第17話 花の騎士

「くっ、あっ、はあはあ」


 アルラウネは苦しそうに身体をくの字に曲げ、抑えきれない苦しみの声を漏らした……深く貫かれた身体から大量の乳白色の体液が流れ落ちていく。

 先ほど、地面にばら蒔かれたマンドラゴラの種子が芽吹き、生じた蔓の鞭がアンリ達へと襲い掛かった。幾本もの蔓がジュリアスの身体を締めあげ、地面に押さえつける。そのままジュリアスをアルラウネから引きずり剥がす。


「くそ、もう一押しだってのに!」


 アルラウネは口から大量の乳白色の体液を吐きながら、激しく肩を上下させ、頭部から生えた白い花から大量の花粉を放出する。


「っ!あああっ、はあ」


 苦しみの声をあげ、苦痛に顔を歪めながらも、氷の刃で傷ついた足に手をかざして修復し、後退していく。


「逃がすか!」


 蔓の拘束を振り払いジュリアスは追撃をくわえようとするが、大量に噴出した花粉がアンリ達の行く手を阻んだ。


「ごほっくそっ!」


「くっ、花粉が……」


「……この隙に回復するつもりか」


 アンリ達は放出された大量の花粉でむせ返る。


「目をこすったら、駄目だ!余計に悪化するぞ」


 後退したアルラウネは巨大な薄紅色の花で傷ついた全身を包み込み、魔力をふり絞り障壁を展開する。そして、花の内部に満たさせた透明な組織液の中、両腕で細い肩を抱き、傷の修復を行うと共に肉体を変容させていく……


「こいつを食らえ!」


 ディアスは砲を構え、巨大な花に向け砲撃をくわえた。


「ちっ、大して効いてないな」


 炸裂した砲弾の爆炎は、展開された魔瘴障壁と全身を覆い隠す巨大な薄紅色の花に阻まれ、アルラウネの肉体にダメージを与えることが出来なかった。


 ……やがて花のつぼみが開き、濡れた女の手が現れる……艶やかな褐色の肌……妖しく輝く金色の瞳。女が長く美しい銀色の髪をかきあげると、蠱惑的な香りが周囲に広がった。

 花の魔力が女の美しい裸体を包み込み、白い胸甲と白いニーハイブーツを練り上げる。


「……さあ、続けましょうか」


 アンリはアルラウネの足元に氷弾を放つ。

 女はその攻撃を跳躍し回避すると、携えた一振りの花を白く輝く剣に変化させる。


「危ない、危ない、流石に三度目はね……」


 アルラウネはディアスの頭上を飛び越え、ディアスの背後に着地すると、薄紫色の五角形の盾から種子の弾丸を連射し、アンリとディアスを牽制しつつ、ジュリアスとの間合いを素早くつめる。

 ……ジュリアスがアルラウネを迎え撃つ為に放ったマスケットの銃弾は外れ、空を切った。


「……貴女、銃の腕前は大したことないわね」


 アルラウネは銃剣の鋭い刺突を低い体勢でかわし、白花の剣で銃を跳ね上げ、体勢を崩したジュリアスの身体にブーツのヒールを叩き込む。


「……アタシ、人間だった頃は騎士だったの」


 更にジュリアスに激しい剣戟を浴びせる。


「っぐ、こいつは……」


 ジュリアスは激しい連撃を何とか防ぎながら、後退し距離をとる。

 女は後退するジュリアスの顔に跳び蹴りを喰らわせる……赤い血がジュリアスの額から流れる。


「くそっ、まずい」


 更にブーツでジュリアスの銃を蹴り飛ばし、剣の刃をジュリアスに向ける。

 アンリは未だに花粉に苦しめられながらも、ジュリアスに切りかかろうとしているアルラウネに拳をぶつけるが、女は花の盾に局所結界を展開して、減速術式による凍結を防いだ。


「地を食らう蒼き剣の刃!アクアスパーダ!」


 砲を構え放とうとしていたディアスに、アルラウネの魔力がこもった水の剣が襲う。ディアスは何とか直撃を避けたが、体勢を崩して転倒し、地面に身体を打ちつけた。


「……この姿では大した威力はでないか……」


 ジュリアスが蹴り飛ばされた銃を拾い上げようとするのを、アルラウネはヒール状に変化した脚部で蹴り上げ妨害する。


「こいつを食らえ!」


 体勢を立て直したディアスはアルラウネに砲撃を喰らわせる。砲弾に内包された鉄片と弾丸が爆風と共に飛び散って、アルラウネの身体に突き刺ささり、流れ出た赤い血が白い装束を濡らす。


「ちっ、キャニスターショットか……厄介な」


 女は赤い血の付いた顔を拭いながら、ディアスを睨みつける。


 ……突然、四人の眼前にボロ布を纏った銀髪の少年が現れ、品定めするような目で四人をジッと見つめる。


「……騒がしいなあ、眠れないじゃないか……」


「男の子?こんな山の中で危ないじゃない」

とアルラウネ。


「なんだ?お前は?邪魔す……」


「四人ともおいしそうだね……」


 少年がボロ布を脱ぎ捨てると、少年の筋肉が肥大化し、彼の肉体は銀色の体毛を纏った巨大な大猿の姿へと変貌を遂げていく……


「……この化け物は……なんなんだこいつ……」


 怪物の臀部から生えた二股の蛇が俊敏に蠢き、ジュリアスとアルラウネの体を吹き飛ばす。そして、直撃を受け、倒れこんだジュリアスの首筋に怪物の鋭い牙が襲いかかる。

 ディアスはタックルで魔獣の体勢を崩し、アンリが怪物を蹴りあげる。


「ジュリアス、平気か!?」

アンリは倒れこんだジュリアスの身体を起こす。


「なんとか……」


「尻尾が蛇の魔獣……こいつは一体何なんだ?」

アンリが呟く。


「ぐふふ、食べちゃううー」


 山林に大猿の不気味な声が響く。


「こいつが……例の魔獣なのか!?」


 ディアスが声をあげる。

……陽が傾き、山の木々が徐々に赤く染まり始めていた。


「まずいな……暗くなれば奴に分があるかもしれねぇぞ!」

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