気をつけてね」

「せっかくなんだ。楽しんで来いよ」

「うん。ありがとう」


 お父さんとお母さんに見送られ、家を出て駅に向かう。今日私が八神くん達と遊園地に行くと話した時、最初は反対されたらどうしよう、って思ったけど、むしろ快く私を送り出してくれた。

 たぶん、八神くんのことはうちの両親も知ってるし、その彼の友達の二人ということで、安心してるんだと思う



 駅に着いて、約束してた時間の電車に乗ろうとしたら、八神くんを見つけた。どうやらホームに降りてきて、私を探してた様子で、そんなの当たり前なのかもしれないけど、そんなことでもいちいち嬉しくなってしまう


 八神くんと一緒に席に行くと、柊くんと彼女さんが待っててくれて、初対面の彼女は簡単に挨拶してくれた。

 上城さんは少し身長も私より低いくらいの、可愛らしい女の子で、その屈託のない笑顔は、女の私から見ても癒されるものがある


 四人で楽しくお話しながら、あっという間に目的地の駅に着いて、そこから遊園地を目指して歩く


 中に入ると、さすがに春休み最後の週末だし、園内は私が思ってた以上に混雑してた


 最初のうちはジェットコースターなんかの絶叫マシンをみんなで乗ったんだけど、待ち時間の間も八神くん達と話してると、それもすぐ自分達の番になって。

 子供の頃にも来たことはあったけど、こうして親のいないところで、友達だけで来て、というのも私には新鮮で楽しかった


 ふと前を見ると、柊くんと上城さんは手を繋いで楽しそうにおしゃべりしてて、それを見ちゃったら、私も手を繋ぎたくなったんだけど、やっぱりそれはまだ…

 そう思ってたんだけど、


「二人、仲良いね」

「え…うん。もういつもあんなだよ」

「…いいな」

「え?」


 あ…つい心の声が……


「い、いや!なんでもない!」

「そ、そう?」

「そ、そうだよ!?」


 焦りながらも、どうにか取り繕うのに精一杯なのに、私の動揺を無視して、八神くんは心配そうに顔を覗き込んでくる


「大丈夫?疲れた?」

「へ…」

「なんならちょっと休もうか」

「うぅ…へ、平気だから…」

「本当に?」

「本当に…」


 ちょ、ちょっと…顔…近くない?

 たぶん、その気はないんだろうけど、無駄に、いや、無駄じゃないけど…、私的には距離が近い。

 だって…なんとなく八神くんの匂いがするんだもん…

 ああ…もう、こんな所で…


 私は慌てて俯くと、少し顔を背けて、心臓のドキドキを彼に悟らせないよう、手に力を込めてなんとか耐える


(ずるいんだから…もう…)




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 その後すぐにお昼を食べることになり、私達は目に付いたバーガーショップに入った


 午前中に乗ったアトラクションの話で盛り上がり、食べ終わって少しして、そろそろお店出るかな、って時に、


「じゃあ、お昼からは別々に行こっか」

「「え?」」


 柊くんは当たり前のようにそう言う


「ふふ。二人とも息ピッタリね」

「「え!?」」


 隣に座ってた上城さんが、それに乗っかって楽しそうにそう言われ、照れる私…


 でも、二人はもう付き合ってるんだし、やっぱり二人だけの時間も欲しいだろうし…

 うん…私はもちろん…八神くんと二人きりとか…その…う、嬉しいんだけど…


 そんなことを思ってたら、柊くんは八神くんに「じゃ、行く前にちょっといい?」と声をかけて、私達から離れて少し話すみたい。

 私がそれをなんとなく見てると、


「七瀬さん、私も、ちょっといいかな」

「え?う、うん、もちろん」


 上城さんにそう言われ、私も彼女と二人で話すことに


 男の子達が離れて、向こうで何か話し始めたのを確認すると、上城さんも私に話しかけ始める


「遥斗くん、いい子だよね」

「え…うん、そうだね…」

「七瀬さん…遥斗くんのこと…その、好きになってくれた?」

「え!?」

「あはは、ごめんね、今日初対面なのに、こんな急に」

「あ、あの…」


 まあ、私が分かりやすいと言えばそうなんだろうけど、いきなりそんなことを言われると恥ずかしいし、それに、いくら同い年の女の子でも、初対面だし、少しモヤモヤするものも感じてしまう。でも、


「もし、もしね、七瀬さんが、本当に遥斗くんのこと想ってくてれるんなら、待っててあげて欲しいの」

「え?それってどういう…」

「えっと…奏汰にも頼まれてるし、私も、もう遥斗くんにあんな想いさせたくないし…」

「だから、それってどういうこと?」


 つい私は彼女に詰め寄るようになってしまった。上城さんは笑顔のまま、でも、ほんの少しだけその表情を曇らせる


「うん。あのね…」




 彼女の話は、それはたぶん、よくある子供の頃の話。


 八神くんと仲の良かった女の子がいて、よく一緒に帰っていたりしたそう。それを見てた男の子達が面白がって、「お前のこと好きなんじゃないか」なんて言い出して。あまりにもからかわれたものだから、八神くんも変に意識するようになっていって。

 そしてある日その子に、「勘違いしないでね。別に好きとかじゃないから」って言われたらしい。

 またそれを男の子達が面白がって彼をからかって、そして…


「たぶん遥斗くんはそのことを覚えてない…というか、記憶から消してるんだと思うの」


 そう。そんなのどこにでもある話だと思うけど、高校生になった今その話を聞くと、それはとても残酷な、そしてそれは、彼の心を傷付けるには、十分な出来事だったのだろう


「だから、お願い。もし、本当に遥斗くんのことが好きなら…」

「うん…分かった…」


 上城さんは相変わらず笑顔だったけど、その頬には一筋の涙が。

 そして私も、たぶん同じように涙を流していたと思う


「話してくれて、ありがとう…」

「うん。なんかごめんね」

「ううん。本当にありがとう」

「じゃあ、彩香ちゃん?」

「え!?」

「あはは。だって、もう友達でしょ?」

「…うん。そうだね、莉子ちゃん」

「うん!」




 そろそろ二人がこっちに戻って来そうなので、私達もそれを出迎える。その姿を見つめていると莉子ちゃんが


「じゃ、遥斗くんのこと、よろしくね」

「うん」

「あ!あと、さっきの話はもちろん…」

「うん、分かってるよ」

「それから、さっきは待っててあげて、って言ったけど、待てなくなったら…我慢しなくてもいいんだよ?」

「っ!?」


 莉子ちゃんは少し舌を出して、悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言った


 そんな…そんなこと言われても…!




 柊くんと一緒に手を繋ぎ、歩いて行く莉子ちゃん達を見送りながら、私は隣にいる八神くんの方に少し向くと、彼も同じように私を見てて、なんとなく複雑な顔してるけど、でもせっかく今こうしてここにいるんだから


「じゃあ行こ?」


 私は自然と彼の手を取り、歩き出していた。たぶん莉子ちゃんのおかげで、吹っ切れたんだと思う


 私が少しずつでも、君の心の氷を溶かすことが出来たら……そして、いつか…



 この時の私は、もちろんいろいろと思うことはあったけど、それよりも、今から八神くんと一緒に、二人きりで回れる嬉しさと、こうして隣にいられることに幸せを感じていた





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