第045話 報告 ★


 俺はスマホに登録したハリーのアドレスを開くと、通話ボタンを押す。

 そして、スピーカーモードにすると、スマホから呼び出し音が響いた。


「もしもし?」


 この声はハリーだ。


「はーい、ハリー。さっきぶり」


 俺は外人っぽく軽快に挨拶をする。


「知らねー番号だと思ったが、やっぱりあんたか。早くないか? 何かあったのか?」

「大問題ね。クレアはそこにいる?」

「あいつはお前の所のギルドを見張っている」


 確かにあのスキルだったら怪しまれずに見張れそうだ。


「あなたは?」

「ホテルで待機中。言われた通り、地理を勉強中だぜ」


 そりゃ、ご苦労なことで。


「クレアがいないならちょうどいいわ」

「なんだ? クレアに聞かせられない話か?」

「そういうわけではないけどね。問題っていうのはそのクレアのユニークスキルよ」

「認識阻害か?」

「それそれ。トイレとかお風呂とかを覗かれそうで怖い」


 クレアも女性だけど。


「ははっ! ねーよ。あいつにそんな趣味はねーし、あくまでも認識を阻害するだけだ。お前はあいつを一度認識してるし、注意していればわかる。あれは人間相手にはほぼ初見殺しだからな。まあ、普通の人間やモンスターには有効ってことだ」


 気配や姿を消すのではないわけか……

 じゃあ、問題ないな。


「それは良かった。隣にいるんじゃないかと思ったわ」

「そうしたいが、お前はすぐに消えるだろ。この前も路地裏に行ったなーと思って追っかけたらいなかった。ありゃ、何だ?」


 透明化ポーションを飲んだだけ。


「私、幽霊なの」

「ははっ! …………マジ?」


 ハリーの声のトーンが下がった。


「嘘よ。ばーい! お仕事頑張りなさい」


 俺はそう言って、通話を切った。


「だってさ。問題ないわね」


 俺はスマホをカバンにしまい、カエデちゃんを見る。


「嘘の可能性は?」

「あの筋肉バカにそんな頭はないわよ。今だって、駆け引きゼロよ?」


 最悪はポーションか何かを譲って、聞き出すつもりだった。

 なのに、普通に答えやがった。


「まあ、確かにそんな感じでしたね。じゃあ、ひとまずは安心?」

「だと思う。まあ、私が危険なことには変わりはないし、あんまり外には出ないわ。あ、沖田君に戻ってくる」

「あ、先輩、私はギルドに戻って、ギルマスに報告するんで帰ります」


 俺が腰を浮かせると、カエデちゃんが制して、立ち上がった。

 言われてみれば、ギルドの制服だ。


「えー……一緒に飲もうよー」

「…………残業です」


 あっ……


「ごめん。頑張って……」

「頑張ります。あ、そうそう。明後日、一緒に部屋を見に行きましょうよ。不動産屋から電話がありました」


 おー!

 同棲!


「いいね。じゃあ、明後日に行こう」

「はい!」


 カエデちゃんはとてもかわいい笑顔で頷くと、家を出ていってしまった。


 寂しい……

 沖田君に戻ろ。




 ◆◇◆




「――というわけで先輩は無事です」


 沖田さんの家を見に行った朝倉さんは、ギルドに戻ってくると、エレノアさんが無事であるという報告をギルマスさんにした。

 私とギルマスさんはギルドのギルマスさんの部屋で待機していたのだ。


「ひとまずは良かった。しかし、沖田君はちょっと危機意識に欠けるな……」


 ギルマスさんはホッとしていたが、すぐに呆れる。


「自分の剣術に自信があるんだと思います。何せレベル5ですからね」

「ルーキーで5だからな……ちょっとありえんが、あいつ、そんなにすごいのか?」

「私は一緒に冒険をしていませんし、実際に見たことはないです。ただ、あの人、昔は泥酔すると、人の家のテーブルを包丁で斬ろうとしたり、この電柱なら斬れるって言ってましたね」


 最低だ。

 人の家のテーブルを斬ろうとするなんて…………ん?

 人の家のテーブル?

 ということは泥酔した男を家にあげたの?


 あわわ。

 大人の関係。

 もしかしたら本当にセフレかもしれない。


「うーん、めっちゃ危ない男だな」

「まあ、自慢したかったんだと思います。先輩はそういうところがありますし」

「ふーん…………なあ、ナナポン、あいつって、どんなんだ? 実際に冒険に行っているはお前だ」


 ギルマスさんが聞いてくるが、ナナポンはやめてほしい。

 でも、逆らえない。

 ぜーんぶ、沖田さんが悪い。


「すごいとは思います。見えないハイドスケルトンを普通に斬りますし、途中からは無駄に首を刎ね始めました」


 あれはちょっとやめてほしい。

 いくら骸骨と言えど、人型だ。

 無駄に想像してしまう。


「うーん、まあ、すごいのはわかった。自分の身は自分で守れるってことか……」


 ギルマスさんが微妙な表情をしながら納得した。


「だと思います。フロンティアではナナカちゃんのスキルがありますし、外では透明化ポーションがありますのでひとまずは大丈夫かと」


 別に今さら文句を言うつもりもないけど、私も普通に頭数に入ってる……


「あいつはレベル2の回復ポーションも持ってるしな。まあ、大丈夫だろう。しかし、本当にクレア・ウォーカーとハリー・ベーカーか?」


 ギルマスさんが再度、確認する。


 でも、ギルマスさんの気持ちもわかる。

 私もさっきの説明を聞いて、びっくりした。

 クレア・ウォーカーとハリー・ベーカーと言えば、アメリカのAランク冒険者の中で1位、2位を争うトップ冒険者だ。


「間違いないと思います。ステータスカードを見たと言っていましたし、スマホを使ってその場で顔を調べたそうです」

「じゃあ、間違いないか……有名だし、露出も多い2人だからな」

「ですね…………そんな2人を平気で脅す先輩が怖いです」


 私も怖い。

 色んな意味で怖い。


「カエデ、お前はこっちにいる時のあいつを抑えろ。ナナポン、お前はフロンティアにいるあいつを抑えろ」

「わかってます」


 朝倉さんが自信満々に頷く。


「私に抑えられるかなー…………」


 自信ない。


「大丈夫だ、ナナポン。あいつが無茶しそうになったら自分は自信がないと言え。あいつはあれでも26歳の大人だからお前に配慮する」


 そういやそうだ。

 あの人、26歳か…………

 精神的に幼すぎて意識がなかった。


「あの人、なんであんなに子供なんですかね?」

「冒険者はそんなものだ。まともな大人は普通の職に就く」


 沖田さんを責めようとしたら私にもダメージが来た。


「やっぱりそうですよねー……」


 私が冒険者をやろうと思ったのは楽にお小遣いが手に入ると思ったからだ。

 うん、子供。

 まあ、この前、エレノアさんにとんでもないお小遣いをもらったけど。

 やっぱりエレノアさんは良い人だし、かっこいい。


「まあ、その分、儲かるし、楽しいさ」


 元Aランクの冒険者がうんうんと頷く。


「ですかねー。まあ、わかりました。エレノアさんと頑張ります!」


 沖田さんとは嫌だけど、エレノアさんなら大丈夫!


「そうしろ……さて、こうなったら私も動かねばならん」


 ギルマスさんがそう言って、立ち上がった。


「おー! ギルマス! ついに仕事をしてくれますか!」


 朝倉さんが喜んでいるのを見るに、この人、普段は仕事をしてないようだ。


「まあな。さすがにアメリカのAランクともなれば、本部長に話を聞かねばならん」


 ん?


「それだけ?」


 私は思わず、聞いてしまった。


「動くのは下の者だ。私は上に報告と下に指示する。これが責任者だ」


 まだ大学生の私にはよくわからないけど、随分と楽そうですね。


「頑張ってください!」


 朝倉さんがこれを聞いても嬉しそうなところを見ると、普段はこれ以下。

 つまり、マジで何もしていないんだ。


 こういうところがエレノアさんと違って尊敬できないんだよなー……


「ん? ナナポン、どうした?」


 私が呆れていると、ギルマスさんが笑顔で聞いてくる。


「い、いえ、何でもないです! お仕事、頑張ってください!」

「うむ。私は本部に行ってくるからそれを飲んだら適当に帰っていいぞ」


 ギルマスさんはテーブルに置かれたコーヒーを指差しながらそう言うと、部屋から出ていってしまった。


「ナナカちゃん、先輩をお願いね」


 2人っきりになると、朝倉さんが頼んでくる。


「あ、まあ、はい。頑張ります」


 私って、あんまり仕事をしていないんだけどなー。

 ほぼ見てるだけ。


「あと、巻き込んでごめんね」


 この人は良い人だ。

 すごく良い人だ。

 ナナポンって言わないし。


「いえ、私も取り分がありますし……あれ、そういえば、朝倉さんの取り分は?」


 ギルマスは手数料とかをいっぱいもらっているだろう。

 でも、この人は?


「私はないよ。受付してるだけだし」


 いや、まあそうかもだけど。


「でも、危ない橋は渡ってますよね?」

「大丈夫。先輩のお金は私のお金だから」


 …………前言撤回。

 悪い人だ。


「あ、あの、沖田さんのことをどう思ってるんです」

「んー? 大学の先輩」


 えー……


「同棲するって聞きましたけど?」

「ルームシェアだよ」


 …………一緒では?

 恋愛経験もルームシェア経験もない私にはわからない。


「怖くないんですか?」

「なんで?」

「いや、だって、男の人と住むんですよね? そ、その…………ほら、ヤラれちゃったり」

「別にいいけど…………」


 えー…………


「ビ、ビッチ…………」


 こんな可愛らしい顔をしてビッチすぎる。

 すごい大人だ。


「ビッチ言うな。別に誰とでもじゃないよ。先輩なら良いってこと」


 おや?


「好きなんですか?」


 さっきは大学の先輩って言ってたじゃん。

 いや、好き嫌いには言及してないのか……


「普通にね」

「あのー、参考までに聞きますが、あの人のどこが良いんです?」


 話を聞く限り、良いところがない。

 あ、お金か!


「うーん、楽しい人だしねー。あとは……………………」


 ………………………………。


 黙っちゃった……

 それしかないのかな?

 少なくない?


「やっぱりお金ですか?」

「いや、そこはどうでもいいかな。最悪はかわいそうだから私が食べさせてあげようって思ってたし。先輩も会社をクビになった直後は私のヒモになるって言ってた」


 あの男、最低だな。

 私、あいつ、嫌い。


「そ、そうなんですかー……あのー、お付き合いはしてないんですよね?」

「そういう話はしたことがないね」


 ここがわからない。


「付き合わないんですか?」

「告白してきたらかなー。してくる気配はゼロだけどね」

「そうなんです?」

「するならプロポーズじゃない? 専業主婦にしてくれるって言ってたし。あ、子供も欲しいって言ってた」


 意味がわからなくて頭が痛くなってきた。


 よし! 関わらないようにしよう!


「そうですか…………お幸せに!」


 私の知らない世界だ。


「まあ、そうする。お金はあるし、一生遊んで暮らす」


 勝手にどうぞ。

 あ、でも、私も一生遊べるお金を得られそうだ。

 エレノアさんと頑張ろう!


「良いですねー」

「でしょ? でもさー、ナナカちゃん…………ストーカーはやめなよ」


 何のことやら…………

 私はこの人の言っている意味がさっぱりわからない。

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