未来の予定


 到着した後発隊の荷馬車も到着し、貴族街にも物資を配り終えた頃には、すでに空がオレンジ色に染まろうとしていた。


 貴族街ではやはり文句を言い始める輩も多かったけれど、私と旦那様がそんな家には顔を出すことですぐに黙ってくれた。

 冷酷公爵と鉄仮面令嬢の噂も捨てたもんじゃないわね。


 アルトの実家であるグレンディ子爵家では、子爵と夫人が辺境でのアルトや私のことを心配してくれていた。

 ベルゼ公爵家で執事としてしっかりと働いてくれていること、屋敷の人間だけでなく領民にも馴染んで、よく笑っていることを伝えると、ホッと肩を撫で下ろしていた。

 そして暖かい紅茶を、物資を配りに来た騎士団やベルゼ領の全員にまで振る舞ってくれた彼らは、紛れもなく貴族の中でも貴重な良心の固まりだと言えるだろう。


「ベルゼ公爵、夫人」

 背後から爽やかな声で呼ぶのは、綺麗な深い青色の瞳の男性。


「トレイル騎士団長か」

「全隊、貴族街も配り終えました」


 そう言って姿勢を正すトレイル騎士団長に、ロイド様が頷く。

「すまんな。騎士団のおかげで、大きな障害もなく今日中に配り終えることができた」

「いえ、これも冷酷公爵の顔のおかげ、ですよ」

 そう冗談めかしてあのロイド様に言えるトレイル騎士団長は、ロイド様と親しい間柄なのであろうことがうかがえる。


「あの、お二人はお知り合いで?」

 私が尋ねると、ロイド様は「あぁ、そういえば紹介していなかったな」とつぶやいてから、トレイル騎士団長の肩をトンと叩いた。


「アーガスト・トレイル騎士団長。ベルゼ領の生まれで、テオドールの実の兄だ」

「テオドールの!?」


 あの忍者のお兄様!?

 そういえば目の色は同じだけれど、トレイル騎士団長は生真面目そうな硬派なイメージ、テオドールはどこか飄々としたイメージで、だいぶ雰囲気は違う。


「あぁ。二人とも、俺の幼馴染でな。アーガストは剣の腕を買われて騎士団に入団。テオドールは変装術と隠密術を学んで、俺の側近兼執事見習いになったんだ。王都での情報収集も、テオドールに力を貸してくれている。お前の実家でのことも──っと、なんでもない」


 私の実家でのこと?


「何でしょう? ロイド様?」

 気になる。

 私は笑顔を貼り付けてロイド様の腕をがっしりとホールドする。


「なっ、お、おいこら、あんまりくっつくな!! しゅ、淑女が、はしたないだろうが!!」

耳まで真っ赤にして目を吊り上げて声を上げるけれど、そんなの私には効かない。

 冷酷公爵の本当の顔を、私は知っているのだから。


「あら、はしたなくなんてないですよ? 恋人同士は普通にすることですし、それ以前に私たちは夫婦ですもの。それよりもロイド様、今の話は? お話いただけるまで離しませんからね?」

「っ……お、お前なぁ……」


「くっ、はははははははっ!!」

 押し問答を繰り広げる私たちを前に、トレイル騎士団長が大きな声で目に涙まで浮かべて笑った。


「あのロイドをこうまでさせるとは……っはは、なかなか面白い奥方だ」

 トレイル騎士団長はひとしきり笑ってから、今度は真剣な表情で私たちをまっすぐに見た。


「ロイド。お前が幸せそうでよかった。──夫人。ロイドを、よろしくお願いします」

そう言って私に向かって頭を下げる。

「アーガスト……」


 ロイド様はこれまでたくさん辛い思いもしてきた。


 幼い子どもにはどうしようもないほどの冬の飢饉。

 信じていた母親や、屋敷の使用人たちの裏切り。

 父親の自殺。


 その結果人嫌いにもなった。

 だけど、彼には屋敷の皆だけじゃない、こんなに本気で思ってくれる人がいてくれたことに、私は心から安堵した。


「はい。もちろんです。末長く、ロイド様のおそばに居させてもらう予定ですから」


 そう言って私は、隣でなんとも言えない表情を浮かべる旦那様の顔を笑顔で見上げた。

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