【星章】祭前

 最近所長は何処かそわそわとして落ち着きがない様に見えた。会話中でも上の空になる瞬間が多い。一体どうしたのか。体調でも悪いのかと心配して声をかけてみるも「体調に問題は無い」といつもの仏頂面に返された。そのタイミングで扉が開き、副所長がひょっこりと顔を覗かせた。濃い茶色の毛並みの猫に似た耳と尾を持つ、所長の右腕的存在の女性。いつの間にかこの研究所にいて馴染んでいた。

「所長、水底商會さんとこの営業さん来ました」

「ああ、わかった。すまない、今日はこの辺で」

「こちらこそ忙しい中悪い」

 カップに残っていた珈琲を飲み干すと所長は部屋を出て行った。さて、私はどうしたものか。大人しく帰って原稿の続きでもしようか。思考は椅子を引いた音で中断させられる。前を向けば副所長が私の目の前に座った所だった。

「ごめんね白藍さん、ちょっと今立て込んでて」

「……所長が何だかいつもと違ったのはそのせいか」

「星のお祭りが近いんだ。その為の商品だったり色んな事でずっと準備してて……」


星のお祭り


 そこでようやく夏に行うという祭の存在を思い出した。所長が毎年その為に品物を用意し忙しくしていたという事も一緒に。

「今年は少し余裕持って用意出来たんだけど、そうなると当日まで時間が出来ちゃうでしょ?その間が落ち着かないみたいで」

「余裕持って準備出来たのは良い事じゃないか?」

 原稿を割と毎回毎回ギリギリで出す事の方が多い身としては羨ましい話である。見習わなければならないと少し頭痛がするのは隠した。副所長は器に残っていたクッキーを一枚手に取り食べる。機嫌がいいのか、ふわふわの尾が緩やかに揺れていた。

「人って言うのはじっくり考える空白の時間が出来てしまうと、悪い事を考えちゃうんですよ」

「悪い事?」

「売れなかったらどうしよう。満足してもらえなかったらどうしよう。そんな事です」

「それは」

 言葉に詰まる。全く同じことをよく考える。不安になる。この形の無い不安は、何年経っても付き纏う。言葉に詰まったまま動けずにいれば副所長がゆるりと尾を動かした後「でも」と話し出す。

「所長も私も、いっぱい悩んで楽しく作りました。今の私達が出来る、最高のものを作りました。ほんとはその時点で悩む必要なんて無いんですよね」

「……もし本当に売れなかったら?結果が、出なかったら?」

「何で売れなかったのか、結果が出なかったか考えるだけですよ。どうやったら作りたいものを求められるものにするかって反省会と作戦会議するだけです」

 あまりの正論と前向きさに感心すらしてしまった。やりたい事とやらなくてはいけない事は必ずイコールで繋がらない。繋がる事の方が少ない。しかしそのなかでどれだけやりたい事を組み込んでやりたい事へ近づけられるか。未来を不安がるより、こっちを考えた方がよほど生産性がある。種類は違えど、作家としてとても元気を貰ったと礼を言えば副所長はきょとんとした後少しだけ照れくさそうに耳をぺたんと寝かせて笑った。


星巡る祭が始まる

イーハトーヴの夜が眩く光る日々まで、もう少し


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