第22話~荒療治~


「概ねはわかったわ。つまり、太陽がそもそも生命体じゃないかって言いたいのね?それって全然あるんじゃないかしら?宇宙はこんなにひろいわけだし、あらゆる星に生命体なんてごろごろ存在してる。そして未だにこんなにもわからない事だらけなんだから」


遥が空気を変えるかの様にそう力説すると、さらに続けた。


「それにしても、私の目ではどう映るか興味があるわね。明日は私も探査機に乗り込む事にするわ。だからとりあえず、みんなまずは沙羅のケアを受けてから、ゆっくり休んで頂戴。議論はそのあとで沢山しましょう?」


遥は微笑みながら沙羅に目配せをすると、沙羅はそれを受けて、李留に再度声をかけてルームを出ていった。

それを見送った暖とベイとワッカも、自室に戻る事にした。


「沙羅のケアを受ける順番だけど、俺は一番最後でいいよ。俺より明らかにベイとワッカの方が顔色が悪い」


暖がそう言うと、今まで黙っていた真琴が作業の手を止めて立ち上がった。


「じゃあ、暖は私がケアするわ。大和いいでしょう?こちらの作業はまたあとでちゃんとするから」


突然の提案に、暖は驚いた。


確かに、月に来てからの真琴はまるで別人のようだった。自分が知らない間に、色々努力を積み重ねてきたのかもしれないと納得させたものの、まさか、知らない間に、沙羅のヒーリング能力すら出来るようになったというのだろうか?


そんな……いつの間に?


少なくとも幼馴染みの自分が知る真琴は、いつも双子の姉である沙羅のその能力を羨ましがっていたはずだ。少なくとも、こんな事を率先して言う真琴を、俺は知らない。


沸き起こる違和感を、表情に出さない様につとめながら暖は悩んだ。このまま提案を受け入れるべきなのだろうか?それとも………


「もう、本当にめんどくさいな真琴は。とりあえず、みんな沙羅のケアを受けてきてよ。勿論、暖もだ。」


大和の言葉に、暖はほっとしつつ「わかった」と、そう呟くと、真琴に軽く会釈をして、ワッカとベイと共にルームから出ていった。


真琴はそれを無言で不服そうに見つめていたが、気持ちを顕に不機嫌に黙りこむと、席に座りまた作業を荒々しく再開し始めた。



「遥も先に休んできていいよ。そして俺と真琴とあとで交代してくれる?」


「そう?じゃあお願いしようかしら……」


大和に促され、遥も自室に戻ると、ルームには大和と真琴のふたりだけになった。


重い空気の中で、真琴の両指から奏でられるタイピングの音色だけが、空間に響き渡った。


「真琴、沙羅のトレースをしたの?」


大和の問いに真琴が動きを止めた。


でも、すぐに気を取り直すと、平然とパネルを見つめ作業を真琴は続けた。


「もうダメだよ?まだ容量はあったとしても、これ以上は負荷がかかる。出来ればその部分は今すぐ消去した方がいいかもしれない。」


「やり方を教えたのは大和じゃない!」


黙って聞いていた真琴は、気持ちを爆発させて大和に詰め寄った。


やっと誰かの役に立てる喜びを知ったのに、何故そんな事を大和が言うのか、真琴には到底理解が出来なかった。

真琴の両目からは、自然と涙がポロポロとこぼれ落ちた。


「その通りだ。でも、トレースはあくまでトレースなんだ。出来る部分と出来ない部分がある。勿論、今から変わる可能性は秘めているけど、今の真琴では無理だね。現に、俺の作業的能力は模写出来ても、心までは読めてないだろう?」


「それはつまり……私はどう足掻いてもお姉ちゃんみたいにはなれないって事?」


「そうだね。沙羅のヒーリング能力は特に特殊だから、完全トレースは出来ないはずだよ。模写出来る能力もあれば、能力が人を選ぶ事もあるんだ。もうこれはいくら言っても、言葉では伝わらないかもしれないね……」


そう言うと大和は、いきなりポケットからペンを取り出すと、尖ったペン先を自分の右手に突き刺した。


「何するのよいきなり!」


真琴は慌てて、流れ出る血を止めるものが何かないか、辺りを見渡した。


大和がペンを抜くと、更に血液がポタポタと床にしたたり落ちた。

そんな事には全く気にしない素振りで、大和はその手をゆっくりと真琴の目の前に差し出してきた。


「いいから、治してみろよ?さぁ早くしろって。」


真琴は、大和の意図がわかって困惑した。


この人は一体、どれだけ私の気持ちを掻き乱せば気が済むというのだろう。


「私も、やっぱり貴方が嫌い……大嫌い……」


「知ってる。さぁ早くしてみせて?ねぇ、まさか出来ないの?それでよく暖のケアをするとか言えたもんだよな。暖は底抜けに優しいから、多少の事は目を瞑ってくれるって甘えがあったんだよ。そんなの、暖にはいい迷惑だ。」


「や、やるわ………やればいいんでしょ!」


真琴は大和の傷ついた手を取ると、自分の左手をかざしはじめた。


時間をかなりかけて出血はなんとか止まったものの、傷口が完全には消える事はなく、うっすらと残る痕を消す事に真琴は躍起になった。


「お姉ちゃんなら、完全に消せるのに。。なんで私では無理なの?なんで………」


真琴の両目からは、さらに大粒の涙がこぼれ落ちた。


「肩で息をしている。もうこれ以上はやめた方がいい」


大和は真琴の手を優しく解いた。


「指導不足だった部分は否めないから、俺にも責任があるし、そこは悪かったと思ってる。真琴の能力は今から大事に育てた方がいい。【ちから】を使うという事は、自分のパワーを消費する事でもあるんだ。だから、ゆっくり進む方が絶対いい。そう気持ちを切り替えられない?」


真琴は考えこんだあと、何かに気づいたのか

口を開いた。


「お姉ちゃんはいつも、こんなに疲れながら、私が怪我をしたら治してくれてたのね………」


「能力をうまくコントロールするのも、また能力。真琴は向き合い方次第で、多分一番強くなるよ、誰よりもね。」


「誰よりも………?」


泣き止んだ真琴は、すっかり落ち着きを取り戻していた。


大和は何処からか取り出してきた救急セットで、自分の傷口の手当てをはじめた。


「ごめんなさい……あとでお姉ちゃんにお願いして治してもらわなきゃ……」


真琴がそう心配そうに大和に声をかけた。


「もう真琴のお陰で治りかけてはいるし大丈夫。じゃあ、沙羅をトレースした能力は消してもらってもいい?」


真琴は頷くと静かに目を閉じた。

そして、沙羅をトレースした記録を静かに消し去った。


「良く出来ました」


大和は笑顔でそう言うと、真琴の頭を軽く撫でた。真琴はそれを少し恥ずかしそうにしながら、受け入れた。

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