第11話 無詠唱魔法はロマンの塊

 クレアは試合が決まってから数日間、ずっと無詠唱魔法の練習をしていた。

 元々教えてはいたけど、目標ができた彼女は恐ろしい速さで無詠唱魔法を二つ使えるようになった。


 使う魔法はホーリーシールドをアレンジした物。

 ホーリーシールドの触れる光の形を変えて出現させる魔法。

 本来は盾のように誰かを守れる魔法にしたかったらしい。

 でも今回は少し違った形だ。


 私とクレアはモロック様を挟み込むように動いていた。

 モロック様は私の魔法を防ぎながらも、クレアが宝物に辿り着かないように意識を二つに割いている。


 この状況が実は私達の作戦。

 無詠唱魔法は自分で魔法をイメージを作って発動させるので、慣れていないととても時間がかかる。


 クレアが宝物を狙う素振りを見せながら、実は時間稼ぎをしていたのだ。


 そんなことは勿論知る由もないモロック様は、私の魔法から体を守るように盾で体を隠しながら後ろ歩きで宝物の場所までジリジリと後退している。


 クレアの準備が整った。後はいつ仕掛けるか。タイミングはクレアに任せている。




 クレアが強化された体で急に走り出し、モロック様の剣が当たらない距離で背中をダガーで攻撃する素振りを見せる。

 私の魔法を防ぎ続けているモロック様は迎撃のために剣を振るったが、あたることなく結局クレアは撤退した。


 そして数秒後、モロック様は急に態勢を崩し、背中から倒れそうになる所を体を捻って横倒しになった。


 さっきのクレアの行動、その本命はモロック様の進路上に光の球を無詠唱魔法で作って置いておいたのだ。

 野球のボールより少し小さいくらいのサイズの奴。


 想像してほしい。

 両手は剣と盾を構えていて、腰を落とした状態で後退している最中に野球のボールを踏んでしまう状況を。


 モロック様は背中の水袋が破れてしまわないよう横倒しになったのはすごいと思った。

 素晴らしい状況判断と身体能力だと思う。

 しかも、横倒しのままですかさず盾を構えるのだ。

 素直に称賛したい。


 しかし、この状況……。


 はっはっはっ! ここからずっと私のターンっ!


 足、足、胸、足、足、胸ぇぇええええ!!


 ちょー楽しーっ!!


 私は直接ダガーで水袋を狙えそうな位置までどうにか移動し、ちょこちょこと位置を変えながら魔法を撃ちまくる。

 モロック様が起き上がる時に隙を見せたら水袋を攻撃できるように目を光らせながら。


 この隙にクレアに宝物を取ってもらえば、勝ったも同然だろう。

 モロック様と宝物までの距離は十メートルもないけど、今の状況なら安全に奪取できるはず。

 クレアも同じことを思ったのだろう、宝物目掛けて駆け出す。


 すると、モロック様は私達の想像を超えてきた。

 一発の魔法をあえて被弾し、宝物の位置までたどり着いたのだ。

 気迫が違う。

 これが男のプライドとでも言うのか……。


 こうなると、戦況はひっくり返える。

 こちらから正攻法で攻めて勝つことは不可能に近い。

 近づいても近づかれても負け。

 距離を取っていてもいずれ魔力が切れたら負け。


 正直、最終手段を出すことになるとは思わなかった。

 スイフト様が太鼓判を押してくれた切り札を使うしかない。

 私はクレアに合図をする。


 ウィンドカッターを使う間隔を変える。

 さっきまでは五秒毎に使っていたものを、十五秒毎に。

 三回程そのペースで魔法を使っていると、モロック様に気づかれる。


 モロック様は木剣を腰に下げ、宝物を抱えてこちらに前進してくる。

 クレアが光の球をまた作って投げるが効果はない。

 なんか微笑ましい。


 クレアの魔法で身体能力を強化している私だが、足が遅いのは自覚している。

 少しずつだけど距離を縮められていた。

 それほど走っているわけではないのに、「ぜえぜえ」と口に出てしまう自分が恨めしい。


 勝てるって、油断、したな?


 大分距離が詰められた所で、ウィンドカッターの詠唱間隔を五秒毎に戻す。

 そして三回目、あり得るはずのないことが起きる。

 モロック様の背中にある水袋が破けたのだ。


「モロック、背中の水袋が破れたぞ。動くなっ!」


 ジョルジオ様の鋭い声が飛ぶ。

 何が起こったのかわからない様子のモロック様。

 私とクレアはモロック様の所へ駆け寄る。

 あぁ、まじ苦しー。息切れが止まらない。


 息を整え、モロック様の前に私が左、クレアが右に並ぶ。

 そして、観客の方へ向きを変え、声を上げる。


「「私達の」」


 右手を胸の前の辺りに持っていき、左手は腰に。


「「勝利ですっ!」」


 叫ぶのと同時に右手を思いっきり頭上へと振り上げ天を指すっ!


 そして、無詠唱魔法を発動!


 私が風を吹かせるっ!


 クレアが光の魔法でキラキラとエフェクトを発生させるっ!


 ジャジャーン!!


 私とクレアの周囲にだけフワリと風が舞い、髪と制服を揺らして背後には光の粒子が煌めく!


 これが、無詠唱魔法だっ!!




 若干? 滑り気味な気がしないでもないけど、私達の勝鬨に観客がワーッと声援を返してくれた後、再びモロック様に向き合う。


「モロックさん、帽子を渡してください」


 未だに少しぜはぜは言っている私ではなく、息を乱していないクレアがモロック様に告げる。


「や、やめろ……。これは……」


「モロック様は私達に勝てば、宝物を壊すつもりでしたね? それは男らしく、騎士らしくないのではないですか?」


「モロック、勝負だ。渡せ」


 往生際が悪いモロック様にジョルジオ様が正論を通す。

 モロック様は苦渋の表情を滲ませながらクレアに帽子を渡した。

 帽子を受け取ったクレアは、その帽子をボフッと可愛らしく叩いた後、座り込んでいるモロック様の頭へと被せた。


「遺恨を流すための勝負です。ここで新たな遺恨を作ってもしょうがないですからね。ちゃんと謝罪してもらえれば、私はそれでいいですから」


「あ、あり、がとう……。これは、ロランが友情の証にと誕生日にくれたものなんだ……」


「ロラン、だと?」


 さっきまで苦しかったはずの荒い息はピタリと治まった。

 その代わり、思わぬ名前を聞いたせいで体が怒りで震え出す。

 とっさにモロック様から帽子を奪いとり、空に向かってブン投げる。


「吹き飛べええぇぇぇ!!!」


 無詠唱魔法で追い打ちをかけ、帽子は星になった。






「あったっ!あったよーっ!」


 あの後クレアとサラにむちゃくちゃ怒られ、帽子を探すハメになった私。

 試合は昼前であったにも関わらず、もう日は傾き始めていた。


「お姉様、ちゃんと謝らないとダメですよ?」


「お嬢様、さすがにあれは如何なものかと思います」


「あ、うん……。ロラン様の名前が急に出るものだからつい」


 しょんぼりとしながら試合をしていた場所に戻る。

 観客はもう帰っているが、ジョルジオ様、モロック様、スイフト様が雑談していた。


「モロック様、申し訳ありませんでした。こちら、お返しします」


「言いたいことはあるが、クレアが言った通り、今日は遺恨を流すための試合だ。その謝罪を受け入れよう。


 そして、クレア、フローレンシア。数々の非礼許してほしい。今後、同じことをしないとこの場の皆に誓おう」


「はい。その言葉、お受けします。これからはクラスメイトとして仲良くして下さいね」


 天使のような笑顔で謝罪を受け入れるクレア。


 惚けるモロック様。




「フローレンシア! 最後のは魔法だろう!? あれなんだったんだ!?」


「あれですか。無詠唱魔法ですよ。実体化、効果範囲、強弱色々とできるんですよ。光の中、風に棚引く乙女二人。とても綺麗でしたでしょう?」


「それじゃない!」


 苦々しい表情のジョルジオ様。デスヨネ。


「水袋の方でしたか……。わたくしもっと色々な演出を考えているので殿方の意見を頂きたかったのですが……。とはいえ、水袋の方も難易度は違えど、無詠唱魔法には変わりません」


「詳細は教えてくれないのか!」


「無詠唱魔法は個々人の努力の賜物ですから。というより、明確にお伝えするのが難しいです。それに、ミステリアスな方が女は魅力的でしょう?」


 先程より顔が歪むジョルジオ様。

 解せぬ。


「わたくしが使った魔法の詳細を正確にお伝えする言葉は持ちませんが、無詠唱魔法についての知識やわたくしの見解でしたら後日お教えすることはできます。学院では無詠唱魔法については基本的に教わりませんしね」


「わぁ! 私は是非知りたいですっ」


「ふ~む。実際にあの魔法を訓練に取り入れたかったのだが……。無詠唱魔法の知識深めれば訓練に取り入れられるかもしれないな! よし、教えてくれ!」


「わかりました。それでは明日の授業が終わったらに致しましょう」


「はいっ、お願いします」


「頼んだぞ!」

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