第9話:エルフの村にて
昼間でも暗い森の中を、俺とリゼリアが進んでいく。
竜の身体能力のおかげで、悪路も楽に進めるのはありがたい。
木々の枝から枝へと飛び移りながら、俺はリゼリアへと問いを投げた。
「つまり……白銀竜は、竜族の中でもトップクラスの強いってことか?」
「うん。〝五角〟って呼ばれる五体の竜がいて、その中の一体が〝白銀〟って呼ばれているの。白銀で竜となると、それぐらいしかいないと思う」
自分の転生先であるあの銀竜が何者なのかを知る必要があるので、色々とリゼリアに聞いているのだが、いかんせん情報が少なすぎる。だけども彼女の祖父である賢者ドルフが俺を見て、白銀竜だと言っていた。
となると、俺がその〝白銀〟とやらである可能性は高いだろう。
しかし随分と強い奴をかませにしたんだな、<勇転>の作者は……。
「確か〝五角〟の中でも、防御に特化している竜だってお爺ちゃんが言っていたよ」
「なるほど」
ここまでの道中で俺はある程度の竜や竜言語魔法についての知識を得た。
まず竜についてだが、基本的に知性と理性を持つ上位の竜達は、遥か東方の地にある浮遊大陸を縄張りとしていて、そこから出てくることはないらしい。
なので、こちらの大陸にいる竜はほとんどが知性が低いレッサードラゴンや眷属か、あるいは縄張りから追い出された悪竜や邪竜の類い。
闇竜クローラとか言うやつもその筆頭だろう。
さらに個体によって違うものの、竜族全体の特徴として、以下があるという。
・基本的に四足とは別に翼があり、魔法や物理に対する高い耐性を持つ鱗に覆われている。
・弱点は胸元にある逆鱗であるが、当然竜はそこを守るべく立ち回るので狙うのは困難。
・鱗の色で種族が違い、それぞれが得意とする属性が違う。例えば赤竜は火属性を得意とし、それに対する高い耐性を有する。白竜は例外的にあらゆる属性を使え、それぞれに対する耐性がある代わりに威力や耐性の高さは他の竜に劣る。
・竜言語魔法と呼ばれる高度な魔法を行使し、その最たるものが、竜の心肺機能を駆使した各種ブレス。
「私のスキル、【竜の炎】で使えるようになった魔法――<
「ふむ。つまり通常の魔法の上位版ってことだな」
問題は、今のところ俺が使える竜言語魔法が〝竜爪〟――俺が勝手に名付けた――だけって点だ。
あれこれ聞いて俺なりに試してみたのだが、やはり〝竜爪〟以外は使えなかった。リゼリアの魔法すらも再現できない。
だけども、彼女の話を聞いて納得した。
「〝白銀〟が防御特化というなら、有り得る話だ。あの巨体と巨大隕石すらも消し飛ばすブレス、それにおそらく元々ある爪を強化する〝竜爪〟の魔法だけで十分戦えたってことだろう」
「そうね。あの巨体そのものが武器みたいなものだから」
「武器か……俺も武器がいりそうだな」
ある意味〝竜爪〟が武器代わりではあるのだが、いかんせんリーチが短い。いくら鱗による防御があるとはいえ、こちらは逆鱗という致命的な弱点を抱えているのだ。できれば接近戦は避けたいのが正直なところ。
「武器持つのは賛成だけども、本来人間はどこの部位を攻撃されても痛いし致命傷になり得るからね? 弱点が胸元だけってかなりズルいと思う」
「それはまあ、そう」
とりあえずエルフの都市であるリュクシールに着いたら武器の購入も検討しよう。ちなみにリゼリアは元々魔術士らしいので、武器はいらないそうだ。どうせなら、杖とかとんがり帽子でそれっぽい格好をして欲しいのだけども……。
「ブレスは竜体であることが前提っぽいし、攻撃魔法は諦めた方が良さそうか」
「うーん。防御魔法って私、あんまり得意じゃないし知らないのよね」
つまり、現状で使える魔法を増やすのは難しいという結論に至った。
正直言えば、今の身体能力と【クローラの闇牙】のスキルで強化された〝竜爪〟だけで、火力は過剰気味ではある。
丁度目の前に現れた猿に似た魔物――バンデッドエイプが襲ってきたので、素早く魔法を発動。
すれ違い様に、バンデッドエイプを切り裂く。
「ピギャアア」
森にバンデッドエイプの悲鳴が響いた。リゼリアの出る幕すらもない。
「そういえば……魔力が回復しきったせいもあってか、魔力が切れる気配が全くないな」
あの村では散々魔力不足に苦労したので、少し覚悟していたのだが……正直、無限に近い魔力がある気がする。
「私もそうかも。そもそも竜って人とは比べ物にならないほど莫大な魔力を有しているはずだから、あんな簡単に魔力が切れるはずないのよね」
「そうなのか。となると、何が原因だ?」
俺は【属性付与】使ったせいもあると思うが。
「もしかしたら、あの黒い霧にそういう効果があったのかも」
「ああ……なるほど」
これもまた有り得そうな話だ。なんせあれは竜殺しの為のフィールドだった。竜の魔力を阻害する効果があっても不思議ではない。
「となると魔力切れの心配はなさそうだが、そうなるとますます勿体ないな」
魔力があるのに使い道が〝竜爪〟しかないのだ。貧乏性かもしれないが、時間経過で回復するなら、もっと色々と使いたい。
「防御魔法の使い手……あるいは竜言語魔法に詳しい人を探した方がいいかもしれない」
「だな。リュクシールなら誰かいそうだが……探す時間があるかどうか」
「そういえば、直接リュクシールには向かわないってさっき言ってたよね?」
「ああ。その手前にある、とあるエルフの村に立ち寄る」
俺は村から持ってきた大森林の地図を思い出す。予定通りならそろそろ着く頃合だ。
「なんでまたその村に?」
「そこでちとプチイベントをこなしておきたくてな」
「プチイベント?」
「本当はもうちょい後で、勇者が訪れた際に起こる話なんだけども……」
それは基本的に明るくコメディよりな作風である<勇転>において、数少ない鬱エピソードと呼ばれる、リシュ村編で起こるとある事件の話だ。
おそらく今ならば、手遅れになる前になんとかできるはず。
「あ、あれがそう?」
リゼリアが前方に見えた、小さな村を指差した。
「おー、あれだあれだ。エルフの村の一つであるリシュ村だ」
それは森の開けた場所にある、小さな村だ。木と一体化したツリーハウスとでも呼ぶべきエルフ独特の建物がいくつか並んでいる。
「いやあまさか半日で辿り着けるとは。竜の身体能力さまさまだな」
勇者達は確か三日ほどかかったはずだから、かなり早いペースで来たことになる。
「おや、また人族の客人とは」
村の入り口付近にいた、とんがり耳に金髪――いわゆるエルフと呼ばれる種族の特徴を持つ青年が俺達を見て、にこやかに笑った。その言葉を聞いて、俺はやはりあのイベントが起こりつつあることを確信する。
「こんにちは。少し尋ねたいことがあるのですが」
俺がそう聞くと、青年が不思議そうな顔をする。
「どうされましたか? 残念ながらこの村には人族用の宿はないので、宿泊ならリュクシールまで行かれた方がいいかと思いますが」
その笑みに一切の悪意はないが、俺は頬が少し引き攣ってしまう。その理由については、あとで嫌というほど分かるで、割愛する。
「いえ、宿泊ではありません。最近、人族の怪我人が運ばれてきませんでしたか? 栗色の髪の女性です」
「ああ! あの人族のお知り合いでしたか! いやあ、引き取りに来てくれて助かります。なんせ村唯一の医院は人族用ではないので、困り果てていたのです」
青年の言葉に、俺は頬が引き攣ったまま口を開く。
「あはは……彼女に会わせてくれますか?」
「案内しましょう。すぐに引き取ってください」
その言葉の端々から滲み出る違和感に、リゼリアの表情も曇る。ちなみにリゼリアには一切喋らないように事前に念を押している。
青年が先導するなか、彼女が俺にだけ聞こえるように耳打ちする。
「ほんとに……エルフは相変わらずね」
「顔に出すなよ。声にもな」
エルフ。
魔法に長けた森の民である彼らは、エルフこそこの世界で最も美しく気高い存在であると思っている。ゆえに人間をナチュラルに見下している、とんでもない差別主義者なのだ。さらに彼らはそれが当然のことであり、決して悪意を持ってやっているわけではないのもまた余計にそれに拍車を掛けている。
基本的に物腰は柔らかく、話は通じるのだけども……だからこそタチが悪い。
この村なんかはまだマシで、リュクシールにいけばそれはより顕著になる。
人族――つまり人間と同じ施設どころか、同じ空間にいることさえ嫌がるエルフは、都市内に人間の隔離地区を作っているほどだ。
ここのような小さな村では流石にそれはないが、態度は同じだ。
「こちらです。治療はほぼ終えていますので、すぐにでも連れて帰ってください」
青年がそう言って医院の前まで案内してくれると、一礼して去っていった。
「言われなくても、出て行くわよ」
リゼリアがムスッとした顔でそう吐き捨てた。
「聞こえるぞ」
「聞こえるように言ってんの。で、その女性を助けるのが目的?」
「……んにゃ、違う」
俺はすぐに医院には入らず、周囲を歩き回って医院の窓の位置を全て把握する。
おそらくあの東側の窓が病室の窓だろうと予測して、リゼリアを呼んだ。
「ここで待機しててくれ。もし万が一、何かがあの窓から逃げようと飛び出してきたら、
「へ?」
俺の強い口調に、リゼリアが驚く。
「いいか。どんな奴だろうと殺せ。それが俺であっても躊躇なく容赦なく殺せ」
「……分かった。でも、どういうこと?」
「まあすぐに分かる」
俺はそう言ってリゼリアを窓の外に待機させると、医院の中へと入っていく。
すぐに医者らしきエルフが出てきたので俺が適当に事情を説明すると、彼は助かったとばかりに安堵した。
「助かります。彼女がいなくなったら、すぐに部屋を消毒しないと……でないと皆が使うのを嫌がりますから」
消毒……ね。まあ、今回の場合はある意味正しいかもしれない。
俺は医者を無視して病室へと進む。木調の廊下を抜け、やはり予測通りの位置にあった病室の扉を抜けた。
そこは小さな部屋で、ベッドには栗色の美しい女性が上半身を起こした状態で座っていた。
俺の存在に気付き、女性が首を傾げた。
「あら? 貴方は……?」
俺はその問いに答えず、ベッドへと近付く。
慌てるな。重要なのはタイミングだ。
「どうしたのですか?
女性がそう言って笑った瞬間――俺は〝竜爪〟発動しつつ右手を払う。
狙うは首。
その動きは完璧なはずだった。
なのに――
「おや! どうやって気付いたのやら」
俺の攻撃を読んでいたその女性が素早く横へと転がり、ベッドから窓側へと落ちながら回避。くそ、思ったより機敏だぞ、こいつ!
「ちっ! リゼリア!」
俺はそいつが窓から飛び出すのを追い掛けながら、叫ぶ。
「<
窓から飛び出した女性へと、リゼリアによる蒼炎の刃が振り払われた。
「あはは! まさか窓の外にも伏兵とは!」
下半身を斬り飛ばされながらも、女性が愉快そうに笑った。
「……嘘だろ?」
おいおい、なんでまだ生きているんだあいつ。俺は窓から地面へと着地して、その先にいる存在に驚愕する。
明らかに<勇転>の時と違うぞ⁉
「なに……あれ」
リゼリアが嫌悪感を丸出しにそう声を出した。
それは女性の上半身だけの存在だが、その切断部分から昆虫のような脚が無数に生えている。
そしてみるみるうちに姿が変わっていき、気付けばそこには――
だから俺は、それこそ苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、それの正体を口にしたのだった。
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます