第41話
『タイムリミット。ここからは残された4人で、メグの刺傷事件は誰の手によって引き起こされたのかを話し合うことになる。そのメグは診療所で生死を彷徨っている。なるべく早く推論を導き出さなければ、うだつの上がらないままの現実を突き付けられることだろう』
サイとウネは控え室を出てると、何やら真剣な趣きほヨコとフラが居て、そこにさりげなく合流する。
「今、大丈夫?」
「あっ、ウネウネ遅かったね。なんの話してたの?」
「うーん……話しながら、意見交換しながら、って感じ?」
「へー、2人じゃないとダメだったんだ?」
「まあね……」
結局あのあと、ウネからの明確な返答は無かった。いやなかったと言うよりは、時間も無いし早く診療所に行こうとはぐらかされてしまう。
もちろんサイが食って掛かって足止めすることも出来た。けれどこうして別話題に切り替えたということは……つまりはそういうことなんだろう。
サイは事の真相よりも、今はウネを尊重したい気持ちの方が勝る。だからこのまま、押し黙ろうとする。
「サイの方は?」
「え? まあ、ぼちぼち?」
唐突にウネに質問されて、焦りつつ適当に答える。思考の中ではもう、それどころじゃなかったからだ。考えているのは当然ながらウネのこと。彼女がどうして、メグに手を掛けるに至ったのか……それだけは昔馴染みのサイでも、どんな名探偵でも明かせない、ウネだけの心情だから。
「じゃあ……私から少し、いいかな?」
サイとウネの用件が済んでいるかどうかの確認をしたヨコが、意を決しているのにおずおずと手を挙げる。
「なんだ、ヨコ」
「みんな診療所でメグと対面する前に、なんでメグがあんなことになったのかの憶測が私の中にあってさ……」
「なんで……まさかお前、犯人が分かったとか言わないよな?」
サイがそのように訊くと、ヨコは一瞬だけ双眸を見開いてから、すぐに微笑顔に様変わり、違う違うとかぶりを振る。
「うんん。あくまでも憶測だよ……でも、ここに居るみんなには、聴いて欲しいことなんだよね……」
「……そうだね。俺はさっき断片的に聴いてはいるけど、サイとウネは居なかったし……2人にも関係がある事だから」
サイとウネが別室で、メグを刺した犯人かどうかの疑惑をぶつけていたときと同時刻に、残されたヨコとフラもそれぞれでメグの刺傷について精査を続けていたらしい。
流石に今日の晩御飯はなんだろうみたいな雑談を交わせる状況でもないし、サイがウネを別室に呼んだからぶつ切りになっていたけれど、まだメグを刺せたのは誰か、体育館でフラのボストンバッグからバタフライナイフを持ち出せたのは誰かの考察を行なっていた。
だからヨコとフラの会話が、そのままメグの話題なのは必然だったといえる。
「僕は別に構わないが……ウネは?」
「私は……ヨコが話したがっているなら、止めるつもりはないよ。そういえばメグの話、まだ終わってなかったものね」
体裁だけならなんてことない雰囲気を被りながらウネは言う。それがポーカーフェイスかただの虚勢か、はたまた諦観なのか、隣に立ち尽くすサイには分からない。
「良かった。ええっと……私が最初になっちゃうけど、それも問題ない?」
「俺は良いよ。なんならその方が都合が良いまであるからね」
「僕もだ。ヨコが真っ先に提案してくれたわけだしな」
「私も2人に同じ」
例えば容疑者が4人集められたとするとき、憶測や予想を述べる順番には優位性がある。こういうのはどうしても後になればなるほど、誰かの推理に乗っかった後出し情報だと訝しまれやすくなり、信頼を寄せられにくくなる。逆に先出し情報は、まだベースすら定まっていない段階で、経路の矛盾を恐れない姿勢が高く評価されがちだ。また述べた後が、少し気楽に聴いてられるゆとりが生まれることも、先出しの良いところだ。
長年の仲の4人にそのまま適応されるかどあかまでは断言出来ないけど、なんにせよこういうのは早くて損することなんてない。
「……ありがとう。じゃあ、えっと僭越ながら……なんて言うとちょっと堅苦しいね。とにかく、これはフラにはもう伝えていることなんだけどね——」
そのとき、サイにはマズいという悪寒が迸った。それは気のせいでもなんでもなくて、ヨコとフラの視線が徐に、サイの望まぬ平行を描いて、一点に集中しているから。
だけど何らかのフォローをカットインさせる余裕もなくて、その場凌ぎのセリフも湧き出てくれなくて、サイはただただ無力に黙して、ヨコの憶測を聴き届け、見当違いであることをひたすら祈るしかない。
「——私の憶測だよって言う前置きはするけど、メグを刺したのってさ……もしかして、ウネ……なんじゃないの?」
「……えっと」
ヨコは悲哀を混合させたまま様相で、犯人だと指摘したウネを見据える。事前に知っていたらしきフラも、一歩下がって見送る。
ウネとヨコが対峙する最中。
サイは人知れず悔いる。
見当違いなんかじゃなかった。
サイの心の中の祈祷は、呆気もなく淡く砕け散る。
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