第60話 翔平の奥さん
「もっと、2人きりになれる所、行かんか?」
夜、いつものベンチで語らっていると、海斗が七海の指に自分の指を絡ませる。その甘い囁きに七海は視線を逸らせなくなる。
海斗は返事を待たずに七海の手を引き連れ出した。暗いロビーを通り、外に出ようとしたその時、背後から鼻歌を歌いながら声をかけてくる人物が現れる。2人はそれに驚き、繋いでいた手を離して振り向いた。異様なテンションで声をかけてきたのは板場の梅本だった。
「よぉ!そこの御両人!こがな時間からどこに行くが〜?」
仕事終わりに大浴場で風呂に入ってきたのだろう。Tシャツ短パンという
「お…お疲れ様です!梅本さんもここでお風呂入って行かれるんですね…」
「そうちや!けんどのう、風呂よりもおまんらの方が熱いね熱いねぇ!おい海斗!おまんにええ知らせがあるがよ!」
「なんちや…」
海斗は面倒そうに顔を顰める。
だが梅本はおかまいなしで話し続ける。
「うちの葛西くん、はじめは関口さんがタイプやぁて気に入っちょったけんど、綺麗さっぱり諦めたらしい!ほんで最近は別の子にご
「ふ〜ん…。けんど梅本さんの言うことやき、全部信じてええもんか、わからんちや」
「何を言いゆー!おいら、嘘はつかんちや!」
「アハハ!私は梅本さんのこと信用しています。でも葛西さんのいい人って…」
七海がそう言いかけると
海斗がそれを遮った。
「もうこの話はええき、行くぜよ」
「梅本さん、おやすみなさい」
並んで出ていく2人に向かって
梅本は最後にこう叫んだ。
「邪魔したのう!いい夢見ろよ!あばよ!!」
・
外へ出た2人は、
海斗の車に向かって歩き出す。
「梅本さんって、いっつも面白いですね」
「面白いいうより、やかましいいうか…」
「それよりも、葛西さんのいい人って、神田さんのことかなぁ。そうだったらいいなぁ」
七海が嬉しそうにそんな話をしていると、海斗は少し不貞腐れた顔をし、車のドアを開けて七海を助手席に座らせる。海斗は運転席に座ると、鋭い眼差しを七海に向ける。
「どうしたんですか?何か怖いです…」
「葛西くんの相手が神田さんやったとして…」
「はい…」
「神田さんがおらんようになったら、また七海のことを好きになるかもしれん…」
月明かりだけが頼りの車内。
その中で海斗の不安そうな表情が見え、
七海は彼の手に自分の手を重ねる。
「大丈夫です。私の気持ちは変わりません」
「そがな事わからんき…」
「どうしたら信じてもらえるかなぁ」
七海が困ったように笑うと、
海斗は七海の腕を引っ張り力いっぱい抱きしめる。
「人に見られちゃいますよ…」
「こがな時間に誰も
駐車場の隅に停まっているこの車は、
宿泊客の車に囲まれていた。
海斗は七海の頬を両手で包み顔を近づけるた。
「七海を俺だけのものにしたい」
助手席のシートを倒し、七海に覆い被さる海斗。
月が高くなり傾くまで愛。だけの時間が続いた
翌朝、忙しい1日がまた始まる
朝食の準備をしている七海達であったが、夜更かしが祟った七海はついあくびをしてしまう。すると橋本がニヤニヤしながら話しかけてくる。
「あれ〜?寝不足ですかぁ〜?夜遅くまで何してたか正直に言いなさい!」
「べ、別になにもしてないよ!」
そこへ神田も加わる。
「ずいぶん遅い時間にお帰りだったみたいだけど?」
「それは…ちょっとお喋りしてたら遅くなっただけ!」
2人にからかわれながらも、
七海は気合を入れて仕事を始めた。
「ほら手動かさないと!堂ヶ島さんからまた怒られるよ?」
「はいはい、続きはまた後で!」
「詳細求む!」
「も〜!いい加減にして!」
外に出て最後の客を見送っていると
そこへ金剛福寺の住職・翔平が自転車に乗って現れる。
「おっ、小娘トリオ!朝早うから頑張っちゅーのう」
のらりくらりとやって来た翔平に
七海と橋本、神田が駆け寄って行く。
「翔平さん、こんな時間に何かご用ですか?」
「もしかして、またおサボりですかぁ?お坊さんなんだからお寺に居なきゃダメじゃないですか!」
「そうですよ?お寺のおつとめに精進してください!」
3人から矢継ぎ早にそう言われた翔平は
自転車を降りて怪訝な顔をする。
「おまんらぁは小娘の分際で小生意気なこと言いよって!俺はのう、ちっくと奥さんに用事があるがよ。俺の奥さんおるろう?早う呼んどーせ」
翔平の口から『俺の奥さん』という言葉が出てきた。
それに対して3人娘は首を傾げる。
「翔平さんの奥さん?」
「はぁ?誰のこと?」
「もしかして…奥さん、ここで働いてる人なんですか?」
「おいおい、まさかと思うけんど俺の嫁はん知らんのかえ?おまんらぁの教育係しちょったやろ?」
翔平はそう言ってドヤ顔を見せる。3人は教育係というワードで、それが誰なのかすぐにわかり、声を揃えてこう叫んだ。
「え〜!?」
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