第029話 北海道


 俺はカエデちゃんと共に北海道の札幌にある老舗のカニ屋さんに来ていた。


「先輩、見て、見て! おっきい!」


 テーブルの対面に座るカエデちゃんが嬉しそうにカニの足を見せてくる。


「大きいなー。すごいなー」


 カエデちゃんの小顔より大きい。


「しゃぶっちゃいまーす」


 カエデちゃんがカニの足を鍋に入れる。


 しゃぶっちゃうんだって。

 ドキドキ。


「俺もやろう」


 俺はよこしまな気持ちを捨て、カニの足を鍋に入れた。


「どんぐらい入れるんですかね?」

「2、3分って書いてあるな。まあ、適当適当。生でも食えるんだから」

「それもそうですね…………あーん…………うん! 美味しい!」


 カエデちゃんが心底、嬉しそうにカニを食べる。

 俺もカエデちゃんに倣って、カニを口に入れると、カニの旨味が口に広がった。


「すごい! カニカマと違う!」


 美味い!


「先輩、怒られますよー。もぐもぐ」

「せやな。焼いたやつもうめーわ」

「ビールも心なしかいつもより美味しいです」

「だなー」


 来て良かった!

 冒険者を始めて良かった!


 俺とカエデちゃんはカニを堪能しながらビールを飲んでいく。


「いやー、成金っていいですねー」

「ホントだわ。観光もせずに北海道にカニを食いに来るなんて社会人時代は考えたこともなかった」


 北海道は観光名所も多いし、行くところがいっぱいある。

 だが、俺とカエデちゃんは札幌の街並みを適当に見たくらいでロクに観光をしていない。

 本当にカニを食べに来ただけだ。

 まあ、そんなに時間もないしね。


「おみやげを買って帰りましょうよ」

「だなー。まあ、カニは冷蔵庫に入らんがな」


 1人暮らし用だし、サイズはが小さいのだ。


「お金も入りましたし、引っ越します? 冷蔵庫も大きいのを買えばいいでしょ」


 2人共、料理をしないし、ロクに使わんと思うけどね。

 酒と冷凍食品だろうか?

 といっても、ご飯は外食か出前だろう。


「同棲かー」

「ルームシェアですって」


 年ごろの男女のルームシェアを同棲って言うんだよ。

 俺がそう決めた。


「お前の仕事のことを考えると、池袋の近くか?」

「先輩もですけどね。私の家の近くで良いんじゃないです?」

「お前の家どこよ? 俺の家よりお前の家の方が絶対にきれいだし、そっちで飲みたいのに」


 カエデちゃんは頑なに俺を自分の家に招いてくれない。


「先輩、人の家の物を斬ろうとするからダメです。あと、絶対に人のベッドにダイブとかするから嫌です」

「しねーわ」

「あなた、深酒するとするじゃないですか」


 もしかして、大学時代にベッドにダイブもしたのかな?

 俺って、マジで最低だわ。


「もうしないよ」

「まあ、そうでしょうね。あの時は飲み方を知らない学生でしたから」


 ショットとか飲みまくってたしね。


「大丈夫、大丈夫。で、お前の家ってどこよ? 別に行かねーから」


 どうせ、引っ越すし。


「練馬です」

「練馬…………あー、まあ、近いか」


 そこそこ良い所に住んでんな。

 やっぱり鑑定持ちのギルド職員ってもらってるわ。

 絶対に社会人時代の俺より、年収がいい。


 …………そういえば、最初は奢ってくれるって言ってたな。

 あの時は半分本気でこいつのヒモになろうと思ってたんだった。


「じゃあ、そこでいいや。後で探してみようぜ」

「ですねー。あー、食べた、食べた」

「だなー」


 結局、コースとは別に単品も追加注文したし、かなり食べた。

 一生分のカニを食べたと言っても過言ではない。


「美味しかったですね」

「ホントにな。じゃあ、ホテルに戻るか」

「ごちでーす」


 俺達は会計を済ませると、店を出て、ホテルに向けて歩き出す。


「こっちの夜は冷えるなー」


 まだ10月だが、北海道はかなり寒い。


「ですねー。火照った体が冷えてきます」


 隣を歩くカエデちゃんがそう言って、腕を組んできた。


「カエデちゃん、あったかーい」


 いい匂いもする。

 カニの匂いだけど。


「先輩もあったかーい」

「よーし、コンビニに寄ろう」

「はーい」


 俺達はコンビニに寄り、買い物をすると、ホテルに戻った。

 そして、ホテルで預けていた鍵を受け取ると、エレベーターに乗りこむ。

 エレベーター内は俺達以外、誰もおらず、その間もカエデちゃんはずっと俺の腕を組んでいた。

 誰がどう見ても恋人同士である。


 泊まっている部屋がある階層でエレベーターが止まると、俺達はエレベーターを出て、部屋に向かう。


 俺の部屋の前まで来ると、カエデちゃんが腕を組むのを止め、離れた。

 そして、隣の部屋まで歩いていくと、扉の前で立ち止まる。


「……じゃあ、先輩、お風呂に入ったら先輩の部屋に行きます」


 カエデちゃんは頬を染め、上目づかいでそう言うと、自分の部屋に入っていった。


 俺はカエデちゃんを見送ると、部屋に入り、シャワーを浴びる。

 シャワーを終えると、ベッドに上がり、瞑想を始めた。


 瞑想を始めて、1時間ぐらいが経ったと思う。

 時刻は11時前。

 ちょうどいい時間だ。


 すると、部屋をノックする音が聞こえてきた。


 俺はベッドから下り、扉に向かう。

 そして、扉を開けると、そこには髪を上げ、備え付けの浴衣を着たかわいい後輩女子が立っていた。


「どうぞ」


 俺は扉を大きく開き、カエデちゃんを部屋に迎え入れた。


「…………お邪魔します」


 カエデちゃんはゆっくりと部屋に入っていく。

 カエデちゃんが俺のそばをすれ違った瞬間、カニとは違う女の子特有の甘くて良い匂いがした。


 俺はベッドに腰かけると、立っているカエデちゃんを見る。


「座りなよ」

「……はい」


 カエデちゃんは俺のすぐ隣に座る。

 距離が本当に近く、足はほぼ触れていると言ってもいい。

 完全にそういう距離だ。


「いい時間ですね……」


 カエデちゃんも俺と同じことを思ったらしい。

 確かにいい時間だ。


 隣に座っているカエデちゃんは手を伸ばし、俺の手…………ではなく、リモコンを握った。


「さあ、先輩の雄姿を見ましょう! あ、もうちょい詰めてください。テレビが見えません」


 カエデちゃんが俺を押す。


「はーい。あ、何飲む?」


 クソッ!

 テレビなんかどうでもいいわい!


「カシスください」


 俺は備え付けの冷蔵庫からカシスソーダとビールを取り出し、カシスソーダをカエデちゃんに渡す。


「先輩、先輩! 始まりましたよ!」


 カエデちゃんはテンションマックスで俺の腕を引っ張ってくる。

 今日は俺というか、エレノアさんがテレビに出るのだ。


 それを2人で鑑賞する。


「ねえ? さっきのいい雰囲気は何だったの?」

「先輩が喜ぶかと思って」


 うん、良かったよ

 喜んだよ。


「まあ、いいけどさ…………」


 俺は嬉しいけど、微妙な気分になりながらテレビを見ることにした。

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