第19話 巡回聖女ガラテア

「なあガラテア、この洞窟に何の用があるんだ」


 ……アンリとガラテアが暗い洞窟を進む。

 巡回聖女ガラテアは薄暗い洞窟を躊躇うことなく進んでいく。彼女は白い布に包まれた長い棒状の物体を携えている。


「……貧しい者は教会を目指せ、卑しい身分の者が食い扶持を得る為の最良の手段は教会の門を叩き、神や教会の為に働くことである、教会は神の教えを守る者には平等である、と……確かに教会では身分の低いものでも出世できる……立ち回り次第ではな」


「……」


 アンリは黙って彼女の話を聞いている。


「人から感謝され称賛されるのは気持ちがいいものだ……なあアンリ、お前に話したことがあるだろ……私の母の話だ」


「ああ」


「私の母は娼婦だった……所謂、貴族や大商人相手の高級娼婦だ」


「……」


「死に際に母は『お前は私のようにはなるな』と言った

……私もずっと母のようにはなりたくないと思っていた

人から尊敬される存在になりたい、私は幼い頃からずっとそう思っていた

だから、青春を謳歌することなく、山奥の修道院で枯れ木のような師のもとで巡回聖女になるための修行をしていた」


 二人は洞窟の奥の開けた場所に辿り着いた。

清らかな水を湛えた地底湖があり、その中には古びた祭壇があった。


「気脈が満ちているな」


 洞窟の岩の隙間から光が漏れ、冷たく澄みきった水に光と影を描いている。


「へえ、こんなところがあったのか」

とアンリ


「ああ」


「……なあ、アンリ、女は弱い生き物だ

例え美しい容姿を持って生まれてこようとも

最良の男の伴侶になることが出来たとしても美しさは月日と共に衰える

そして、男を若い女にとられてしまわないかと不安にかられるのだ

……老いから逃れるため、吸血鬼になるという選択をする者がいる……私に言わせれば馬鹿な選択だ

不老の肉体を手に入れたとしても、陽の当たらない場所で吸血鬼狩りの連中に怯えて暮らすのは御免だからな」


 彼女は抱えていた白い包みを剥ぎとる。


「わたしはこの聖槍で女神の力を手にいれる」


 彼女の手に握られた一本の槍、その先端は地底湖の水面の光を受けて、黒く蠱惑的に輝いていた。


「見ろアンリ、この聖槍を」


 ガラテアが黒く妖しく輝く槍を掲げた。


「その聖槍……本物なのか?偽物なんじゃないか?本物は戦乱で消失したって聞いてるぜ」


「いや、確かに本物だ、聖女の力を持つわたしにはわかる

先の戦乱で聖都が炎上した際に行方知らずになった

聖都に安置されていた隕鉄の聖槍の一本『嫉妬の聖槍』

私が初めてこの槍をみたとき体が震えた、聖女の力を持つわたしにはこの聖槍が紛れもない本物だとわかった」


「……」


「エルフ達が大陸の覇権を握っていた時代、エルフの帝国の皇帝が帝都近郊に落下した隕石からつくらせた槍がこれだ……大昔から隕鉄は高貴な身分の者に珍重されていたからな

古代帝国崩壊後、この槍は多くの者たちの手を渡り歩いた

元々は何の力もないただの槍だったが、多くの者達の手を渡り歩き

数多の妄執や血を吸いとることで神性を得たのだという

……多くの人々に長きにわたり特別な存在であると認識されることで

この聖槍は神性と魔力を生み出す魔導具となったのだ

その後、長らく中央教会の元にあったが、聖都に保管されていたこの聖槍を永遠の命を追い求めたアムブロシアの魔女が聖都から奪い取った

そして、彼女の死後、中央教会によって回収され、20年前まで聖都に安置されていた」

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