第9話 公爵令嬢、アリス嬢と会う

 ローラン様とマクシム様の私に対する評価が高いのは嬉しいけど、再三そういう事を話しをしてるって言うのはやっぱりアリス嬢の事があるからだよね。


 私はまぁ、アランとは婚約者同士であっても元々は家同士の繋がりだと思っている。


 アランは子供の頃は大好きと言ってくれていたし、私だって子供心に彼の事を好きかなと思っていたけど、ある程度大きくなって来てからは、アランには小言が多いと言って煙たがられていた感じだったし私だって未来の国王として勉学に励んでくれずに私を避けるようになったアランに、どう接して良いか分からなくなってたくらいだから、近頃は恋愛感情による結び付きはお互い無かったのではないかと思う。


 だから、アランがアリスさんに惹かれても、それをどうこうとは思わなかった。側室を迎える王侯貴族は多いし、アリスさんの事をアランが本気で考えているなら、側室に迎えれば良いと思っていたくらいだ。焼き餅を焼くような間柄では無かったのだ。


 ただ、今の婚約者を蔑ろにして新しい恋人ばかり構っていては、未来の国王としての品格に関わると思って少し小言を言いたかっただけのだ。わざわざ他の貴族に軽く見られる必要は無いのだから。


 しかし、その気持ちが元で階段から転落して中身が入れ替わってしまうなんて、露ほども思わなかったけどね。


 さあ。これからアランとしての私は、アリスさんとはどうお付き合いすれば良いのかしら。少なくとも私は彼女に恋愛感情はない訳だし、第一、アランと彼女がどの程度の仲なのか、それすら知らないのだ。


 彼女の事は何と呼んでいたのかしら? アリスと呼び捨てかしら? きっとそうよね?


 校舎に向かう中、そんな事を私は頭の中で考えていた。



 校舎まで戻ると、丁度午前の授業の終わりを告げる鐘が鳴り、授業を終えて開放感に溢れた学生達が教室から出てきて食堂に向かうのが見えた。


 ここ、シェロン王立中央学園では、沢山の貴族の子息令嬢達が全寮制の宿舎に入り生活している。これは中央からと地方からの生徒に差が付かないようにという理念に則っている。食事についても同様だ。食堂は男子寮と女子寮のどちらからでも通いやすいように、中央校舎の横に作られており、全員がそこで食事を出来るようになっているのだ。


 食堂と言っても、豪華な玄関とロビー、そして中央にホールを持つ一棟の立派な建物になっていて、立派な校舎の建物にも全く引けを取らない。学生達はブッフェスタイルで好きな物を取ってホールのテーブル席に着いて食べるという、割と自由な様式となっている。天気の良い日にはテラスに出たり、中庭のベンチで食事を出来るようにもなっていた。


 食堂の玄関ホールに入ると、多くの学生達、とりわけ王子の派閥の子息令嬢達から声をかけられた。皆、階段から転がり落ちたアランと私を心配する声で、その一つ一つに「俺は問題無い、大丈夫だ」と返しておいた。ただ『私』ことレティシアについては、気を失っていた事もあって念のためしばらく公爵家で休んで様子を見る事になったとだけ答えた。


 そんな声がひと段落した頃、一人の少女が私に近づいてきた。アリス嬢だ。


 彼女はスカートの裾を広げ、軽くカーテシーをして話しかけてきた。心配げな表情で、ちょこんと膝を折る仕草はどこか小動物を思わせて可愛らしい。私とは違うタイプで、アランはこういう可愛らしい所に惹かれたのかと思った。


「アラン殿下。朝、レティシア様と階段から転がり落ちたと聞きました。私、びっくりしてしまって。すぐにでも殿下の元に伺いたかったのですが、男性の救護室に運ばれたと聞き、どうする事も出来ずにお待ちしておりました。お加減はいかがでしょうか?」


「ああ、皆にも言ったのだが、俺は大丈夫だ。ピンピンしているぞ。」


 予めどう言おうか考えていた文章を、さもアランが話すように笑いながら答えた。


「レティシアの方も意識は戻って大丈夫そうなのだが、侍女が公爵家に連絡を入れていたからな、しばらくはあちらで休むよう伝えたよ。」


「殿下もレティシア様も大丈夫だったのですね。良かった!」


 アリスさんは、心から安心したと言うような安堵の息を吐き、笑顔を見せた。が、その後、すぐにまた不安げな顔をして告げてきた。


「殿下・・・実は私、殿下にお謝りしなくてはいけないことがあります。殿下とレティシア様は、なにやらお話しで揉めて階段からお落ちになったと聞きました。もしかしたら、私がレティシア様から嫌がらせを受けたとお話ししてしまった事を気になされていて、それで揉めてしまったのでは無いでしょうか?」


「うん?」


 そんな事があったの? だからアランはあの時、私がアリスさんに嫌がらせをしているとか言ってきたのね? でも、私、そんな事してないわよね?


「実は、殿下にお話しした後、友人達にも話したのですが、友人達は私とは違った見方で・・・レティシア様は私にアドバイスを下さろうとしていたんじゃないかって言ったんです。」


 あぁ、私がアリスさんに、婚約者がいる殿下に公の場であまりにもアピールしているとお互い愛人同士のように見られてしまうから止めた方がいいよって言ったあれの事かしら。他の貴族から軽んじられますよって言ったこともあったわね。


「私はレティシア様が焼き餅を焼いていて、殿下に近づくなっていう嫌がらせを言ってきたのかと思ってしまったんですけど、友人からはレティシア様は正論をおっしゃっていて、あなたと殿下に品を落とさないようにと気をつけるよう伝えてらっしゃったのよと窘められました。

 私も冷静になってみたらもしかしたらそうなのかなって思って・・・殿下に変に告げ口したようになってしまって申し訳ありませんでした。反省しております。」


 そうかぁ。私はアランに焼き餅なんて焼かないからね。完全なる勘違いみたいだ。私の方だって、これっぽっちも嫌がらせなんて意図は無かったし。お互いすれ違ったみたい。


 それにしても、そういう事をきちんと謝れるなんて、アリスさんも良い所あるじゃない。感心したわ。ちょっと上目遣いで瞳を潤ませている所があざといかなって思うけど。


 さて、私はここでどう返すのが正解なのか。一瞬悩んだ後、あざとさにはあざとさで返す事にして、今は随分目線の下になっているアリスさんの頭に右手をポンとおいて言った。少し覗き込むように見つめるのも忘れない。


「そうか、お互いの勘違いだったか。思い過ごしで良かった。確かにあの時その話しでもめそうになったんだ。でも大事に至らなかったのだから良しとしよう。きっとレティシアだって大丈夫だ。」


「きゃっ。・・・殿下・・・お、お顔・・・近いです。」


 ポンっと顔から火が出るのかと思う位、アリスさんは顔を真っ赤にして固まった。


「ははっ。アリスはいい娘だね。レティシアとも仲良くしてやってくれ。それではな。」


 そう言って、ローラン様とマクシム様と食堂に向かった。我ながらちょっとくさかったかな。まぁ、これくらい良いでしょう。


 ローラン様には「やり過ぎですよ。」と言われ、マクシム様には「イケメンめ!」と笑いながら小突かれたが。



「・・・殿下・・・格好良い・・・大好き・・・。」


 胸元で両手を組んで、真っ赤になって固まったままのアリスさんの呟きは、残念ながら私の耳には届かなかった。

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