第028話 本命


 俺はカエデちゃんに案内され、この支部のギルマスであるサツキさんの部屋に通された。

 そして、ソファーでカエデちゃんが淹れてくれたコーヒーを飲む。


「まずはこれが明細だ。落札者がすぐに入金してくれたので取引はスムーズだった」


 対面に座るサツキさんが8枚もある明細書を渡してくれた。

 なお、カエデちゃんは前回と違い、俺の隣に座ってくれている。


「ありがとう。合計は?」

「1億8200万円になった。そこから手数料を引いた1億6380万円がお前のものだ。すでにお前のカードに振り込んである」


 うひょー!


「予想以上に高くなったわね」

「本当だ。まさか、5キロ、10キロもあそこまでいくとは思わなかった。話題性かな?」

「多分、そうじゃない? サツキさんも儲かって良かったわね」

「まったくだ。お前にはもっと活躍してもらわなくては」


 銭ゲバだなー。

 俺もだけど。


「微力を尽くましょう」

「頼む。マスコミはどうだ?」

「うざいわね。でも、まだ盗撮よりかはいいわ」


 声をかけてくるマスコミよりも無断で撮影やネットにつぶやく一般市民の方がタチが悪い。

 単純に不快だ。


「そればっかりはどうしようもない。有名税ってやつだ」

「わかってるわよ。だからエレノア・オーシャンを作ったの」


 もし、これが沖田君だったらエロDVDも借りに行けなくなるし、カエデちゃんとデートもできない。

 そんな生活は嫌だわ。

 俺は表向きは庶民として生き、大金持ちになりたいのだ。


「今思うと、性別を変えるというドン引き行為も納得できるな」


 おい!

 …………隣もおい!

 頷いてるんじゃねーよ!


「どっからどう見ても沖田君には見えないでしょう?」

「まあな。しかし、お前はすごいな。自分をまるで別人のように言う」

「別人だもの。それに完全に切り離せと言ったのはサツキさん」


 ぶっちゃけ、マジで沖田君とエレノア・オーシャンは別人だと思っている。

 性転換したというより、別人に変身した感じだ。

 だって、沖田君ってブサイクじゃないけど、こんなに美人ではないもん。


「まあいい。それと、ヨシノに会ったそうだな?」

「三枝さん? 昨日、クーナー遺跡で会ったわ。沖田君が、だけどね」

「あれは本部長の子飼いだ」


 詳しいな…………


「…………ヨシノさんはギルマスの従妹さんなんです」


 隣に座っているカエデちゃんが耳打ちしてきた。

 ふふっ、くすぐったい。


「従妹? 言われてみれば雰囲気やしゃべり方が似てるわ」

「あれは子供の時、私に懐いていたからな」


 しかし、どっちもAランクになるってすごいな。


「ちなみに聞くけど、あなたも三枝さんもやっていたのは剣術ね?」

「わかるか?」

「もちろん。あなた達が私を見て、わかるようにね」

「ふむ。まあ、そうだ。ヨシノの父親というか、私の叔父が道場をやっていた。今はもうやっていないが」


 最近は子供も少ないしね。


「冒険者用に変えれば? ウチの父もそうやって近所の子に剣を教えていたわ」


 冒険者に憧れる子供は多いから結構、人気だった。


「ヨシノはそう考えて、叔父に勧めていたな。もっとも、叔父が腰をやったんでダメになった」


 あー、腰はダメだわ。

 引退だろう。


「それでその三枝さんが本部長の子飼っていうのは本当?」

「ああ。金だな。あいつは昔から金の亡者だから」


 お前もやんけ。


「似てるわねー」

「ですよね?」


 カエデちゃんもそう思うらしい。


「金は大事だ。それで何を話した?」

「世間話ね。ああ、それとエレノア・オーシャンを探していた。話をしたいのと個人的にアイテム袋を売ってほしいそうね」

「なるほどな…………各ギルド支部が動くと思っていたが、本部もか」


 本部って何をするところなんだろう?


「今度会ったら売っておくわ。あなたの従妹でしょ?」

「好きにすればいい。でも、100キロまでだ」

「わかっているわよ。で? 1000キロはどうするの?」


 今回のオークションでは100キロまでしか売っていない。

 本命は1000キロだ。


「それだ。出したいが構わないか?」

「もちろん。お金はいくらあっても困らない。それにせっかく作ったんだから売らないと」


 輪ゴムをいっぱい入れたんだぞ。

 おかげで手がゴム臭かったわ。


「よし! オークションに1000キロを2個出す」


 サツキさんが宣言した。


「単純に考えれば5億かな?」


 俺はキャッキャしながらカエデちゃんに聞く。


「ですね! すごーい!」


 カエデちゃんもキャッキャする。


「私の目の前でいちゃつくな。やっぱり仮病だな。先輩の家に泊まってたな」


 サツキさんがひがんでカエデちゃんの仮病を責めた。


「違います」

「うん。違う」


 嘘ぴょん。

 でも、サツキさんが想像しているようなことは起きていない。

 プラトニックに泊まったのだ。

 まあ、飲みすぎて潰れただけだけどね。


「まあいい。1000キロをオークションに出すが、エレノアに頼みたいことがある」


 サツキさんはまったく納得してないようだが、話を元に戻す。


「何でしょう?」

「実はお前にテレビ番組に出演してほしいという依頼が来ている」


 テレビ?


「何それ?」

「たまにあるんだが、有名になった冒険者に話が聞きたいってんで、ギルドに依頼が来るんだ。こういうのはギルドを通さないといけないからな」

「ふーん、ここもたまに来るの?」


 ロクな冒険者がいない不人気ギルドじゃん。


「まったく来ない。来るのは渋谷とかだ」


 ほら見ろ。


「私が初?」

「いや、以前はヨシノがいた。あれは私を慕ってこのギルドに所属していたからな。でも、すぐに他所に移った」


 それ、慕われてなくね?

 無理すんな。


「それに私が出ろと?」

「依頼が殺到しているし、表の記者共がうざい。ここが不人気なのは自他共に認めているが、ずっと張っているのにエレノア・オーシャンどころか他の冒険者も来ないと憐れみを受ける」


 もう遅いな。

 俺、女子アナさんに言ったし。


「めんどうねー」

「テレビに出て、1000キロのアイテム袋を宣伝してこい。本命はそっちだ」

「なるほど。話題性を作るわけね」


 いいかもしれない。

 そうなったら企業が大金を出す可能性もある。


「ああ、そうだ。それとお前のためでもある」

「私?」

「簡単に言えば、世論を味方につけろ。世間にお前という存在を認知させろ。お前は存在が非常にあやふやだからどこの誰に何をされるかわからん。消されるとは言わないが、強引に動く者がいるかもしれない」


 エレノア・オーシャンは戸籍がないしなー。

 儲けまくったら早めに退場する予定だが、できることはやっておくか。


「わかったわ。じゃあ、それでいきましょう。テレビってどの番組?」

「どれがいい?」


 サツキさんは立ち上がると、自分のデスクに行き、書類を持ってきた。

 そして、それを渡してくる。


「多いわねー」


 何枚もある。


「ゴールデンはさすがにないが、討論番組とかもある。好きなのを選べ」

「出演料は?」

「どれもほぼ一緒だから変わらん。やりやすいのを選べばいい」


 やりやすいって言われもねー。

 テレビに出たことないし、わかんねーわ。


「もういっそ、記者会見とかないの?」

「お前が問題を起こしたらだな。その時は私も出ることになる。やめてくれ」


 謝罪会見じゃねーよ。


「うーん、どれもわかんないわねー…………」


 俺はさっぱりわからないので適当に決めようと思った。


「表にいた女子アナがいるのはどれ? 美人の人」

「女子アナ? 知らんが……」


 知っとけ。

 そんなんだから若者に置いていかれるのだ。

 たいして変わらんから人のことを言えんが。


「これじゃないですか? 表にいた女子アナで有名なのはこのテレビ局のアナウンサーです」


 カエデちゃんが1枚の紙を指差す。

 俺は出演者の名前を見て、スマホで検索すると、確かにをあの女子アナだった。


「これでいいや」

「先輩、こういう人が好きなんですか?」


 先輩言うな。

 私はエレノアです。


「いや、別に。さっきおきれいですねって言われたから」

「それだけ?」

「別にどの番組でもいいもん。感じは悪くなかったし、まあ、これでいいよ」

「ふーん…………」


 嫉妬か?

 かわいい奴め!


「カエデちゃんの方がかわいいよ」

「はいはい。出演はいつです?」

「えーっと、明後日か……早いな、おい」


 でも、放送は来週だな。


「こういうのは鮮度が大事だからな。だが、ちょうどいい。私はこれから本部にオークションの申請を出すからその番組が放送された直後に告示する」

「いいわね。時間を空けないわけね」

「そうだ。お前はそれまでに情報を漏らすなよ」

「大丈夫よ。当分は沖田君がレベルを上げてくれるから」


 エレノア・オーシャンでレベルを上げる意味はないし、冒険者共がうざい。


「よし! ちなみに聞くんだが、来週、カエデが有給申請を出していることは知ってるか? どこかに行くのか? 親御さんに結婚の挨拶とかじゃないよな? 私はまだ早いと思うな」


 こいつ、小っちぇ…………

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