第3話

(昨日の客は一体何だったんだろう)

 昨日の客が買ったものと同じ銘柄のペットボトルを手に持ち、樹は昨日のことを思い返していた。

 同じお茶のボトル。

 同時に、男なのにキレイな顔に翻弄されてしまったことも思い浮かんできてしまい、樹は自分の頬をパチンと叩いた。

 蓋を開けてひと口飲む。

 喉の奥にスーッと流れていく。

 ほっと一息ついたあと、蓋を閉めてカバンに入れた。

 次の授業まで一時間ほど余裕がある。

 樹は校内のカフェを目指して歩いた。

 まだ出来ていない課題が残っているので、それをこの時間にやってしまおうという考えだ。

 そう思ってカフェに到着した樹は、目の端っこに映ったものに素早く反応した。

 パッと振り向くと、一組のカップルの姿。

 肩に掛かるほどの髪の、笑顔が素敵な女の子。

 そして隣には。

(あ、あいつ!?)

 焦げ茶色のさらさら髪に、甘い微笑み。

 間違いなく昨日コンビニにやって来た失礼なヤツだ。

 その失礼なヤツは、樹の視線に気が付いたのだろうか。

 ふっと二人は目が合って、動きを止めた。

「あ、昨日の」

 にっこりと甘い微笑みが飛んできた。

 樹は素直にそれを受け止められるはずもなく、無意識にぷいっと顔を背けた。

 そのままスルーしようかと思っていたにもかかわらず、その失礼なヤツは席から立ち上がり、わざわざ樹の真正面まで回り込んでくるではないか。

「な、何なんですか」

 思わず後ずさりをしてしまった樹だったが、失礼なヤツはそんなことに臆する様子もない。

「また会えましたね」

「……僕は会いたくなかったです」

 フンと鼻を鳴らしながら樹は答えた。

「これをあげるから、離れてくれませんか」

 樹は、先ほど買ったばかりのペットボトルを失礼なヤツに手渡した。

 しかも開封済みのモノを。

「失礼だなぁ、ちゃんと自分のを持ってますよ」

(失礼なヤツに、『失礼だなぁ』って言われた!)

 もうわけが分からない。

 話もまともに出来ないとは。

 樹は困り果てて、もうどうしたらいいのかと固まってしまった。

「伊織くん、この人誰?」

 すぐ傍にいた女の子が、失礼なヤツに話しかけた。

 どうやらこの人物の名前は「伊織」というらしい。

「昨日学校帰りにコンビニに寄ったんだけど、そこでアルバイトしてる子だよ」

 ふ~んと言って、女の子は樹の顔を見ている。

 カフェに来てしまったがために、面倒な人物と出くわしてしまった。

 樹は史上最高に後悔した。

 知らなかったとは言え、面倒なことになった。

 伊織は人懐こくてまだるっこしい。

 あまり人と関わらずに過ごしている自分とは真逆のタイプのようである。

 昨日初めて出逢い、しかも店員と客という、たったそれだけの接点ではないか。

 そこから伊織は交流を広げていこうとしているのだろうか。

「僕は東郷伊織と言います。経済学部の四回生です。キミは?」

「……どーでもいいでしょ」

 にこやかに差し出された右手を無視するどころか目も合わせようとしない樹。

「どうでも良くないよ。僕は、キミのことが気になる」

「は?」

 意味の分からない発言に、樹は逸らしていた目線を伊織に向けた。

 相変わらずきらきらとしたオーラを放ち、美しい顔立ちだ。

 あまりにも眩しくて、樹は思わず目を細めた。

「あ、そうだ!僕占いの勉強をしてるんですよ。どうですか?占ってほしくないですか?」

 何の脈絡もない突然の申し出に、樹は面食らってしまった。

「え?いや、いいです!急いでますので!僕はこれで!」

 両手をぶんぶん振って、樹は大慌てでカフェを後にした。

(あり得ない!)

 全くもっておかしなヤツに会ってしまった。

 最初から別の場所に行けば良かったのだ。

 そう思いながら、図書館を目指して樹は足早に歩いた。

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