第8話 魔王、同棲する
三階にある俺の部屋へと向かう途中。俺の後ろを着いてきていたセイリンが不思議なことを言い出した。
「そう言えばわたくしって、一応軟禁されなくていいんですの?」
「……どういう事だ?」
「だって、わたくし最初に誘拐されたときは軟禁されるみたいでしたし。どうして今回は普通に部屋を頂けるのかなぁ、と思いましたの
「いや、軟禁って……」
つい数十分前のことを忘れてしまっているのかこいつは?
武力で
「それに、軟禁でしたら、ボル様にずっと見ていただけるのではないかなぁっと思いまして……」
ぽっ、と顔を朱色に染めながら、恥ずかしそうに身を悶えさせるセイリン。
俺は無言で見届けて、声音を一切変えないように気をつけながら言った。
「普通に部屋差し上げます。どうぞご自由に使ってください軟禁なんてできません、はい」
――――――――――――――――
俺が住む魔王城の三階は同じくらいの広さの部屋が四つの方角それぞれに一部屋ずつ存在している。
そして、俺の部屋は南の方角の部屋。理由は特にない。
「俺の部屋はそこ。好きな場所を自分の部屋にしてくれ」
「じゃあわたくしはここにしますわ!」
そういって迷いなく指さしたのは、西の方角の部屋。俺の部屋と扉が向かい合わせになっている部屋だ。
「わかった。それじゃあ、荷物は俺の魔法で大広間にあるセイリンの部屋の残骸をそのまま移す。それでいいか?」
「うーん。なんだかちょっと物足りませんわね……」
「物足りないっていうと、物がか? それだったら急いで取り寄せさせるが」
「あ、いえ、物は最低限でもいいのですけれど、せっかくなので、運びずらい物だけを魔法で移動させてくれませんか?」
「どうしてだ? それ以外は手で持っていくって事か?」
「はい、せっかくならボル様と一緒に運びたいなぁっと……」
どうしてだかセイリンは顔を俯かせ、落ち着かない様子で白く細長い指を遊ばせていた。断るなんて選択肢はまずないのだが、単純にどうしてそんなに面倒なことをわざわざするのだろうか。
「どうしてそんな面倒なことを。一秒で終わることだ。それに、魔力の心配をしてくれているのなら……」
「い、いえ、そういう事ではないのですけれど。なんとなく、ボル様と一緒に運んだら、同棲をする恋人みたいだなぁっと、思い、ましたので……」
きゅうっと恥ずかしそうに体を丸めながら、そう言い切ったセイリン。髪の隙間から見える耳が、まるでリンゴのように真っ赤だ。
まぁ、それくらいなら、良いか。
それにしても、
とても頭がバグりそうだ。
「それくらいならいいが、俺にも魔王としての仕事がある。だから、三往復までだ。それ以外は魔法を使う」
「本当ですの! ありがとうございますわ! ボル様っ!」
目を細め、白い歯を惜しげなく晒しながら、満面の笑みを浮かべた。その笑みを見て、ほんの少しだけ俺も笑みが漏れそうになった。
――――――――――――
三往復分の荷物運びが終わり、残りの荷物を俺の魔法で運ぶ。運び終わった頃。ほのぼのとした時間を過ごした後には、自分の責任を果たさなければならない。
まず、魔王として、最後に聞いておかなければならないことがある。
部屋の整理をしていたセイリンに、意を決して後ろから声を掛ける。
「セイリン」
「はい? どうなされまして?」
「セイリン、お前は俺に魔王で居てほしいと言った。だが、魔王である俺が負けたと知られたのならば、部下である魔族たちに示しが付かなくなってしまう。情けない話だが、俺がセイリンに負けた、ということは誰にも言わないでほしい」
精一杯の誠意を込め、頭を下げた。セイリンの姿は見えない。
見えるのは床に敷かれたカーペットのみ。一秒、また一秒と時間が過ぎ、その度に緊張が厚塗りされていく。
だが、意外にもセイリンは慌てふためいた様子で答えを出した。
「わっ、わたくしこそ、あんなはしたない真似が知れ渡ってしまいましたら、ボル様の結婚相手として、相応しくないと思われてしまいますわ! ですから、わたくしの方からも、口外は無しでお願いいたしますわ」
ふんわりとチークを塗したように、セイリンの頬がピング色に染まる。口外しないことは約束してくれたが、恥ずかしがっているのだろうか。
でもそんなことはさておき。
なんで既に結婚することが決まっている??? 俺は一度もオッケーをした覚えはないが????
……まぁ、今は好きに妄想させておこう。
今言って
多分……。
「……感謝する。それじゃあ、俺は後処理に行ってくる。自分の部屋で自由にしていてくれ」
「え? 後処理って、もしかして、わたくしの……やつですの?」
「その通りだ」
「うぅっ、申し訳ありませんわ……ここに来る途中は周りが見えなくなっておりましたの……」
本当に申し訳なさそうに顔を俯かせるセイリン。この時間を使って少しは反省してもらうことにしよう。
「それじゃあ行ってくるから部屋で大人しく……」
「わたくしも行きますわっ!!」
「……ん?」
「わたくしのやったことですから、何かお手伝いをやらせていただきたいのですわ!」
「……いや、部屋に居てくれれば全然……」
「行かせてくださいまし!!!!」
「……はいぃ」
こういう時に暗黙のパワーバランスが出てくるのがとても痛い。すごく痛い。
でも断って
はぁ、全くなんという奴を攫ってしまったのだ俺は。
気付けば、深い深いため息が勝手に漏れ出していた。
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