第一章 桃太郎の誕生 5

「……なんです? これは毒じゃないんですか?」


 キジ尾がその液体を見て素直に声に出す。

 確かに私にもそう思えた。どう見ても毒にしか見えず、毒以外の何物にも見えなかったが、あえて口には出さずにおいた。


「珈琲です。鬼ヶ島でだけ収穫出来る果実を焙煎して作った飲み物です。鬼ヶ島の気候でしか栽培出来ない貴重な実なんですよ。味は苦いですが慣れると美味しく感じられ、くせになるんです」


 店員の男性が説明してくれるも、匂いは独特な匂いでなんとも言えない飲み物だった。口に入れて飲むと確かに苦く、うっすらと酸味を感じた。


「うえー、本当に苦い。これがくせになるの? 匂いも強いし、何これ?」


 猿彦が舌を出しながら顔を潰し、嫌な味だと言い続ける。


「眠気覚ましや集中したい時、気分を上げたい時に飲むのも効果的なんです。口に合わない方も多いですので、無理せず残して頂いても大丈夫ですので」


 そう店員が告げ、こちらの珈琲で料理は最後ですと伝え、戻っていった。


「うーん、私はどうも慣れそうにないな。独特の酸味と匂いは分かるがくせにはなりそうにないな」


 そう言うと、みんな同じように賛成した。


「料理はとっても美味しかったんですが、この珈琲だけは不思議と駄目でしたね」


 でも料理は本当に美味しかったです、と犬助が感想を述べた。

 飲めるぶんだけ珈琲を飲んだ後、支払いを済ませお店を後にした。


「では次は、猿の言っていた大衆遊戯場に行こうか」

「どんな所か気になるなー」


 猿彦の言っていた大衆遊戯場にみんなで行ったが、主な遊技場は賭け事が中心であった。

 大切なお金がすぐになくなってしまうからと、「やってみたい」と言う猿彦をなだめて賭け事はせずに、結局その場をすぐに離れた。

 代わりに氷菓アイスクリームという菓子が露店販売をしていたので、それをみんなで買った。そして、美味しい美味しいと口々に言いながら食べた。

 最後はキジ尾の希望していたお店を見て回るを行った。お店は色々あって様々なものが商品として販売されていた。

 服、靴、日用品、家具、雑貨などなど。数え切れない種類の物が売られていた。

 沢山歩き回り、店先に並ぶ様々な服を見ていた時、太陽が沈み始め夕方になっていることに気付いた。

 一日がとても早かった。一日居ただけだが、私はこの村の虜となった。

 まだまだ知らないことは多いだろうし、鬼ヶ島も見ていない。図書館で色々と学んでみたい。したいこと、やってみたいことが私の中で山のように浮かんでいた。


「ねえ、みんな。私はここにしばらく暮らしてみようと思うんだ」


 思わず口にしていた。このまま帰ってしまうのは口惜しく、もったいない気がした。


「え? 桃太郎さんここで暮らすんですか。お父さんとお母さんが心配しますよ?」


 そう問い返すキジ尾に話す。


「お父さんとお母さんには手紙を出して、近況を伝えれば納得してくれると思う――」

「僕もここに住んでみたい!」


 犬助が私の言葉を遮り、強く言い放った。


「どれぐらい住もうかとかは考えてないんだけど、僕もここに住んで美味しい料理をもっと食べてみたいんだ」

「俺だって他に知らないこと、面白いことを知りたい。賭け事だって今日出来なかったし、もし残るっていうんだったら、俺も残る」


 猿彦も同様にここで住んでみたいと、みんなの顔を見ながら話した。


「僕もそうさ。色々な服やお店を今日は見ただけだけど、もっと見てみたいし、買って着てみたいよ」


 キジ尾も同じように思い残したことを口にした。

 みんな私と同じように初めて見たこの大きく発展した村、この社会について感慨無量だった。人と鬼たちがともに生活をし村を大きく繁栄、発展させているこの社会にはみんなが酷く興奮し魅了されていた。


「じゃあ、みんなこうしようか。一緒に住まいを借りて、一緒にしばらく住むってのは?」

「賛成です!」


 犬助も猿彦もキジ尾も一同、快諾してくれた。

 私たちは、いろは村にしばらく住むことに決めた。まだ自分たちが知らないことを多く知ってみたいという好奇心に満ち溢れていたのだ。

 そして、犬助、猿彦、キジ尾とともに一緒に暮らせるよう、部屋がいくつもある大きめの共同住宅の一室を借りた。

 お父さんとお母さんに持たせてもらった幾ばくかの残りのお金と、使う必要のなくなった防具や鎧、陣羽織、刀、服飾品などを売ったお金を合わせると、この村でしばらくは暮らしていけるだけのお金が十分に出来ていた。

 夜、暖かな布団に入っても、私は興奮でなかなか寝付けることが出来なかった。

 いろは村での光景を思い出す。

 村で初めに会ったおじいさんが言っていた通り、鬼たちは人と変わらなかった。

 肌が赤、青、緑、黒、白、黄色と違っていたり、おでこの上から一本の角か頭の両脇から角が出ているかの外見の違いはあった。

 でも、言ってしまえばそれしか違いはなかった。人と鬼は何ら変わらず暮らし、一緒に日常生活を送っていた。

 鬼退治の必要など毛頭なかった。

 私はここで何が出来るだろうか。大成を成しみんなの喜びと成すことをしてみたいと思う。

 でも、まず何をすれば良いのかすら分からない。

 少し考え、まずは知らないことを知ろうと決心した。勉強をして色々なことを知ってみなければ。

 本が読め、学べる所も知った。十分に勉強し学べる時間と環境は揃っていた。

 今のこの環境を十二分に活用していかなくてはと思い至りながら、私はゆっくりと眠りに付いた。

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