なんやかんやで体育館倉庫に閉じ込められた二人
【南城矢萩視点】倉庫閉じ込めシチュ①
体育館倉庫である。
俺の目の前には、バレーボールがぎっしり詰まったカゴや、ずらりと並んだハードルがある。体育館倉庫なのだから当たり前だ。
なんやかんやで俺と
「困ったね、
不安そうに眉を下げ、夜宵がへにゃりと笑う。その弱々しい笑みに、胸がギュッと締め付けられる。くそっ、これはこれで可愛いとか思ってしまうのは何なんだ。
時刻は十七時を過ぎたところだ。さっき、『ゆうやけこやけ』が流れていたから間違いない。運悪く本日はテスト最終日だったために、部活動も休みだ。ウチの学校はテスト最終日も部活がない。「どうせお前達、徹夜で勉強したりして疲れてるだろ? 今日はもう早く帰ってゆっくり休め」というありがたい配慮というやつだ。まぁ、あったとしても俺も夜宵も帰宅部なんだけど。
諸々の解放感から、生徒達が足早に下校する中、俺と夜宵は、空き教室で駄弁っていた。
お互い、親にテスト日程を間違えて伝えていたらしく、弁当を持ってきてしまっていたのだ。持って帰って家で食べるのも味気ないし、ということで、担任に事情を話し、職員室には近付かないこと、食べ終えたら速やかに下校することを条件に、空き教室を使わせてもらっていたのである。
もちろん、先生に交渉してくれたのは夜宵なんだけど。やっぱりこういうのは日頃の素行が物を言うのだ。いや、俺だって見た目はこうだけど、一応真面目にはやってるんだぞ? ただ結果が伴わないだけで。
とにもかくにも、もちろんその約束通りに、食べ終えたら速やかに下校するつもりだった。けれど、教師達しかいない校内はひっそりとしていて、何だか非日常感がある。そんな雰囲気にあてられて、「教科書とノートを広げていたら、もし見つかってもそこまで怒られないのではないか」なんて浅はかな提案で、もう少し、もう少しと他愛のない話をしているうちに数時間が経過した。
それで――、さすがに帰ろうという段になったのだが、せっかくの非日常感である、ここまで来たらもう少し羽目を外してやろうぜ、みたいな空気になったのだ。
体育教師の
それで、確かめに行ってみないか、ということになった。夜宵は真面目君ではあるが、案外こういうことには乗ってくれるのだ。むしろ、きらりと眼鏡を光らせて、「先生達に見つからないルート、僕なりに考えたんだけど――」などとかなりノリノリだったりして。
で、こっそり忍び込んで何やらやっているうちに、施錠されてしまった、と。さすがは夜宵の考えたルートだ。ばっちり見つからなかった。ばっちり見つからなかったが故の結果だ。
そんな状況下に、いま置かれている。
生徒は皆下校しているし、教師達は採点作業で職員室にこもっているだろう。
俺達は、マットを敷き、跳び箱を背凭れにして並んで座っている。拳三つ分くらいの距離をあけて。
閉じ込められてどれくらい経っただろう。最初は余裕をかましていたが、『ゆうやけこやけ』が聞こえ、陽も落ち、気温も低くなってくると、だんだん不安になってくる。いまはまだ平気だが、本格的に夜になったらまずい。実は俺、暗いのちょっと……駄目なんだよな。
「困ったな」
「まさかどっちも荷物全部廊下に置きっぱとはね」
「そうなんだよな、クソっ、スマホあの中に入ってるのに!」
「僕もそうなんだよね。だから、助けを呼ぼうにも……。でもさ」
そう言って、夜宵は扉を指差した。
「
「確かにな」
「中を開ければ個人を特定するものが入ってるし、そうしたら親にも連絡は行くだろうし。さすがに探してくれるでしょ」
「じゃなかったら、俺は親を恨む」
「だからまぁ、気長に待とうよ。ジャンパーもあるし」
着てて良かったよね、なんて言って、夜宵は肩を擦る。寒いのかもしれない。こいつは昔から体温が低めで寒がりなんだった。体質のせいなのか、どんなに食べても太れないし、筋肉もあまりつかないとかで、全体的に肉が足りていないのである。そりゃあ寒いよな。
「もっとこっちくれば」
「へ?」
「い、いや、その、別に変な意味じゃなくてさ。夜宵、結構寒がりじゃん。風邪引きやすいし。くっついてた方が多少温かくねぇ?」
「うん、まぁ、そうだけど。なんか虚弱みたいで恥ずかしいな」
照れたようにそう笑いつつ、ずりずりと距離を詰めてくる。肩が触れた程度で温かくなるか、と言われたら、ぶっちゃけそうでもないのだが。
ないと思っていたのだが。
暑いのである。
いや、熱があるとかじゃなくて。
何ていうか、興奮しすぎて?! 絶対いま俺体温三十八℃くらいあるって!
ていうか、夜宵めっちゃ良い匂いするんだけど! こんなの思春期の男子から香って良いやつじゃねぇから! 『自称・C組のビューティー枠』の
なんで俺がこんな興奮して暑くなってるんだ、と思わないでもないのだが、好きなやつと例え一部でも密着していればこうなるわけで。いや、夜宵が寒がってたら意味が――、
「な、なんか暑いね」
暑いとな!?
えっ、やっぱり俺の体温そこまで届いてた!? だとしたら四十℃くらいあるだろ! 学ランも着て、さらにジャンパー着てんだぞ!?
隣を見ると、夜宵はジャンパーのファスナーをきっちり上げて鼻から下をすっぽりと隠している。露出している部分が真っ赤だ。いや、暑いならファスナー下ろせば!?
じゃなくて!
「や、夜宵!? 熱でもあるんじゃないかお前!? 真っ赤だぞ!?」
慌てて前髪を掻き分け、額に触れてみるが、思った以上に熱くはない。
「ないってば、大丈夫。でもさ」
す、と夜宵の手が伸びる。何だ何だと思っているうちに、ひんやりと冷えた手の甲が俺の頬に触れた。その冷たさに、びくりと身体が震える。震えたのは冷たさだけではないけど。
「萩ちゃんだって顔真っ赤じゃん」
「そ、そそそそれはその、何ていうか」
「何ていうか……何?」
眼鏡の奥の潤んだ目で、じっと見つめられる。頬に触れていた夜宵の手は、俺の首を滑って、そのまま肩に着地した。
何かを訴えるような、伝えようとするような、そんな顔を見れば、もしかして夜宵の方でも俺のこと好きなんじゃないだろうか、なんて勘違いしてしまいそうになる。
そんな都合の良いこと、あるわけがない。だって俺、男だし。
だけどもし、いま俺が手を取って、それをあいつが拒まなかったら?
勘違いじゃなくて、確信になるんじゃないだろうか。
いつまでも親友のままじゃなくて、もし、その先に進めるなら。進めるものなら、進みたい。一歩が贅沢なら半歩でも良い。
そんな欲が出て、肩の上の夜宵の手を掴んだ。
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