【遠藤初陽視点】借り物競争⑤

 やって来ましたァ、体育祭!

 今日こそは決めてやるぜ! とぎゅっとはちまきを締める。何ならふんどしだって締めたい気分の俺である。


 やはりコトを起こすならイベントなのである。

 相も変わらずあの『矢×夜』と来たら、なんやかんやでちょいちょいイチャつく癖に、ちっとも進展しないと来たもんだ。何が恐ろしいって、何となく良い感じだなと思えば必ず邪魔が入る上に、その後は一旦感情もリセットされるのか、「前回あんな感じで邪魔が入ったけど、今回はその続きからスタート!」ってことがないのである。毎回仕切り直しなのだ。どういうこと?!


 こいつらの短期記憶に何かしらの問題があるのかもしれないが、そこを議論したって始まらない。俺が出来ることは、一分一秒――いや、一話でも早くこの二人をくっつけて、なんやかんやでくっつくまでのじれじれもだもだを楽しむのではなく、次のステップ、付き合ってからの甘々イチャイチャを楽しみたいのである。


 そうと決まれば、黙ってなどいられない。それがこの俺、ハッピーエンド請負人・遠藤初陽だ。今回こそハッピーエンドにしてみせる。


 というわけで、今回は何かと都合よく進められるよう、体育祭実行委員に立候補した俺である。


 なんやかんや根回しをして、南城を借り物競争に出場させることに成功したので、ここは一つシンプルに、借り物札で想いを伝えてもらう作戦でいこうと思う。


 南城のレーンに置いた札は『大切な人』。良いでしょう。これくらいのシンプルさで良いでしょう。


 それで、重要なのは南城と一緒に走るモブ共である。絶対にこいつらに邪魔されたくはない。今日の俺はもう鬼神だ。推しカプ成立のためならば、手段を選ばない。というわけで、他のやつらモブ共の札は少々難易度を上げさせていただいた。それが嫌なら、お前らが南城よりも速く走り、どういうわけだか無理やり南城のレーンに侵入してその札を取れば良いだけのことである。別に、他のレーンの札を取ること自体は問題ではない。ただ、それが出来ないなら、己のレーンの札に従うしかないわけだが。


 不安要素としては、サッカー部エースの村井である。こいつも結構速いのだ。あと、特進クラスの癖に何か馬鹿なんだよな。いわゆる勉強の出来る馬鹿というか、力業の馬鹿というか。まぁ、神田もある意味勉強の出来る馬鹿ではあるんだけど、それは置いといて。南城の方が速いので、何事もなければ札を取られる心配はないが、力業でお題をこなしてしまう可能性がある。そこで、念には念を入れ、村井の札は★★★★★レベルにしておいた。たぶん大丈夫……だと思いたい。


 ムキムキ体育教師寿都すっつのピストルで、選手が一斉に走り出す。おお、やっぱり南城はクソ速い。何であいつ陸上入らねぇんだろ。よしよし、想定通りに札を取った。良いぞ。そんで一目散に神田の元へ走ったな。オーケーオーケー完璧だ。さぁ! とっととそのピンクのはちまきで互いの足をキュッと括り、肩なんか組んじゃって、仲良くゴールするんだ! この場合のゴールはもうアレだから。そういう意味での『ゴールイン』でもあるから! 俺はもう心の中でクラッカーも鳴らしまくるし、脳内でくす玉も割って屋上から『お幸せに!』って垂れ幕もダララララッて下ろすし、イマジナリー白い鳩も飛ばすし、あの空き缶がガラガラついたオープンカーも手配するから! あっ、その前に神父か! だよな! アハハ!


 が、油断は出来ない。

 どんな時だって俺の想像の斜め上を行くのがこの『矢×夜』なのである。今回はどんな刺客が現れるか……、


 と思ったら、二人仲良くすっころんだァ――!!

 お前ら、いつもは息ぴったりじゃねえか! なぜそれをここで発揮しない!


「遠藤、どうした?」

 

 自前のオペラグラスを片手に固唾をのんで見守っていると、寿都が心配そうに声をかけて来る。


「先生、お気になさらず」

「いや、気になるだろ」

「先生は次の走者を誘導したり並ばせたりしてくださいよ」

「いや、どちらかというと、それはお前の仕事というか」

「見てわかりませんか? 忙しいんですよ! こっちはね、瞬きすら我慢してるんですから!」

「知るか、お前の瞬き事情など。だが、まぁ、一応気持ちだけは汲んでやろう。お前は今日まで何かとよく働いてくれたしな」

「わかってくれれば良いんですよ」


 やはり日頃の行いが物を言うのである。

 まぁ、『何かとよく働いていた』のは、推しカプ成立のための裏工作部分がその大半を占めるんだけどな。胸が痛むぜ。嘘。微塵も痛まねぇ。だって俺、鬼神だから。


「ン゛ン゛ッ!」


 何やらごそごそごとやっていた『矢×夜』に動きがあったのである。さっと腰を落とした南城が次に立ち上がった瞬間――!


「行ったァァァァァァ!」

「なっ、ど、どうした遠藤!?」

「お気になさらずゥゥゥゥ!」

「気になるわ!」


 お姫様抱っこだ――!

 種目会議で二人三脚orお姫様抱っこを強く推した数日前の俺グッジョブ! 愛してる! 愛してるよ俺! 天才か俺! いやぁ、それほどでもないよ俺!


 うはァ――! 堪りませんわ! 推しカプのお姫様抱っこが見られるなんて眼福眼福! よっしゃオーディエンス! もっとはやし立てろ! そんで、あいつらをもっと意識させるんだ! 俺だって本当はマイクを片手に実況したい! 南城選手、神田選手をお姫様抱っこでぶっちぎりの一位だァァァァ! とか言いたいよ。クッソ、マイク貸せよ放送部ゥ! お前らあれ見て何も思わないわけ? 良いんだよ、他のやつらが難易度★★★☆☆~★★★★★の札で右往左往する部分にはいっそ触れなくても! むしろこっちだろ!? 痩せ型とはいえ、自分よりでけぇ同級生お姫様抱っこして何であんな走れるんだよアイツ! 愛の力か?! って声を大にしてアナウンスするところだろうがよ! お前もうマイク置け! 普通の男子校生に戻れよ!


 超人的な力を発揮してぶっちぎりの一位ゴールを決めた南城は、神田を抱っこしたまま、駆け足で校舎の方へと向かって行った。これはもしや、看病イベント発生なのではあるまいか? アレだな?! BLの定番シチュ、何でかわからないけど保健室で二人きりになるやつ! オーケーオーケー、ここで決めるんだな、南城! そうなんだな?!


 とはいえ、そんな都合よく二人きりになんてなれるわけがないのである。そりゃあ本物のBLであれば、なんやかんや上手くいって、常駐しているはずの養護教諭が席を外すことになっているのだが、現実はそう甘くない。


 甘くないのだが、そう、ここにはこの俺がいる!

 ハッピーエンド請負人、またの名を推しカプ成立見届け人、そして鬼神と化した遠藤初陽がな!


 養護教諭邪魔者なんて無理やりにでも席を外させれば排除すれば良いのだ!


「ククク……、南城、神田……今日こそは……」

「遠藤、大丈夫か? お前ちょっと働きすぎなんじゃないか?」


 勝利を確信し一人ほくそ笑んでいると、寿都が心配そうに覗き込んで来た。


「ふふふ、大丈夫ですよ寿都先生。先生は景気良くピストルでもパンパン鳴らしててくださいよ」

「いや、それがそうもいかなくてだな」

「どうしました?」

「いや、あれを見てみろ」


 彼が指差した方を見ると――、


 いまだにコースの途中で選手達がうだうだしている。


 しまった!

 札が難しすぎたか!

 ていうか、お前ら、そんな律儀に守んなよ! 何かテキトーで良かったはずだろ!

 

 橋田! お前のは『いまだにかーちゃんのことを【ママ】って呼んでるやつ』だろ? 俺には出来ない……っ! あいつを売ることなんて……! じゃねぇんだよ! とっとと売れ! ていうか、知ってんのか!


 三田! お前のだって『アルファベット柄のトランクスを履いてるやつ』だったはずだ。そんな難しいか? あいつのパンツを晒すわけには……っ! って、いや、晒す必要はないしな?! 


 そんで村井! お前のはマジでごめん! それは時間かかると思っ……って、お前はお前で何とかなったの!? もう紺野と二人三脚してやがる! むしろお前すごいな!?


 村井がゴールしたタイミングで、さすがに残りの走者が切れ始め、それに応援席のやつらが悪ノリして、グラウンドは阿鼻叫喚の乱闘騒ぎに発展した。


 ええい畜生! こんなことしてる場合じゃないのに! 鎮まれ、モブ共がぁぁ!


 いや、待て。

 むしろこれは好都合だ!

 このチャンスを活かすんだ、俺!



★次回予告★

 なんやかんやで負傷した夜宵を保健室へと運ぶ矢萩!

 これはBLのド定番『保健室で二人きり』コースか?!

 けれどそこには校内人気ナンバーワンのセクシー美人養護教諭(♂)が!

 鬼神と化した遠藤が、今回もナイスアシスト?!


 次回、『なんやかんやで体育祭を楽しむ二人・保健室編』

 ご期待ください!


 と、その前に番外編をどうぞ!

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