第073話 フワフワ草 ★
「なあ、ヨシノ、あれが例の男か?」
リンが立ち去っていく沖田君の後ろ姿を見ながら聞いてくる。
「そうだ。どう思う?」
「変なところはなかったと思う。やたら視線が下に行く子だと思うけどね」
それは私も思った。
沖田君、相変わらず、私の胸ばっかり見てくる。
「一応、言っておくけど、あれ、私達と同い年だよ」
「へー、ルーキーなんだろ? 遅くに始めたんだな……」
私達と同い年ということは26歳だ。
冒険者を始めるには遅い。
「そうみたい。ねえ、リンは沖田君に勝てる?」
「わからない。でも、剣では無理。まったく実力がつかめなかったし、いつでも斬ってきていいよって言われてるのかと思った」
リンは幼なじみで一緒に父から剣術を習った同門だ。
実力はある。
「物腰は柔らかいけど、やけに好戦的なんだよね。私と最初に会った時もそうだった」
「良いことだけどね。フロンティア内で他人を信用するのはバカのすることだし」
新人はそのあたりがわからないから簡単に騙されたりする。
フロンティアには自衛隊の警備がいるものの、基本的には危険なのだ。
「やっぱり沖田君がエレノア・オーシャンはないかな……テレビで見た感じと大きく違う」
「いや、そもそも性別が違うじゃん。その説、無理ない?」
「最近の特殊メイクはすごいらしいし、それかなーと思ったんだけど、さすがにないか……」
いくら顔は誤魔化せても身長は誤魔化せない。
テレビで見た限りでもエレノア・オーシャンは身長が沖田君ほど高くない。
「まあ、でも、声をかけたのは正解だったようだね。コンタクトが取れそうじゃん」
「カエデ繋がりか……」
沖田君とカエデが同棲していることは調べていた。
それに大学も一緒で仲が良かったのも調べた。
ギルドで偶然、再会し、付き合いだした…………別に変じゃない。
「付き合ってないってのはよくわかんないけどな」
私もわからない。
男女の仲ではないのか?
いや、それはないか……
「まあね。とにかく、沖田君の周囲の調査はもういいわ。カエデが関わっているし、これ以上はマズい」
ギルド職員に変なことをすると、資格はく奪もあり得る。
それはAランクだろうが、関係ない。
ギルド職員の保証は世界で決められたことなのだ。
「じゃあ、黄金の魔女からのコンタクトを待つか?」
「そうね。まずはギルド本部との関係回復が第一」
国会議員の進藤先生とウチの野中のせいでレベル2の回復ポーションの契約がおしゃかになった。
「私達が本部と繋がっていることを話す気?」
「どっちみち、知ってるでしょ。向こうにはサツキ姉さんがいるしね」
というか、私が池袋ギルドから移籍した理由は当時、新宿ギルドの支部長だった現本部長にヘッドハンティングされたからだ。
あの人が次の本部長になるって言われ、お金の匂いがしたから移籍した。
おかげでサツキ姉さんに恨まれたけど。
「じゃあ、魔女のスカウトは無理って感じ?」
「無理。そこは本部長も納得している。だったらどうにかして繋がりを持つしかない」
「それでアイテム袋を買うわけか」
「まあ、それは単純に欲しいから」
アイテム袋はいくらあっても困らないし、100キロならパーティーで共有できる。
「交渉を頑張ってね。相手はあの黄金の魔女だし。騙されて黄金に変えられないように」
怖いことを言うなー……
「ねえ、ウチのパーティーに男を入れてもいい?」
ウチのパーティーは女子しかいない。
「は? 沖田君か? なんでまた?」
「情報を知ってそうだし、カエデを引き込めるかもしれない」
「いや、私はいいけど、沖田君が頷くか? 少なくとも、絶対にサツキさんが止めると思うぞ」
そうかもしれない……
沖田君が強いのはサツキさんも知ってるだろうし、止めるだろう。
「無理かなー?」
「あんたが色仕掛けしたらコロッと転がるんじゃね? 気になっていたようだし」
リンがじーっと私の胸部を見てくる。
「嫌だよ。私はそんな安い女じゃない」
「雑誌で写真とか撮ってたじゃん」
「普通のやつね」
水着とかはしていない。
そこまでの自信はない。
…………本音を言うならば、もう一桁上のギャラを払ってくれたらオッケーだった。
「じゃあ、普通に誘うか? どっちみち、同じことじゃん。彼女持ちを誘い、一緒に冒険する。そして、次第に仲良くなり、浮気」
「君、そういうのが好きだよね……」
昔から昼ドラっぽいのが好きな子だった。
「まあ、ヨシノの好きにすればいいけど、あまりサツキさんを怒らせるなよ」
「わかってる。リン、あの子達を任せていい?」
私は新人の3人の子を見る。
「せめて、午前中は付き合え。Aランクに見てもらえるって喜んでいるんだぞ。悲しむでしょ」
確かに……
「じゃあ、午後からはお願い」
「はいよ。じゃあ、そろそろ私達も始めよう。まーた、沖田君みたいなナンパが来るかもしれない」
「沖田君はナンパじゃないけどね」
私とリンは新人指導を始めることにした。
◆◇◆
俺は三枝さんと別れると、スケルトン狩りを始めた。
スケルトンはハイドスケルトンと強さは変わらないし、正直、やることは変わらないが、明るいところで見える敵を斬れるのはよかった。
だが、ナナポンがいないのでしゃべる相手がいない。
「やっぱり女子軍団に混ぜてもらえばよかったかなー……」
でも、ちょっと怖いんだよな。
三枝さんもだし、さっきのリンとかいう黒髪ポニテも強そうだった。
多分、三枝さんのパーティーメンバーだろうし、高ランクだろう。
「まあ、いいや」
そんなことよりもフワフワ草を探そう。
俺はまず、さっき調べた形の草を探すことにし、地面を見ながら草を探す。
すると、割かし早めにさっき画像で見た草を見つけた。
俺はカバンから鑑定メガネを取り出し、メガネをかけて草を見てみる。
【エノコログサ】
うん、知ってる。
ねこじゃらしだ。
フロンティアにもあるんだね。
「めんどくさー……」
俺は再び、フワフワ草を探していく。
途中、遭遇したスケルトンを狩ったりしたものの、中々、見つからない。
「あ、沖田君」
後ろから声が聞こえたので振り向くと、またもや三枝さん一行と遭遇した。
「あ、どうも」
「君、下を見て、何をしてるんだい? 危ないよ」
モンスターが出るフロンティアでは警戒もせずに下を見てたら危ないに決まっている。
だが、俺は見えないハイドスケルトンを何体も倒しているのでスケルトンレーダーレベルが高いのだ。
「フワフワ草を探しているんです」
「フワフワ草? 何それ?」
え?
三枝さん、知らないの?
「ヨシノ、あんた、知らないの? ふわふわした草だよ。触り心地が抜群」
どうやらリンさんは知っているらしい。
「へー」
三枝さんはちょっと興味がありそうだ。
「あのー、どこに生えてるか知りません? ネットで見て、一度、触ってみようかと思っていまして」
俺は詳しそうなリンさんに聞く。
「わかる、わかる。気になるよね。フワフワ草は建物の裏とかの日が当たらないところに生えてるよ」
おー!
さすがは黒髪ポニテさん!
「ありがとうございます」
俺はお礼を言う。
「いや、別にいいんだけど、売れないよ?」
「触りたかっただけなんで。これが終わったらスケルトン狩りです」
「ふーん……1人で? 危ないよ?」
「ただの骨じゃないですか」
しかも、トロい。
「まあ、そうなんだけどね。一応、気を付けて。ルーキーは無茶しやすいから」
気にかけてくれていたらしい。
この人、いい人だったのか……
「ありがとうございます」
「うん。じゃあね。ほら、私らも行こう」
「え? 私もフワフワ草…………」
「んなもん、その辺に生えてるわよ。今は仕事!」
リンさんはフワフワ草に興味を持った三枝さんを促し、新人3人の子を連れて、どこぞに行ってしまった。
「よし! 良い情報を聞けたな!」
俺は今度は建物の裏を重点的にフワフワ草の捜索を始める。
すると、すぐに建物の裏に生えているねこじゃらしらしき草を見つけた。
早速、鑑定メガネをかけ、調べてみる。
【フワフワ草】
「おー! あった!」
さすがはリンさんだ!
すげー!
いや、まったく知らない人だけどね。
苗字すら知らない。
俺はまず、フワフワ草を触ってみることにした。
「すっげー。マジでふわふわだ」
ねこじゃらしもふわふわだと思うが、その比ではないくらいにふわふわである。
正直、癖になりそうだ。
「しかし、これで防御力アップは解せんな」
逆じゃね?
防御力が下がりそうなんだが……
まあ、試してみるか。
俺は周囲を見渡し、誰もいない事を確認すると、カバンの中から用意しておいたペットボトルの純水を取り出した。
そして、採取したフワフワ草をペットボトルに入れ、念じる。
すると、ペットボトルが光り出し、緑色の液体が入ったペットフラスコに変わった。
「緑……」
ちょっと嫌な色だが、メロンソーダと思えば、気にもならない。
俺はペットフラスコを開け、作った強化ポーション(防)を飲んでみる。
味は他のポーションと同じで無味無臭だったため、そのまま一気に飲んだ。
「うーん、防御力が上がったのかな? というか、防御力ってなんだ?」
力と速さはわかるが、防御力って何だろ?
硬くなったのかな?
俺は自分の腕をつねってみるが、普通だ。
「うーん、攻撃されないと発動しないのかな? でもなー……」
お試しでスケルトンに斬られるのはごめんだ。
失敗したら下手をすると死ぬ。
「帰ったらカエデちゃんに殴ってもらおう」
俺はカエデちゃんにDVしてもらうことに決め、フワフワ草の採取を開始した。
変なプレイじゃないぞ!
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